Neetel Inside ニートノベル
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 もう駄目だ。パソコンの画面には強制ロスカットを通知するメールがポコポコポップアップしてくる。口座情報に記載されているマイナスの桁数は……数えたくもない。震える手で神袋を手に取る。中には今日の為に用意したストリキニーネの錠剤が用意してある。
 ふと、傍らの小さな箱が目に入った。数ヶ月前、怪しげな黒マントの男が追いていった謎の機械。アルミのような金属で覆われた表面には継ぎ目やネジ止めの後が全くなく、まるで型から抜き出した豆腐のようにつるんとしている。唯一上面の中央部分だけが丸くくり抜かれ、そこから赤いプラスチック製の押しボタンのようなものが突き出していた。
 『どうしようもなくなった時に使ってください』と奴は言っていた。『ボタンを押せば、貴方は全てをやり直せる』と。
 下らない。こんなチャチなおもちゃのボタンに何の力があるというのか。そう頭の中で思ってはいても、何故だか捨てられずに今日まで手元に取ってきた。そして今、俺は確かにFXのお陰でどうしようもなくなっている。
 死ぬなら何が起きても一緒だな。そう思うと、急にそのボタンが押してみたくなった。どうせ何も起こらないだろうし、よしんば何か起きたとしても……自分が死ぬ以上の悪いことは想像出来ない。何、辛くなったら毒薬がある。俺がボタンに手をかけると、ざらりとした感触が指に残った。おや? ボタンは平滑だと思っていたが……。見れば、そこに小さな引っかき傷のようなものがあった。傷が浅くて少し見辛いが、正の字のように見える。

 いやいや、まさかね。いくらなんでも非現実的過ぎる。ここは小説やマンガの世界じゃないのだから……そう思い、浮かんだ妄想を頭から消す。さあ、さっさとボタン押して、それから死のう。
 ボタンは、想定よりもずっと軽く下へとめりこんだ。そして静寂。やはり何も起こらなかった。
 ふう、やれやれ。嘘は許しがたいが、もう世界を旅立つ俺には関係のないことだ。俺は錠剤を手に取り、口に押し込んだ。
 開いていたニュースサイトが核戦争を告げる速報を最後に、俺は意識を失った。

       

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Neetsha