Neetel Inside ニートノベル
表紙

日替わり小説
9/22〜9/28

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「駄目だ、固過ぎる!」
 そう叫ぶと男はドライバを放り投げた。目の前の机の上にはネジでしっかりと蓋閉じされた金属製のケースが置かれている。見た限りネジはほとんど取り外されているようだが、肝心要の真ん中一本だけはしっかりと留められたままだった。
「なんでこんなに固いんだよ、他のネジはスルスル抜けたってのに……一本だけ締め付け強度が違い過ぎるだろ……」
 男がぶつくさ言いながら浸透潤滑剤を取り出した。蓋を無理やり引き上げたり押し下げたりガタガタ鳴らして隙間を作り、そこに潤滑剤を吹き付けていく。作業が終了すると、男は再び放り投げていたドライバを拾い上げ、ネジの頭へと差し込んだ。
 ツルリとした感触と共に、手応えなくドライバは空転した。
「あークソ、ネジ穴潰れた!」
「フフフ、そんな軟弱なもので僕を取ろうとは見くびられたものだね」
 またしてもドライバを放り投げた男の耳に突然、生意気そうな子供のような声が聞こえてきた。辺りを見回してみるが誰もいない。確か声がしたのは目の前からだったような……。そう思いながらキョロキョロしていると、再び箱から声が聞こえた。
「フフン、これだけ格闘しても、僕の正体にすら気付かない。これだけ工作素人なんじゃあ、僕もますます回されるわけにはいかなくなったな」
 男は驚いてケースを調べた。中身はごく普通のサーバマシンのはずだ。中に人がいたり、スピーカーが設置されたりはしていない。とすると、喋っているのはこの箱自身ということになる。いや、話の内容からするとむしろ……。
「ネジ?」
 そう問うと、声の生意気度が一段と上がったようだった。
「やっと気付いたのかい? 工作の腕だけじゃなくて頭まで随分と回りが悪いようだね。まあ、簡単にネジ穴をなめた挙句潤滑剤に頼ってなんとかしようなんて神経じゃ無理もないか」
「なんだてめえ。てめえみたいなクソネジなんかその気になればハンマーで叩き潰してスクラップにしてやれるんだぞ」
「ハッ、そのクソネジに時間を散々使わさせられた挙句どうにも出来ず困ってるのはあんただろ? 大体発想がヌルいんだよな、頭をペンチで掴んで回すことすら思いつかない……」
 しばしの沈黙が訪れた。
「そうか、ペンチを使えばいいのか」
「あ、いや待って、今のはなかったことに……」
 既に男の手には大きなペンチが握られていた。
「人間様をナメた罪、思い知れ!」
「あああああ待って痛い痛い痛い!!」

     

「勝負は8小節2ターンの三本勝負、2本先取した方の勝ちとなります。ただし……」
 進行役の声がほとんど耳に入らないぐらい俺は集中していた。MCバトルは始まるまでが勝負というのが俺の持論だ。確かに即興バトルとしての側面も大きいが、それ以上に事前の周到な準備こそが勝敗を分ける。こと、一部即興のライミングだけで天才的なネタを産み出せるような超一流の面々を別にすれば、俺たち一般人のMCにとってはバトル当日までの余念のない情報収集やトレンドへの嗅覚をバトルにぶつけるための最終調整は欠かせない。相手の経歴、人柄、見た目、そして会場のオーディエンスの傾向や反応から、その日一番にブチかませるライムや相手へのアンサーの為のネタを用意しておく。
 対戦相手のモンスターは余裕の表情で薄く笑いながらこちらを眺めている。もう5年近く無敗で挑戦者の前に立ちはだかる門番だ。普通の人間に出来る芸当じゃない。恐らく普通じゃないのだろう。正攻法で挑むだけでは駄目かもしれない。だが俺は他にやり方を知らないのだ。全力で先制パンチをブチかます。それしかないのだ。気合いで負けたら終わりである。力を込めて見返す。ここでも勝負はやはり始まっているのだ。
「チャレンジャー、先攻後攻どちらを選びますか?」
「……先攻で」
「OK! それでは先攻チャレンジャー娥蝶、後攻モンスターIKARIYA、DJ CHY、かませー!」
 進行役の号令と共に軽快なリズムのビートが流れ始める。早速一発目からブチかまそうと息を吸い込んだ次の瞬間、モンスターの目が不気味に赤く光った気がした。
(よう、中々気合い入ってるな)
 頭の中に突然モンスターの声が響いて俺は動揺した。目の前の奴は何も喋ってない。だというのに、頭の中に響く声は軽く含み笑いをするとこう続けた。
(もうこれを続けて5年になるが、こうも皆が皆同じ反応だとちょっとつまんねえよな。ま、面白くなくはないが)
(何が……どういう……テレパシー!?)
(フフフ、お前は知らないみたいだが、MCバトルではこういう能力にも長けてないとトップは務まんねえぞ)
 モンスターの目が一段と赤く光り始めた。
(悪いが少し眠っててもらおうか)
 その言葉を最後に俺は意識を失った。
 目が覚めた時、俺は敗退していた。見ていた身内からは、「あれほど無様なラップをするお前を見たことがない」と言われたが、あれは俺じゃない。俺じゃないんだ。

     

「ただいまー」
 玄関のドアを開いて中に声を掛けたが、いつもはすぐに返ってくる返事が中々返って来ない。自動車はガレージに入っていたし、玄関に鍵もかかっていなかったからいると思うのだが。聞こえなかったのだろうか?
「ただいまー?」
 もう一度、今度は少しボリュームを上げて、家の中全体に声が響くようにして言ってみる。ガタン、と奥から物凄い音がしたかと思うと、続いてドタドタドタっと凄い足音と共に奥のドアが開いて妻が飛び出して来た。いつになく乱れた服に、目が煌々と光って見える。
「あんた……よく無事で……」
「無事? 今日はなんもなかったけど」
 最後まで言う前に身体に衝撃が走り、思わず言葉がつまる。少しして、それが妻が抱きついてきたせいだと気付いた。
「おいおい、どうしたんだいきなり……」
 慌てて妻を引き離そうとするが、妻の力はびっくりするほど強かった。よく見れば妻の顔は涙でボロボロ、髪もバラバラだ。メイクもロクにしていないし、真っ赤に腫れた目からするとずっと泣きはらしていたのだろうか。今朝出た時は普通にしてたし、今日は友人と会う約束をしてたと言ってたはずなんだがな。
「とりあえず落ち着け。俺は健康そのものだぞ? お前の方こそ何かあったんじゃないか?」
 努めて声を抑えてそう問うと、妻はようやく身体を離した。そのまま手を顔に添えると、グイと引き寄せられた。
「ホントに? 病気とか怪我とかしてなかった? ご飯とかちゃんと食べてた?」
 一体何を言っているのだ。昼御飯の話でもしているのか? 普段は飯の心配なんてしてもくれないのに。妻は矢継ぎ早に質問を重ねてくる。
「ずっとどこに居たの? 何してたの? 連絡もしないで! 本当に心配したんだよ!!」
「どこって……今朝会社に行くって言ったし、帰りも遅くなるって言った通りなんだが」
 どこかに心配されるいわれがあったのだろうか。それにしたってこれはいくらなんでも異常だ。まるで俺が数年間行方不明だったみたいではないか。
「ああでも良かった。何はともあれ今日はお祝い……そうだ! 貴方の分のご飯用意しなきゃね。お赤飯買ってくるわ」
「あ、おい!」
 妻はバタバタと玄関を出ていった。俺はその背中をただ呆然と見送った。
「俺、小豆嫌いなんだけど……」
 その呟きもまた、届かなかったに違いない。

     

「お電話ありがとうございます、こちらエクストリームピザ極元店でございます」
「もしもし、ピザの配達をお願いしたいんですけれども」
「ありがとうございます。ご注文内容をどうぞ」
「カプリチョーザ、それとプロシュート……あと……クワトロ・フォルマッジ2つ」
「サイズはいかがいたしましょうか?」
「全部Lサイズで」
「かしこまりました。ご注文内容を確認させていただきます。カプリチョーザをLサイズでお1つ、プロシュートをLサイズでお1つ、クワトロ・フォルマッジをLサイズでお2つ。以上で宜しいですか?」
「大丈夫です」
「では配達先のご住所とご連絡先をお願いします」
「あ、電話番号は080-****-****で、場所はちょっと待ってください……(今大丈夫?) あ、えっとすいません、今から3分で持ってきていただくのって無理ですよね……?」
「3分ですか! それは……場所にも依りますけどかなり難しいかと」
「あ、ちょっと待ってください。(なに? え、もう過ぎちゃう? だってさっき……マジか……え、じゃあ次いつ?)」
「あのーもしもし……お客様?」
「あ、はいすいません。さっきと話変わっちゃうんですけど、今から2時間半後に、極元市州足3-2-1まで届けてもらうことって出来ますか?」
「2時間半後に予約ですね。畏まりました」
「あの、きっかり2時間半後でお願いしますね! 結構こっちの誤差も厳しいんで」

 指定されてバイクで向かった配達先は、山道を登った先にあるだだっ広い空き地だった。
「配達先ここで合ってたよな……?」
 手元のメモと地図を確認するが、住所は間違いなくこの場所で合っている。イタズラか……昔はあったらしいけど、実際に遭ったのは初めてだ。
「一応電話掛けとくか……」
 期待しないながらも一応携帯電話をかけると、意外にもすぐ相手が出た。
『もしもし』
「あ、エクストリームピザですけれども」
『あ! 間に合ったんですね、良かった!』
「あの、お持ちしたピザ、どうしたらいいですかね?」
『あ、空き地の中心に置いていっていただければ』
「え? しかしお代は……」
『早く! 間に合わない!』
 怒鳴り声にビビってピザの箱を空き地に並べると、空から光が差してピザを包んだ。瞬きのうちに、4枚のピザは何枚かの札と硬貨、それに1枚のメモ用紙に変わっていた。
『ごちそうさまでした。ワガママ言ってゴメン!』

     

「なんだよお前〜」
「痛い痛い、髪の毛引っ張んな!」
 じゃれてきた相手を引き剥すと、他の奴らが冷やかすように言った。
「おいおいやめろよ、髪の毛は不味いぞ」
「そうだな、コイツは髪の毛にストレス与えるの禁忌だからな」
「馬鹿、やめろ!」
 俺が吠えると奴らは笑った。ねっとりと喉奥に絡み付くような湿った笑い声だった。
「マジで髪の話するな! 結構本気で気にしてんだからな!」
「そうだよな〜今でさえおでこ広いもんな〜」
「本気で気にしてるの? 何か対策した?」
「正直、スカルプD買った」
 ドッと笑い。えげつないイジリだが、哀しいことにもう慣れた。時々こうして笑いのネタにさえなっていればクラスの中の位置を確保していられるなら安いものだ。トレードオフ。
「でも実際さ、この中で将来誰がハゲるかなんて分かんねーよな」
 一人がふと真面目な口調で言った。
「そういえば親父も若い頃はフサフサだったって言ってたわ」
「確か母方のじーちゃんの髪が遺伝するんだっけ?」
「え、マジ? やべえ、俺のじーちゃんハゲてるわ」
「俺のじーちゃんは死んでるな……お前どう?」
 俺の母方のじーちゃんは実際のところフサフサのロマンスグレーであるが、俺は自分の本分をよく弁えている。
「もうツルツル。蛍光灯の形映るもん」
 ゲラゲラ笑いが周囲に満ちる。中には笑いながら涙を拭ってる奴までいる。泣くほど面白かったのか。本来なら泣きたいのはこっちだろと思うと、変な気分になった。
「そうかそうか、やっぱり遺伝子的にもエリートだったか」
「クソ、予想してたのに……あ〜、腹痛え」
 丁度オチが付くのを待っていたかのように自転車のベルが鳴った。
「ホラ、お前ら邪魔邪魔」
「すいませーん」
 腐っても進学校、真面目になって道を譲る。通り過ぎていく自転車の上を見て、素で声を掛けてすぐに後悔した。
「あ、じいちゃん」
 皆がじいちゃんを見た。じいちゃんもこっちを見た。フサフサの髪の下にある目と、3対の高校生の目がじっと向き合っている。
「あっ」
 瞬間、風がどうと吹き付けた。舞い上がるじいちゃんの髪。いや髪ではない。あれは……綿毛!?
 信じられなかった。まるでタンポポに息を吹きかけたかのようにブワッと舞い上がる髪の毛……いや綿毛。後に残ったのは綺麗なつるつるの……。じいちゃんは優しく笑っていた。
 あのねじいちゃん。俺は嘘吐きになることよりも、ハゲになる方がイヤなんだけど。

     

 見たことがないほど深い竹林が眼前に広がっていた。
 最初は軽い散歩の予定だった。煮詰まった頭をほぐそうと知らない場所まで足を伸ばしたのはいいが、結果迷うというよくある奴だ。自業自得である。目印を探そうにもあっちも竹、こっちも竹で方角が分からん。GoogleマップのGPS機能も視界が悪いおかげで精度不十分だ。
「あでっ」
 Googleマップを眺めながら歩いていたせいで何かに蹴っ躓いて転びそうになる。足元を見ると竹の子がなんと道の真ん中に生えてるではないか。竹の子め。どこまで俺を嘲笑うつもりなのか……恨みを込めて睨みつけていると、後ろから声をかけられた。
「お困りかな?」
 サンダル、ステテコに白いタンクトップ、背中に籠。絵に描いたような田舎の老人がそこにいた。
「何か悩みを、それもかなり深刻なものを、思い患っておられると見受けるの」
「え、いや……」
 老人は背中に背負っていた排膿を下ろすと、中から鉈を取り出した。
「竹というのはのう……成長も早いし、傍から見るといつも本当に伸び伸びとしておる。繁殖力も強いから、過去にそこにあった樹木林の生態系を壊して自分のものにしてしまうこともある」
 老人は鉈で手近な竹の根本に切れ目を入れると、足で強く蹴りつけた。ミシミシと軽快な音を立てて竹が割れて倒れていく。
「その成長の様が時に羨ましく思えることもあるかもしれん。じゃがその分、あっという間に枯れてしまうんじゃ。適切な管理がされておれば別じゃが、放って置かれた竹林など、しばらくすればまた別の樹木が入ってきて、竹に取って変わってゆく。何も特別なことではない。成長の速度は一様ではないし、早く実ったものは早く腐る。簡単なことじゃよ。じゃから、お前さんもそんなに肩肘張らずに生きていけばいい。竹は竹、自分は自分じゃ」
 老人は鉈の柄を俺の方へ差し出すと言った。
「ほれ、ストレス解消に丁度いいぞ。やってみい」
「あの……じゃあその竹の子を切ってみたいんですけど」
 俺の言葉に老人は渋い顔をした。
「なに? これは駄目じゃ。これは儂が後で掘り起こして食うからな」
「えー。じゃあいいです。道だけ教えてください」
「なんじゃ、迷子か。人生訓垂れて損したわ」
 老人は少し残念そうな顔をしているが、本当のことは言わない方がよさそうだ。俺は自室の中で考えていた、大学の生協の投票でたけのこの里に勝つ方法に改めて思いを馳せた。

     

 定休日を引き当てるのが昔から得意だった。外食しようとするとなぜか必ず定休日の店に行ってしまう。中でも一番傑作だったのは、事前に調べて年中無休だった店に行った時だ。店の電気がついてないからおかしいなと思っていたら、扉に張り紙がしてあって『年に一度の社員旅行の為に特別休業! ごめんなさい!』なんて書いてあるものだから、怒りを通り越して笑ってしまった。それ以来、滅多なことでは外食しなくなった。
 定休日引きは飯屋に限った話ではない。例えば床屋。もう何度月曜日に切りに行こうとしたか分からないほどだ。あまりに月曜日に髪を切ることを思い付くので、一度火曜定休の床屋を探したことがある。翌月、案の定その事を忘れた俺は火曜日に髪を切りに行った。もちろん、床屋は定休日だった。
 定休日がないから安心かと思いきや、そうでもない。例えば寺や神社だ。有名どころの国宝だの重要文化財だのは勿論、旅行先でぶらりと入った寺の御本尊とかちょっと珍しい狛犬とか、観に行った時にはほぼ確実に修復作業や建て替え工事によって観覧出来ないようになっている。お蔭で工事業者のロゴデザインを見ただけで業者の名前が分かるようになった。嬉しくもなんともないけど。

 クソみたいな特技ではあるが、たまにはいい事もある。以前に後輩の気になる女の子にそれとなく週末の予定を聞いたら、『別の先輩とディズニーランドに行く』なんて笑顔で言い放つのでびっくり仰天。すぐさま同じ日のチケットを抑えたところ、ほとんどのアトラクションがメンテナンスや故障、停電騷ぎを起こしてランド全体が開店休業状態に。頼みのエレクトリカル・パレードは夕方降り始めた雨の為に中止に。雨合羽を着て男と罵り合う後輩を見かけた時は胸がスッとした。この後後輩への猛アタックが実って付き合うことになったが、デートで外出したことはない。彼女からディズニーを仄めかされるたびに話を誤魔化して、絶対におうちデートにしている。そろそろ愛想を尽かされるかもしれないが、そうなったら仕方がない。
 最近はこの経験を活かして、軽いバイトを始めた。日給1万円の『別れさせ屋』だ。遊園地デートに留まらず、レストランでのディナー、合コン、お見合い、果ては結婚式の二次会に至るまで、ありとあらゆる男女の出会いを台無しにしている。目下の悩みは、やってると段々虚しくなること。需要はあるが、他の人にはオススメ出来ない。

       

表紙

天馬博士 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha