Neetel Inside ニートノベル
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 男の剣を跳ね除け、ニールが構えを取り直すと、男も剣戟を防がれたことへの警戒からか、半歩距離を取り構えを見せた。
「手加減したつもりは無かったが……貴様も魔術師か?」
「悪いが、訳有って自分の生い立ちについては公言しないようにしてるんだよ。そもそも、他人の氏素性をどうこう言える見た目してないだろ、あんた」
 ニールが眉をひそめてみせると、男は牙を向き、低いうなり声を上げた。
「ニールさん、無事だったんですね……」
 死線に触れ、半ば手放しかけていた意識を何とか取り戻したイルゼが、二人の間に割って入ったニールの背に語りかける。
「日頃の行いが良いもんでね。どっちかっていうと、あんたの方が急場みたいだな」
 眼前の男から視線を切らずに、ニールは肩をすくめてみせた。
「この場は俺が変わってやるよ。ここまで献身的に魔術師様の仕事を手伝ってやるからには、情状酌量の方も期待させて貰って良いんだろうな?」
「いえ……今からでも間に合います。私のことは放って、村を助けに行って下さい。あの男の手下に襲われて……」
「無駄だ。貴様らはこの場で、纏めて始末させて貰う」
 首筋の印から禍々しい魔力を発して、男が剣を担ぐ。
 放たれた魔力の流れは、押し流さんばかりの圧をもってニールの全身を叩いた。
「今更生き残りが一人増えたところで、何の支障も無い……!」
「へぇ、見た目に似合わず大らかな性格してるな。こっちはたった一人の生き残りのせいで、いまだに晩飯にもありつけないもんだから、正直心中穏やかじゃないんだがな」
「……え?」
「何を言って……」
「『生き残り』はそっちの方だって言ってるんだよ」
「な……!?」
 ニールが僅かに剣先を動かすと、鋭い何かが目の前に広がる力の激流を遡るように引き裂いて走った。
「今のは……」
 イルゼは、目の前の光景に驚嘆すると同時に、改めて自分の眼識の低さに気付いた。
 それはあまりにも瞬発的で、気付いた時には既に凪の後ではあったが、ニールの剣先から放たれ、力の流れを裂いて走ったのは、紛れも無く超常なるものの力の迸りであった。
「貴様……」
 踏み込みの寸前で男の機先を制したニールの魔力が、男の顔に薄く残っていた余裕の色を剥ぎ取った。
「魔力は持ってても、術の類は使えないみたいだな。技量に関しちゃ、こっちの魔術師の方が数段器用だ」
「あの、ニールさん……」
「村なら無事だ。あいつらと似たような風体の奴が四、五人忍び込んできてたんで、とりあえず捕まえて簀巻きにしといた」
「いえ、そうではなく今のは……」
「悪いけど後にしてくれ。向こうもそろそろ本気だ」
「……ッ!」
 先のものとは比べ物にならない圧力を受けて、イルゼの体が再び固まる。
「術士風情が利いたような口を……。魔狼の戦、その身に刻め……!」
 土埃と共に、男の体が二人の眼前から消えた。
「なんて動き……」
 イルゼは周囲の風の流れや、時折跳ね返る草の切れ端や土の欠片を頼りに、辛うじて男の残像を目で追おうとしたが、男の体はそれすら許さず加速を続ける。
「敵わない……」
 ニールは、男の戦法を技術に乏しいと評していたが、そもそもまともな技術も伴わない剣や魔力が、魔術師相手に通用していること自体が異常なのだ。
 羽虫の払い方を学ぶ獣など存在しない。
 あの男の、殊更単純に力をぶつけるような戦い方は、それ自体が技量の高低では抗えない次元の戦力を持っていることの証左ではないのか。
 忘れかけていた男への恐怖が、にわかにイルゼの心中に蘇った。
「なるほど、言うだけあって身体能力は完全に人間辞めてるな……」
 嘆息しながらニールがつぶやく。
「ニールさん、危ない!」
 土ぼこりの中、おぼろげな月明かりを反射して剣が閃く一瞬を偶然に見て取ったイルゼが、夢中の内に声を上げる。
「ん、この辺か」
「え?」
 ニールの首筋に、小さく火花が散る。
 文字通り目にも止まらぬ体捌きから繰り出された男の剣戟を、ニールは事も無げに受け止めていた。
「貴様、まさか今の動きが……」
「見えるわけ無いだろ」
 ニールの剣が、返す刀で足を狙う。
 辛うじて避けた男は、再びその俊足で夜の闇に紛れた。
「だから技術が無いって言ってるんだよ。身のこなしは狼並みでも、剣術の方はド素人の人間技だ。予備動作が大きいから、衣擦れの音で位置も太刀筋も大体読める。まぁ、狼は普通服も着なけりゃ剣も振らないしな」
 軽口を叩くニールの周囲に、次々と火花がはじける。
 五度、六度とすさまじい速度で急所を狙う男の打ち込みを、ニールは言葉通りに全て払いのけていた。
「ふざけるな! この俺が、魔狼の従者が人間ごときに……」
「お前らの物言いは、いつもそんなだな。もっとも、今じゃ魔術師も似たようなもんか……」
「黙れ! そのなまくらごと叩き切ってくれる!」
「力押しじゃ、意味ないって言ってるだろ……」
 背後から迫る全霊の打ち込みを受け流したニールの剣が、そのまま流れるように男の首筋を払う。
「……地力に差がある相手には特にな」
「ぐ……っ!」
 剣を取り落として、男の体がくず折れる。
 振りぬかれたニールの剣は、男の首筋に光る文様を横一閃に切り裂いていた。
 裂かれた文様から、鮮血のように魔力が噴き出し、夜空に散っていく。
「貴様……」
 力と共に失われていく意識の中、辛うじて執念を残した男の右腕が、ニールの外套につかみ掛かった。
「馬……鹿な……」
 男は一瞬目を見開くと、そのまま地面に倒れ伏した。
「ようやく片付いたな……」
 男が動かなくなったのを確認して、ニールも剣を鞘へと収める。
「あの、ニールさん……?」
「あ、イルゼだっけ? 一応、縄か魔術でこいつ縛っといてくれ。死ぬような怪我はさせてないけど、手当ても頼む」
「いえ、それ……」
「ん? ……あ」
 イルゼの震える指先を視線で辿り、ニールはやっと、先程の男の表情が何を意味していたのかに気付いた。
 男に掴まれて乱れた外套の隙間、そこから覗き見えるニールの首筋には、男のものとよく似た、光を放つ文様が刻まれていた。

       

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