Neetel Inside ニートノベル
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 駅を出ると拾い車線のバスロータリーと、古くさい時計塔のある駅前広場がお出迎えだ。ずっと昔から知っている景色のはずなのだが、どうにも初めて見た景色のような気分が拭えない。たった半年いなかっただけでこんなに変わってしまうものなのだろうか。客待ちしていたタクシーから一台捕まえて、自宅の住所を告げる。
 思えば帰るのにタクシーを使うなんて初めてかもしれない。単身赴任を始めてから2年近くになるが、これまでは必ず事前に連絡してきた。そして連絡すれば、必ず妻が迎えに来てくれた。土産に用意したういろうの小箱が、コトリと鞄の中で音を立てた。

 インターホンを鳴らすが反応がない。居ないのだろうか? 今日は用事もなく、いつも家にいる曜日のはずなのだが。
 合鍵を使って中に入る。人の気配はない。買い物にでも出ているのかと思ったが、すぐにおかしいことに気付いた。
 まず洗濯物がない。ベランダにも風呂場にも、洗濯機が回っているわけでもない。かといって洗濯物が溜まっているわけでもなかった。ここ数日洗濯が不要だった証拠だ。
 次に台所が綺麗過ぎる。夕食の用意どころか朝食が食べられた形跡すらない。冷蔵庫の中は冷凍食品を除けばほぼ空っぽで、買い物でもしなければ、今晩食卓に並べられる料理はさしてなかろう。
 二つの事実を総合するに、妻はここ最近この家にはいない。そして今日も帰ってくるか分からない、ということになる。しかしそんな予定は聞いていない。カレンダーにも何も書かれていなかった。

 まさか。最悪の事態が頭をよぎる。いやいや、彼女に限ってそんなことはあり得ない。手は自然と懐から携帯を探し当てると、彼女の番号をダイヤルしていた。
「お掛けになった電話番号は、現在電波の届かないところにあるか、電源が入っていないため……」
 不安のあまり掛けた電話で不安は更に増大した。彼女を信じたい。しかし集まるのは典型的な浮気の間接証拠ばかり……。その時、携帯が鳴った。
「もしもし、××さんの携帯ですか? 私●●総合病院の▼▼と申します」
「病院?」
「突然なのですが、奥様が急患で運ばれまして、緊急連絡先がご主人の携帯だったものですから」
 私はホッと息をついた。いい知らせだ。良かった、浮気じゃなかったんだ。

 その知らせが全然良くないことに気付くのはもう少しあとの事である。

       

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