Neetel Inside ニートノベル
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ミシュガルドを救う22の方法
11章 料理はパワー

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 ヴォルガーズファミリーの暗い地下牢の中には生ぬるい熱気がこもる。
 狂ったような笑い声、怒号、すすり泣く声。
 もう鼻がおかしくなってしまったのだろうか。あれほどきつかった汚物の匂いが今はさほどでもない。
 壁に備え付けられた松明の火が、鎖に繋がれ絶望の淵に沈んだメゼツの顔を浮かび上がらせる。
「 ど う し て こ う な っ た 」
 暗がりから生えた2本の腕が、メゼツの首に絡みつき三角締めする。
「お前が油断して、強い仲間を手放したからだろうが!!」
 セレブハートの恨み節を子守歌に、メゼツは意識朦朧とする中思い出した。


 3日前。
 自身の体を取り戻し、意気揚々と大交易所に凱旋するメゼツ。SHWからの回航委員であるチギリとはここでお別れだ。
「猪鹿蝶殿!」
 何も言わず立ち去ろうとするチギリにゼトセが声をかける。
「チギリでいい」
「小生はまだSHWは信用できないのである。だが貴殿とは」
「ああ、また勝負しよう!」
 チギリは振り返らずに、控えめに手を振る。
 ふたりの別れに悲しみはない。まるで再戦が約束されているかのように。
「メ、メゼツ殿」
 ゼトセが名残り惜しそうにメゼツの顔を見る。
「どうした? 改まって」
「あなたは小生の恩人である。ぜひとも恩返ししたい。小生に手伝えることはないであるか?」
「フラーから聞いたぜ。お前、行方知れずの父親探してんだろ」
 ゼトセは視線を横に外し、フラーを睨む。
「おしゃべりめ」
「今回はいっぱい助けてもらったからな。恩はそれでトントンだ。それより、親父さん見つけるほうに専念しとけ」
「し、しかし」
「俺なら体を取り戻したから、ひとりでも平気だぜ」
「そう……であるな」
 ゼトセは強くなった自分を見て、ただ褒めて欲しかった。大切な人を守れるほどに強くなったんだなと。
 落胆した顔を見られまいと、ゼトセは振り返らず別れた。
「ほんと、あんた分かってねーよ」
 フラーがため息を吐く。
「は?」
「俺はゼトセちゃんのほうについていくからな。憧れの人に振られた今がちゃーんす!」
 フラーはそう言い捨てると、わき目も振らずゼトセを追っていった。


 確かにメゼツはチギリ、ゼトセ、フラーと仲間を引き留める努力をしなかった。が、そのかわりの補充要員を今回のクエストに加えている。
 今回のクエストは遺跡の宝を取り損ねたセレブハートが損失を補てんするため企図したものだ。麻薬売買を生業とするマフィアのボス、ヴォルガーの暗殺。ヴォルガーと対立するマフィアで黒兎人族のディオゴ・J・コルレオーネからの依頼だ。2000万VIPの裏クエストだけあって、その難易度は高い。セレブハートの両腕を振りほどき、そこのところをメゼツは責めた。
「そもそもお前が欲出して、裏クエストなんか受注するからだろうが!!」
「うるせー! 甲皇国海軍に入る条件のひとつに、クエストを手伝うことってのがあっただろ。俺は悪くねー!!」
「俺だって悪くねー!! ちゃんと仲間だって新たに雇ったんだからな」
「雇ったって、あの役立たずだろーが!!!」
 セレブハートが牢から指を突き出し、独房で白ワインをたしなんでいる金髪碧眼のエルフを非難した。
 自分の好きなエメラルド一色の制服のエルフは、セレブハートを意にも解さずワイングラスを揺らしている。
「あたしだけ個室に、ワインのサービス。なかなか分かってるじゃないの。食事がハーブばかりなのはマイナスだけど」


 2日前。
 仕事斡旋所のアイス・ピアニッシ嬢はまだ十代だったが、世話好きな性格が災いしてか年上に見られがちである。今日も考えの浅い冒険者に世話を焼いている。
「エルフってところが引っかかるが、このヒスイって奴でいい」
「あのねー、その魔法使いはまだ学生よ! 裏クエストに連れていくなんて正気なの?」
「でもよー、魔法学園の試験結果は優秀なんだろ」
「筆記試験の結果なんてあてにならないわよ!!」
「心配すんな。体を取り戻し、完全復活したこのメゼツ様がいるから大丈夫だ!」
 メゼツはこのとき明らかに調子に乗っていた。


「あいつビームとヒールの魔法しか使えないじゃん! 適当に選びやがって!!」
「しょうがねーだろ!船とか買って支度金がほとんど残ってなかったんだから!!」
 足音が近づき急に松明で照らされる。
「静かにしねーか!!」
 鼻息荒いオークがこん棒で檻をやたらめったら殴りつける。動物でも調教するように。チャイとうんちは声も出さず、牢の奥で震えている。
「このヴォルガー様のタマ取ろうって奴がこんなちんけな奴らとはな。なめやがって」
 どうやら声の主はヴォルガー自身のようだ。ウンチダスの体のままだったら、牢の外にテレポートしてヴォルガーを人質に仲間を解放することもできたかも知れない。それももはや不可能だ。本来の体を取り戻したメゼツはテレポートの能力を失っていた。
 思えばメゼツの行動はすべて裏目に出てしまっている。今回のクエストにメルタを連れてこなかったことだけがファインプレーだったとメゼツは思うのだった。
 このヴォルガーズファミリーのアジトでヴォルガーが最も威張り散らしているはずだが、急に声色を柔和にへコヘコと媚びへつらい始めた。
「すみませんね陛下。まさか人間牧場に直接ご足労願えるとは思いませんで」
 足音が聞こえぬほどの身軽さのせいで気付かなかったが、ヴォルガーとは別にもうひとりいるらしい。
「構わないよ。食材を見たいとワガママを言ったのは俺のほうだからね」
 卸売業者が品定めするようなきびしい表情、メゼツはこの顔に見覚えがあった。食通で有名な情報将校カール、甲皇国現皇帝その人だ。
 一度はメゼツと目が合ったが、カールは飼料箱の中身のほうに夢中になっている。
「ジンジャー、シナモン、ナツメグ、オレガノ」
「ハーブ類中心の飼料で育てています」
「上品な香りの肉になりそうだね。脂肪もさっぱりとしてそうだし」
 ヒスイの独房のほうに目をうつしたカールに、ヴォルガーが説明する。
「こいつは痩せていたので、白ワインを与えています。もう少し太れば食べごろでしょう」
 ほんのりとほほを朱に染めていたヒスイは、一転して青ざめだらだらと汗を流し始める。
「カール!俺だ、メゼツだ。助けてくれ!!」
 メゼツは藁にも縋る気持ちで名乗り出た。
「陛下! まさかと思いますが、お知り合いですか?」
「メゼツ? 知らない子ですね」
「てめ! ふざけんな、しらばっくれてんじゃねーぞ!!」
 悪態をつきながらなおも食い下がるメゼツに、こん棒の雨が降り注ぐ。
「メゼツは捕虜になっても敵の施しは受けないと、絶食するような男だ。このメゼツは知らないなあ」
 なんてことだろう。カールはメゼツに気づいてはいるが、どこか面白がっているだけで助けるそぶりは一切ない。
 何かカールの気を引くことを言わなくては。
 無情にもカールはヴォルガーと話しながら遠ざかっていく。
「最近魚人の肉を手に入れたそうじゃないか」
「さすがに耳がお早い。裏クエストで30万VIPの懸賞金をかけていましたが、アサモという料理人がちょうど届けにくるころです」
 何か言わなければ。最後のチャンスが遠ざかって行く。
「待て! 俺ならその魚人の肉、もっとうまく調理してやる!!」
 遠ざかる足音が止まり、カールの顔つきが初めて変わる。
「面白い!!!」

       

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