Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 遺跡の財宝を積み込むことを考慮してか、船に一日分の食料だけが積み込まれた。200名の丙武軍団と100名の船乗りが乗り込み、湖中央から突き出ている遺跡に向かって船出する。
 今までいろいろありすぎて深く考える時間なんてなかったから、船に揺られながら海を眺めていると、ついつい自分は何のために生きているのかメゼツは考えてしまう。
 いったい何が面白いのか、メルタはそんなメゼツの横顔を眺めている。


 船尾のほうではゼトセがSHWの青年に付きまとわれていた。
「俺はフラー。人間だよ、アンタと一緒だな☆ 君の名前は?」
 褐色に焼けた肌、肩甲骨まで見えるほど肩が開いた服、背中には大きなスリット、いかにも遊び人といった風貌だ。
「SHWの者に名乗る名などない!」
 ゼトセに振られたフラーはめげずにターゲットをチギリに変えた。
 フラフラとチギリに近づき、舐め回すようにチギリを観察している。チギリの今日の着物の柄は牡丹に蝶とあでやかだ。 ショートな髪をかき上げて、左耳の上に髪留め代わりの櫛を挿している。
「あの、あんまり見ないでくれます? そんなに着物が珍しいんですか?」
「よぉ、そこのお嬢さん、お茶しない?」
「エッチな人は嫌いです!」
 フラーはチギリにも一刀両断に断られてしまった。


 船長のセレブハートはというと、さっきから甲皇国より釈放した船乗り仲間のドバじいさんと激論を戦わせていた。
「だからミシュガルド発見したときのこと思い出せって!!!」
 艦橋にいるセレブハートの声が甲板まで響く。なんだかまとまりがつかなそうなので、メゼツとメルタも船首から艦橋に移ることにした。
「ウンチダスの旦那ぁ! あんたも何とか言ってくれ。このジジイはミシュガルドの謎を知っているハズなんだ」
「爺さん、あんたもミシュガルドの第一発見者なのか?」
「わしゃ、な~んもしらん」
 ドバはしらを切っているのか本当に知らないのか同じ言葉を繰り返す。
「お兄様、あまりおじいさんを困らせたらかわいそうですわ。」
 メゼツはメルタの言葉に従い、矛先をセレブハートに転じる。
「あんたもミシュガルドの発見者なんだろ。何か知らねーのかよ」
「いや、セレブハート島を発見したときはドバじいさんといっしょに祝杯を挙げていてね。べろんべろんに酔ってたから、よく憶えていないんだ」
「わしゃ、な~んもしらん」
「おまえらよー」
 なんだか馬鹿馬鹿しくなってきたが、メゼツはセレブハートがミシュガルド大陸を島と呼ぶことには違和感を感じた。
 そのことを問いただすと、セレブハートとドバは顔を見合わせる。
「だってなー、ありゃーどー見たって……」
 謎の核心を爆発音が遮った。
「まさか、また魔物か?」
 その答えは艦橋に駆け込んできたチャイ少年によって、すぐに明らかになった。
「船長大変だ!!テロです!!!」
「エルカイダ!」
 艦橋を出てセレブハートたちは爆発音のした左舷を直に見る。横っ腹に大穴が開き浸水が始まっていた。ドバ爺さんは水夫を指揮して、浸水した船倉から食料とハンモックを甲板に運び出す。魚人による爆弾石を使った自爆テロはなおも続き、船の周りに数条の水柱が上がる。
(おかしい。直撃がいやに少ない。ハッ!)
「これは陽動です。湖畔の拠点に戻りましょう」
 全員がうんちの策に賛同したが、客室から遅れて出てきた丙武によって一蹴された。
「このまま強行する」
 メゼツは丙武の性格をよく知っていた。戦時中に食料が滞った際に、亜人の肉を食らって生き延びた男である。40日分の資材を守るため引き返すだとか、船の食料が1日分しかないといった説得は通用しない。1日で遺跡を攻略しろと言うだけだろう。
 結局は丙武の意見が通った。


 湖畔から煙が立ち昇っている。エルカイダの本隊によって拠点が襲撃されているのかもしれなかった。
 セレブハートの神がかった操船によって、船はのろのろと遺跡に到達。はしけを渡して丙武軍団だけが上陸した。
「丙武の奴、自分たちだけで財宝を独り占めするつもりだな!!」
 セレブハートたちはテロリストの襲撃から船を守るので手一杯で、丙武を追うことができない。
 ついにしびれを切らしたテロリストたちが船に侵入してくる。 
 浅き者ども。遠浅の海に生息していたため、いつしかそう呼ばれるようになった魚人だ。禁断魔法による海の汚染で住処を追われ、難民化してミシュガルドに渡った。一部はエルカイダの傘下に入ったようだ。
 ケロイド状にただれた鱗、粘液に濡れた哀れな姿。けろけろけろとその鳴き声はどこか悲しい。
「戦争、戦争は変わらない」
「たかし様には陽動するだけと言われたが、このまま船を沈めてしまっても構わぬのだろう?」
 陰気な浅き者どもの中にもお調子者はいる。お調子者は船の機関部に爆弾石を投げこもうと仲間たちを伴い機関室に侵入した。
 お調子者が爆弾石を振りかぶると、機関部の影から躍り出たチギリによって一瞬で三枚におろされてしまった。爆弾石が床板に落ちる前に、セレブハートがキャッチする。
「ま、待ち伏せだとー!!」
 ゼトセが薙刀を振るい負けじと死屍累々を築き上げると、チギリは見せつけるように華麗に敵を討ち取っていく。
「おい、フラー。女の尻に隠れてないで、お前も戦え!」
「戦うのは得意じゃないんだよなぁ……」
メゼツとフラーが手を下すまでもなく、船内の敵は一掃されてしまった。
「小生のほうが敵を多く倒した!」
「私の方が敵を倒すのが早かった!」
 共通の敵が消滅し、ゼトセとチギリがケンカを再開する。メゼツはこの2人には手を焼いた。
「お前らは、もー。めんどくせ~から河原で殴り合って決めろ! お前強いな、お前もなってなれよ~!!」


 テロリストたちは慌てて水の中に逃げ込んだ。しかし、まだ撤退したわけではなかった。
 船の周りにはまだテロリストは潜んでいる。こちらからうかつに仕掛けることもできず、戦闘は小康状態に陥った。
 甲板の上から眺めると湖は凪いだ海に似て沈黙している。
「俺に良い考えがある」
 早く丙武に追いつきたいセレブハートは、水中のテロリストを一網打尽にしてみせるという。
 火薬袋に先ほど拾った爆弾石入れ、空中に投げ放った。
「みな、耳を塞げ!」
 セレブハートは火薬袋に向けて小銃をあてずっぽうに三発打った。三発目が袋をかすめ爆発が起こる。轟音と爆風が巻き起こり船が大きく揺れる。すると二十数匹の半魚人が白い腹を見せて上がってきた。
 音は空中よりも水中のほうが伝わりやすい。水中を駆け抜けた騒音が浅き者どもを脳を揺さぶったようだ。
 船が傾き、荷物が甲板の上を滑る。水夫たちを巻き込みながら雪崩をうって落ちてゆく。
 フラーは騒音によって平衡感覚を失いながらも、とっさにゼトセの腰を左手で引き寄せてかばいながら、もう片方の手で船外に放り出されたチギリの手つかみ引き戻す。あわやもろともに滑落しそうになったが、ふわりと3人の体は宙に浮く。フラーの背を割って飛び出したコウモリの翼が羽ばたいている。フラーの翼は小さくて飛ぶことはできないが、揺れが収まるまで滞空してやりすごすことはできた。
「コウモリ族だったのか?」
 フラーの翼と獣耳を見て、チギリが聞く。
「バレちゃったかー、あはは」
 船の揺れは静まった。ゼトセがまだ震えているので、パニックが収まるまでフラーが肩を抱く。ゼトセは息を整えながら、必死で何かを伝えようとしている。
「違う……の……セレブハートさんが……船から……落ちて……」
 確かに船上にセレブハートの姿はない。船が揺れたときに落ちたらしい。
「大漁、大漁」
 みなの心配をよそにセレブハートの勝利宣言が聞こえる。
 メルタが指差した水面にセレブハートが浮かんでいた。
「どうよ、これがおれの実力だ」
 セレブハートが水面から顔を出して叫んでいる。今日のMVPは自分が無事であることをアピールしているのか、何かにひっぱられるように海中に潜った。海底に巨大な影が見える。
「セレブハートさん、たちの悪い冗談はやめて、そろそろ上がってきてよ。セレブハートさん、セレブハートさん……」
 チャイの声は最後には悲鳴に変わっていた。さすがに長すぎると思ったチャイは今にも海に飛び込もうとしていた。
「いけない、メゼツさん抑えてください。チャイくんまでに引き込まれます」
 うんちに言われるまでもなくメゼツは、後ろからチャイに抱きつくようにして止める。チャイは感情にまかせて泣き喚いている。
「嫌だっ。離して下さい。セレブハートさーーん。セレブハートさーーーん」
 うんちが背中から語りかける。
「それで良いんです、メゼツさん。これ以上犠牲を増やすわけにはいきません。妙な気を起こしてはいけませんよ」


 船に残るのは危険と判断し、全員で遺跡に避難することになった。
 ドバの指示により、短艇が降ろされ、水夫たちは身一つで乗り込んでいく。短艇は積載量の限界をとうに越えた。それでもドバはメゼツたちが乗るまで待ってくれている。
「乗るんなら早くせんか」
 メゼツはチャイの手を引く。心の中でしかたないんだと納得しながら。うんちの言うことはいつも正しかった。確かに間違っちゃいない。これ以上犠牲を増やすわけにはいかない。
「こんなの納得できませんよ」
 メゼツの心を見透かすようなチャイの言葉が、痛いところに突き刺さる。メゼツは腕から逃れようとするチャイに目で訴えた。
 もう止めたりしない。だから二人でいっしょに行こう。
 メゼツとチャイは船端に足をかけ、心中でもするかのように、抱き合ったまま入水した。
 兄を追ってメルタも短艇から飛び込む。
「メルタ・水中形態、トランスフォーム!」
 説明しよう。メルタの鋼のボディには空海陸(格闘)それぞれに特化した形態に変形する機構が施されている。メルタの水中形態は丸みを帯びたパーツが流線形に変形することにより、水深200メートルの水圧にまで耐えることが可能だ。最大速度は20ノットだが、メルタはやればできる子なので30ノットは気合で出せる(ホロヴィズ談)無浮上で連続36時間潜水可。武装は三連装の魚雷発射管が左右にひとつずつ。
 ゼトセとチギリはほぼ同時に飛び込んだ。ふたりを追ってフラーも湖に潜る。



 湖の中は思った以上に暗く、流れも速い。死角ができないようにチャイと背中合わせになってセレブハートを探すが、こう暗くては見つけられない。動いているものを視認するのがやっとだ。
 魚拓にしたら半紙からはみ出そうな大きさの魔物の群れが列を作っている。淡水マン・ボウだ。するどい聴覚を持ち、溺れている獲物を見つける習性をもつ。とすれば、この列の先にセレブハートがいる可能性がある。頼む、無事でいてくれと祈りながらふたりは魚群を追う。
 チャイは心配させまいと平気な顔をしているが、そろそろつらいはずだ。すでに1分以上潜っている。
 息継ぎのために戻ろうとしたメゼツの手をチャイが引っ張る。首長竜にくわえられ海底を引きずられるセレブハートの姿を、ついに捉えた。
 この首長竜はテレネス湖に眠る伝説の巨大生物、テレッシーなのかもしれない。テレッシーには500万VIPという破格の懸賞金がかけられている。こんな事態でなければ、生け捕りにしたいところだ。
 セレブハートは湖底にある岩礁の中に引きずり込まれた。息継ぎに戻っては見失うかもしれない。
 チャイはテレッシーを魚よりは水棲ハ虫類に近いと踏んだ。だったらテレッシーもどこかで必ず息継ぎをするはずだ。あの岩礁の中に息継ぎできる場所があるかもしれない。これは賭けだ。ふたりはテレッシーを追って、邪魔なマン・ボウを切り刻みながら岩礁の中へと入った。


「ぷはー」
 水面から顔をだしたチャイがめいっぱい息を吸う。湿った古い空気が、今は森の澄んだ空気のように美味く感じる。
 この岩礁の中は空洞になっていて上のほうには空気が溜まってる。ちょうどビーバーの巣のような構造になっていた。しかしテレッシーの巣にしては、人工的な跡が見られる。例えば内壁、自然にできたとは到底思えない御影石の垂直な壁には、びっしりと文字とも模様ともつかない記号が彫られていた。ただでさえ読めないのに、記号は虫が食ったようにところどころ欠けている。かつて遺跡だったものを魔物が巣として利用しているのだろう。
「あれ、何かな」
 何かを見つけたチャイがメゼツの背をつっつく。振り返ると、石造りの祭壇にマン・ボウや浅き者ども、水夫の死体が並べられている。
 獺祭だっさいという言葉がある。カワウソが捕った獲物を並べる習性を、何かを祭っているように昔の人には見えたのだろう。それに似ている。まさか、本当に何かに捧げているわけではないと思うが。
「セレブハートさん!!」
 うなじから血を流しているセレブハートをテレッシーが祭壇に並べる。チャイはいてもたってもいられず飛び出す。メゼツは今度こそチャイを止めた。様子を見たほうが良い。メゼツはセレブハートのかすかに上下する胸を指し示した。目は瞑っているがまだ息をしている。
「でも、でも。生きているならなおさら助けないと」
 チャイは泣きながら哀願した。メゼツは首を振る。
 罠の可能性がある。先に周りを調べるべきだろう。
 まずは壁面のそばに何やら茶色の細長い物体を発見した。匂いは臭い。テレッシーのフンだろうか。
「まったく。無茶をして。もう怒ってないですから、私の話を聞いて下さい」
「ウンコがしゃべったーーー!!!!」
「ウンコじゃありません。うんちです」
 聞き覚えのある声だ。このうんちはあのうんちだ。一緒に旅を続けてきた仲間だ。他のウンコと見間違うはずがない。
「うんち!!来てくれたのか!」
「私だけじゃありませんよ」
 メルタ、ゼトセ、チギリ、フラーが水面から次々と顔を出した。
 仲間たちが駆け付けたというのにチャイは不安そうな目をしている。きっとメゼツもそういう目をしていたのだろう。うんちが何か隠し扉でもないかと率先して壁面を調べる。
「だめだ。壁には継ぎ目がないし、壁面に彫られた文字も解読不能。魔方陣が使われているところを見ると、古代ミシュガルド人の遺跡だということはわかるんですけど」
「……はウコン、ゴフン夫婦めおと神によってミシュガルドに封印されることになるだろう。従う4匹の聖獣は墓守となり……」
 うんちがすっとんきょうな声を上げた。
「ゼトセさん、まさか読めるんですか!!」
 ゼトセは古代ミシュガルド語の研究の第一人者ハルドゥ・アンロームの娘であり、父の研究を見て育った。ハルドゥが行方不明の今、古代ミシュガルド語を解読できる数少ない人間といっても過言ではない。
 うんちが大声でしゃべったせいでテレッシーの巨大な蛇の目に睨まれる。
 長い首をうんと伸ばして、大口を開けて近づいてくる。
 後ずさって壁際まで追い込まれるメゼツたち。その中から1歩前に踏み出して、チギリが刀を抜いて構えた。
「セレブハートさんを早く助けに行ってください。ここは私が引き受けます」
「ひとりで戦うつもりであるか!?」
「私ならひとりで十分です。大物喰いジャイアントキリングの猪鹿蝶チギリとは私のことだ!!」
 確かにチギリは巨大生物ハムスターLv80を退治したことがあったが、テレッシーはハムスターLv80よりも二回りも大きい。 チギリの放った斬撃はテレッシーの肉を割ったが、骨を断てなかった。怒りに我を忘れたテレッシーが首を鞭のようにしならせて、チギリを跳ね飛ばす。
「ウヒャヒャ。オレのかわいい化け物。それ、死体、違う。生きてる」
 テレッシーを諭して止めたのは、顔にツギハギの入った質素ななりの女性だった。
「ああなたは人職人人!」
 ゼトセは以前ガイシ地下で人職人人を探したことがあり、そのときにメルタとも出会った。その縁で今回の探索にメルタが是非にと推薦している。
 一行はゼトセのいうことを疑うわけではなかったが、目の前の怪人物が人を蘇生できるということをどこかうさん臭く感じていた。しかし、その戸惑いはすぐに払しょくされることになる。
「かわいい化け物、痛い? すぐ治す」
 テレッシーの傷を撫でていた手を止め、人職人人の手が空を切る。するとテレッシーの首がずるりと切断された。壊れたおもちゃのようにテレッシーは横倒しになり、動かなくなる。
 あまりの衝撃にメゼツたちは絶句した。
「きれいはきたない、きたないはきれい」
 人職人人は呪文を詠唱しながらテレッシーの死骸を繋ぎ合わせた。するとどうだろう。首の繋がったテレッシーはむくりと起き上がり、斬撃の傷は消え何事もなかったかのようにペロペロと人職人人の顔を舐め始めた。
 蘇生術は疑うべくもないが、人職人人のエキセントリックな行動に、メゼツは警戒して身構える。
「よせ、ウンチダス。その人は悪い人じゃないと思うぜ」
「セレブハートさん!」
 壁に手をつきながら歩み寄るセレブハートへ真っ先にチャイが駆け寄る。
「お前ホントにセレブハートか? いっぺん死んでそいつに生き返らされたんじゃねーだろーな?」
 セレブハートは首に巻かれた包帯を見せて、普通に治療されたということを示した。
 メゼツは警戒を解き、今回の旅の目的を果たそうと試みた。
「あんたのその蘇生術を見込んで、頼みがある。このメルタの体を生身に戻してやってくれないか」
「嫌」
 人職人人は即答した。
「俺の態度が気に入らなかったんなら謝る。だから……」
 人職人人は首を振った。
「みんな、最初、蘇生、感謝する。でも、そのうち、コレジャナイ、チガウと言う。オレ、迫害される。また、逃げ隠れすることになる」
「そーか。まあ、無理にとは言わねー」
 

「誰か来る」
 フラーが獣耳をひくつかせて何かを聞き取っている。
 その時、祭壇左側の御影石の壁が霧のように消え、招かれざる客が現れた。
 黒い鎧の騎士が亜人の集団を率いている。
「まずいぜ。ありゃあ、過激派組織エルカイダの幹部だ。特にあの紫の布で顔を隠したエンジェルエルフ、ニツェシーア=ラギュリがやばい。一見いい女だが、アイツはクレージーだ。いい女だけど」
 フラーが元情報屋らしいところを見せるが、興味がないせいか男の幹部の情報は持っていなかった。代わってうんちが情報を補足する。
「あの黒騎士は精神的支柱と言われていて、エルカイダのトップです。つまり奴らにとっても人職人人を重要視していると思われます。そして一番気をつけなければならないのが、あの太った男、ドン・キングたかし3世です」
 モヒカンに丸いサングラスの汗っかきのその男は、亜人しかいないエルカイダの中でほとんど唯一の甲皇国の人間だった。だった、過去形である。肉体改造を繰り返し、ついには亜人と変わらない力を手に入れた。突如エルカイダに忠誠を誓い、今では軍師の地位まで昇りつめている。
「デュフフWWW汚物は消毒だー!!」
 たかしは腰から伸びた機械をうんちに向けると、圧縮された水流ジェットを放水した。
「臭っ、匂いが混じって臭っ」
 はじかれて床に転がるうんちをたかしがつかむ。グローブをつけているとはいえ、指先は穴あきになっている。たかしはものともせずにうんちをつかみ、人質にした。
「デュフフWWW抵抗するとこいつつぶしちゃうでゴザるよ」
「テロリストどもの要求に応えてはダメです。私に構わずに戦ってください」
 メゼツたちは武器を置く。抵抗せずに荒縄で全員しばられた。
 作戦がうまくいき黒騎士はすっかり上機嫌だ。
「いやあ、君たち皇国海軍はよくやってくれたよ。このエルカイダに泳がされているとも知らずにね。テレネス湖だけに」
 場が凍り付く。沈黙に耐えられなくなった黒騎士はテレネス湖に泳ぐがかかっているなどと説明しだす。
「そんなことより、蘇生術だ!!」
 黒騎士はニツェシーアの持っていた布袋を開いた。中から出てきたのはメゼツのよく知る人物だった。
 短髪に切りそろえられた茶髪、目元や体中に施された魔紋、それはメゼツ自身に他ならない。
「お兄様!?」
「メゼツさん!!」
「おちつけ、メルタ、ゼトセ。俺はここにいるんだからこれは精巧に作られた人形かなにかに決まってるぜ」
 ゼトセには特にショックが大きかったようだ。かつて戦時中に自分を救った恩人が肉人形のようになってしまっている。もしゼトセが冷静だったなら、メゼツの発言から、このウンチダスこそがメゼツであるともう少し早く気付いたかもしれない。
「おい、お前。何で俺、メゼツの人形なんて持ってるんだよ」
「こ、これはアレよ。趣味? そう、趣味よ」
 ニツェシーアは明らかに何かを隠している。
 フラーの耳がまた何かの音を捉えた。兵隊が軍靴を鳴らす音。
 黒騎士が人職人人に交渉しようとしたとき、今度は祭壇の右側の壁が霧消し、丙武軍団が現れた。どうやらテレネス湖中央の遺跡と繋がっていたようだ。
 黒騎士がメゼツに刃を突き付ける。
「おっと、動くな! 抵抗すれば殺す!!」
「殺せよ、そんな役立たず」
 丙武は構わず黒騎士を取り押さえて、あっさりと生け捕りにしてしまった。
「黒騎士様!!」
 ニツェシーアがスリットからガータベルトに隠したナイフ引き抜き助けに入るが、傷ひとつつけることができない。
「残念! 亜人の攻撃は効かないんだ」
 代わってたかしが身軽に飛び出し、水流ジェットを放水した。
「亜人の攻撃が通らなくなる身体不可侵の神性持ち。人間の拙者の攻撃なら」
「通ると思ったか? 神性が効かなくても、そんなヌルい攻撃、効くかよ!」
「デュクシ!!コポォ」
 丙武は次々とエルカイダ幹部をとらえ、亜人の戦闘員たちも丙武軍団に壊滅されてしまった。
 丙武軍団は軍隊というよりもならず者の集団だ。エルカイダとの戦闘を終えると、略奪した宝石、金品をめぐって取り合いを始めた。
 セレブハートは丙武に媚びるように笑いかけ、敬礼する。
「俺のお宝の分け前は?」
「あるわきゃねーだろ。俺たちを出し抜いて、先回りするような奴に」
「先に出し抜いたのはそっちだろ!」
「言ったろ。切り取り次第だって」
「畜生……ミシュガルドは俺が見つけたんだ、半分くらいくれたっていいだろうが!」
 丙武はセレブハートの叫びを無視して、人職人人に歩み寄った。
 左腕の義手を外し、人職人人に自分の欠損した体を見せつける。
「これを治せ」
「嫌」
 人職人人は食い気味に答える。
「断るなら、殺すぞ」
「アヒャヒャヒャヒャ。私、殺す? 誰、治す?」
 丙武のドスの利いた脅しにも人職人人はまったく屈しない。
 メゼツの縄をほどき、丙武は交渉させることにした。
「丙武の兄貴よー。俺は一度断られてるんだぜ。無理だよ」
「とにかく褒めろ。ご機嫌をうかがえ。メルタの体を治して欲しくねーのかよ」
 メゼツは人職人人を見つめて、褒められそうなところを探す。
「ガ」
「が?」
「ガイコツの髪飾りがおしゃれデスネ」
 フラーはこりゃダメだと頭を押さえる。他の仲間たちも同様にあきらめかけていた。
 一方、丙武軍団の中にはメゼツの発言にうなずくものがちらほらいる。甲皇国のセンスからすればメゼツの発言は妥当なものらしい。
「このウンチダスの頼みだけ、聞く」
 人職人人は気をよくしている。メゼツのことをすっかり気にいってしまった。
「さすがにそれはチョロすぎやしないか?」
 百戦錬磨のフラーだったが、もはや女心が分からなくなってきた。


 人職人人がメルタの体を蘇生する準備にとりかかる。人職人人が使う蘇生術、コーリングは体の一部でも残っていれば、完全に再生することができる。体の大半を失ってしまったメルタを、キレイな体に戻すことが。
 メゼツはメルタを祭壇に寝かせ、何もかもうまくいくと励ました。
 準備を終えた人職人人がメゼツに最後の試練を突き付ける。
「何してる? 生きてると再生できない。殺せ」
 人職人人が使えるのは蘇生術だけだ。テレッシーの傷を治したときも、一度殺してから蘇生して治している。
 メルタを治すためにはメルタを殺さなくてはならなかった。
「メゼツぅー。自分の手で殺せないなら、この丙武お兄さんが義手を貸してあげよう」
 丙武が左の義手を差し出す。メゼツはそれをウンチダスの左肩に装着し、丙武の兵から剣を借りる。
 これで自分が直接手を汚したわけではなくなる。だが、本当にそれでいいのだろうか? 殺せば生き返せるとはいえ、一度は死の苦しみを味あわせることになる。殺して生き返すか。殺さずに機械の体のとして生かすか。
 メゼツはいつかヤーに出された問題を思い出していた。あのときは自分がそういった岐路に立たされることなど思いもよらず漫然として、考えなかった。もっと真剣に答えていれば、悩まずに済んだだろうか。分からない。
 分かっているのは、どちらを選んでも自分は後悔するだろうということだけだった。
「お兄様。私、お兄様だったら怖くない」
 メルタは震えを押し殺して、自らの体を差し出した。
「大丈夫だ、メルタ。痛いのはほんの一瞬だからな。それでキレイな体に戻れる」
 ためらい傷を負わせて苦しめないように、メゼツは思い切り刃を振り下ろした。
 滴る血。
「だめだ。できない。俺にはできない」
 むりやり途中で止めたため、メゼツの肩からは血が滲みだしていた。
「おやおや、人間は不思議だねぇ。殺して、完全に、蘇生させる。なぜ、やらない?」
「メゼツの腰抜けめ! せっかくお前の体もあることだ、ならばお前自身が実験台になれよ」
 丙武がニチェシーアからメゼツの肉人形を取り上げる。
「やめて、その体は愛しい、あの人の……」
「デュフフWWWニツェシーア氏、その気持ち分かるでゴザるよ。拙者も1/1フィギュアを捨てられそうになったときそうなったコポォ」
 ニチェシーアはまるで我が子を奪われた母親のように取り乱している。
 メゼツは突如、自分のもとの体を取り戻すチャンスを手にした。
┏━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃               ┃
┃>体を取り戻す        ┃→11章へすすめ
┃               ┃
┃ ウンチダスのままでいいです ┃→13章へすすめ
┃               ┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━┛ 

       

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