Neetel Inside ニートノベル
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召喚された魔法陣から身を起こすと、私はゆっくりと目を見開いた。
若い。見た目は人間の年齢で言えば10代かそこらと言ったところだ。長い睫毛に華奢な造りの腕と指。どうやら女のようだ。昔の悪魔は、召喚されるや否や召喚士に襲いかかろうとしたり、「俺を呼び出した野郎はどいつだ!?」「こんな小娘ごときに……」などと食ってかかっていたらしいが、私はそんなはしたない真似はしない。
なるべく感情を込めずに、市役所の窓口のような口調で告げる。「用件は?」
少女もまた事務的に答えた。
「殺して欲しい人が、二人いるの」

巷では悪魔の召喚は極めて特別な手段であるかのように思われているようだが(かつては悪魔もそう思っていたようだが)、実際のところは誰でも出来る一種の請負契約に過ぎない。ただしかるべき手段を知っているかどうかだ。対価も契約内容次第で、頻繁に呼ばれる悪魔の中には、定食屋の注文メニューよろしく対価リストを持っている奴だっている。
命の対価は、命一つ。彼女の突き出してきたカエルには丁重に自然にお帰りいただいた上で、私は改めて彼女に聞いた。「それだけの対価は支払えますか?」と。
脅すようなことはない。あくまで日常の一部、仕事の一環だ。しかし仕事だからこそ、契約ははっきりと。取り立てはきっちりと。無理な契約はしないに限る。
少女は少しの逡巡ののち、こくりと頷いた。ウソだ。この少女の中に命の対価のアテがないのは明白だった。あわよくば自分自身の魂を、とでも考えているのだろう。甘い。人の命とカエルの命が釣り合わないように、人の命同士でもそうそう釣り合うことはないのだ。小娘ーーという言い方はしないがーーの命1つに値するような人物の殺しの依頼など、来るはずもなかった。
「残念ながら」と私は言った、「貴方には支払能力がないと判断せざるを得ません」
少女の顔がくしゃりと歪んだが、私は構わず続けた。
「もしどうしても契約したいのでしたら、親権者の方に代わりに契約していただくしかありませんな」
私は契約書を取り出して確かめた。間違いない、一人分の殺人契約書である。代償は、人一人分の命。
「親権者さんを呼んできていただければ一番いいのですが、無理なら判子でもいいですよ」
契約書を渡しながら、私は愛想よく言った。
「おばさんの判子しまってある場所、分かります? おじさんでもいいんですが」

       

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