Neetel Inside ニートノベル
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 自転車で坂を登り切ると、急に視界が開けた。なだらかな道を下った先には、ゴツゴツした岩に囲まれて小さな浜辺が広がっていた。右手の方に岩がせり出して桟橋のようになっていて、その根本にはコンクリートで整備された小さなプールがあった。
 五島が坂を降りていくと、プール脇のパラソルの下で寝そべっていた人影がもぞりと起き上がった。
「いらっしゃーい」
 けだるげに五島に向かって声をかける。地元の女子高生のバイトらしい。遠目に男と勘違いしたほどのショートヘアは色が抜けて茶色に輝いている。ノースリープの上からは日焼けで真っ黒になった首筋と二の腕が伸び、その下からはやはり白く脱色したデニム地のショートパンツが風に煽られてちらりと覗いた。やはり日に焼けた顔にはそばかすが浮かび、その目を右手でゴシゴシとこすっている。どうやら寝ていたようだ。
「一人? 旅行?」
 自転車を引いて近付いていくと、少女はじろじろと五島を眺めて言った。旅行客に対する態度ではない。
「いや、引っ越しで、近所に……」
 五島がそう言うと、少女は突然大きな声を上げた。
「なーんやご近所さんか。応対して損したわ。寝よ」
 そう言いながらくるりと背を向けると、パラソルに向かって歩き出す。
「え、あの、ちょっと……」
 五島は焦った。久しぶりに見た島民だ。せめてこの浜だけでも案内してもらいたい。すがるように追いかけようとすると、少女がまたこちらを振り返った。
「なん? 泳ぎたい?」
「え、いや、というか……」
「うち、プール番のバイト中で忙しいの。見て分かるやろ? プール以外の用事やったら後にして」
 どう見ても忙しいようには見えない。そもそもプールには人っ子一人いないし、プール番など不要に思える。しかし、そう言う勇気は出ずに、五島は恐る恐る言った。
「あ、えと、泳ぎます」
「あっそ。じゃあそこのカンカンに200円」
 少女はそう言い残して歩いていく。五島は慌てて後を追った。
 プールに近付くと、海独特の磯の香りがした。指をつけて舐めてみると塩辛い。
「このプールには塩水が入れてあるんだよ」
 少女の声に振り返ると、もうパラソルの下で寝る準備万端だ。
「あの、どうしてわざわざ塩を?」
 五島の問いに、少女は不思議そうに首をかしげて答えた。
「なぜって、折角の海辺なんだから、気分だけでも味わいたいじゃん。本物はなくなっちゃったし」
 浜の方から、渇いた風が吹きつけてきた。

       

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