Neetel Inside ベータマガジン
表紙

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 なんだかひどい悪夢を見ていたような気がする。
夢の中で俺はあの美しいミランダという少女に襲われ、貞操を奪われようとしていた
俺が愛した女は……俺の身体も心も捧げた女は……天国の妻ただ一人だけだ。
だからこそ、俺はハレリアを心の底から愛している。
ミランダの好意に答えることは出来なかった。彼女はひどく悲しみ、
激しい抱擁のすえ、何かを俺の口に送り込もうとした。
咄嗟にその何かを吐き出し、俺は掌でその正体を確かめる……そこには
黒く蠢く幼虫がこちらを見つめていた――そこで夢は終わった。



ヴィンセントとミランダの家で療養という形で居候しておそらく数ヶ月は経っただろう。
この数ヶ月間で歩き回れるようになった俺は、彼らの家の清掃に明け暮れていた。
2人としてはこれが普通なのかもしれないが、いずれにせよ良い機会だ。
助けてもらったお礼も兼ねて家を綺麗にするのは仁義に反してはいないだろう。


こうして過ごす内に、よくヴィンセントと話をすることが多くなった。
久しぶりの話し相手で嬉しかったのだろうか……ヴィンセントは俺に
自分とその妹ミランダの生い立ちについて話してくれた。
2人は50年前、甲皇国がこのミシュガルドに極秘に派遣していた開拓団の子孫らしい。
開拓団はこの近辺に村々を作り、一時期は自炊出来るほどの生活を築けていたそうだ。
ところが、原生生物の襲撃に遭い2人は両親と祖父母を失った。
それ以来、この開拓団の村の一つだった空家でひっそりと暮らしていたそうだ。
ヴィンセントいわく、当時赤ん坊だったミランダが無事でここまで育ったのは奇跡とのこと。
だが、言葉は子供だった自分では教えきれず、ミランダは野生の獣たちと遊ぶことが多くなり、そのまま成長してしまったとのことだ。
俺よりも20は年下に見えるヴィンセントの言葉が、人生の先輩にかけられる言葉のように
重くも頼りがいに満ちたように感じるのはきっとその波乱万丈な人生の賜物だろう。


ヴィンセントの話に耳を傾けながらの清掃は楽しかった。時間と自分の病気を忘れるほどに。
だが、清掃中に気が抜けると蜂窩織炎を患った足が疼き立てなくなることがしばしばあった。
蜂窩織炎の左足は今でもむくみ、時折 正座を終えた直後の痺れの2倍ほどの痺れに苛まれる。
だが、左足を鼠径動脈(股の付け根)より上に上げれば少しは収まった。
痺れや大男に傷口をつねり上げられたような激痛からして皮膚だけの病気じゃあないことは確かだ。
医学者ではないが、ハルドゥもそういう類の話は耳にしたことがあったから
これが血液の病であることは察しが付いていた。
鰹節のように踊り狂っていた皮膚はすっかり剥がれ落ち、今では新しい皮に覆われた足になっている。
だが、左足は右足と比べると1.5倍は膨れている。試しに足を反り返って中足骨を浮き出させようとすると
違いは一目瞭然だ。右足がくっきり浮き出るのに対し、左足はまったくと言っていいほど出ない。
高熱や腫れは引いたとはいえ、依然として足を下にすれば少しばかり痺れや痛みが襲ってくる。
山場は超えたとは言え、再発しないとは言い切れなかった。ボロールカビの変異体を取り続ける必要はある。

「あんまり無理するなよ、掃除しなきゃ死ぬわけじゃねぇーんだし」
「いやいやいや、いくらなんでも汚すぎるだろ!!ここで寝てたら再発するわ!!」

他人の家に居候しておいてなんて言い草だとは思ったが、ネズミやアリが這い回るこの衛生状況は如何なものかと思う。
ただでさえ、病気で抵抗力が弱まっているのだから少しでも綺麗な環境で療養した方が良いに越したことはない。
まずは、ミランダの部屋のリフォームだ。一応彼女の部屋は自分の療養スペースでもあったし最優先だった。
部屋の床に敷き詰めた藁を撤去し、顕になった部屋の床の掃き掃除をした後に
もう一度殺菌した藁を敷き詰めることにした。
獣のような性格をしているミランダとはいえ、仮にもレディの部屋を不衛生にしたままでは
超幸福労働男子の名が泣くというものだ。

「きゅぅるぅうう……」

ミランダは自分の部屋(縄張り)を荒らされると勘違いし、俺に吠えかかっていたが、
ヴィンセントから説明を受けると座り込んだまま、傍観するようになった。
ミランダは最低限の道具を使う以外は基本四足歩行であった。だが、座り込む時は人間の女の子らしくアヒル座りをしていた。

「……それにしても」
目のやり場に困る。なにせ、ミランダは基本、全裸で歩き回っているのだから。
当初は通るたびに目を背ける俺に、彼女も気を遣ったのかどこからか調達してきた
パァカァを羽織るようになった。だが、嬉し……残念なことに前を留めるチャックが壊れているせいで
チラチラと胸の谷間が見えてしまっている。

(くそ……下手な裸よりエロくて困るぞ……これは)

四足歩行をすればたわわに実った夢と希望の2つの果実がぶら下がり、揺れるのを目の当たりにしてしまう。
正直、愛した女以外の女のおっぱいに心を動かされるのは 男として許されないはずだが、
哀しいことに股間はその度にテントを張ってしまっている。

(くそ……だらしない腐れチ〇コめ……!断じて俺は……!!)

男というのは哀しい生き物だ。作業を終え、疲れるとどうも疲れマラで股間がキャンプ支度をおっぱじめるから困る。
学者であろうが、マッチョであろうが、下半身事情は大概同じだ。

「げ」

俺が股間を抑えて、必死に足を組んだり股を閉じたりとモジモジしているのを
見るとミランダは嬉しそうな顔をこちらに向けてくる。
ミランダはどうも俺に気があるようだ。なにせ、俺が勃起している素振りを見せると
胸を押し付けてきたり、お尻をむけてきたりとやたらとアピィルしてくる。
相変わらず下半身は下着もつけていない。
もう、彼女の後ろ姿を見るのが苦痛でならなかった。
恥ずかしさのあまりヴィンセントにせめてパンツだけでも身に付けるように言ったが、
下着だけはつけるのを嫌がって無理とのことだ。なんでも、一度パンツをつけたまま
排泄をしてひどく気持ち悪い思いをしたことがトラウマになってしまったようで、
下着をつけようとすると暴れて手がつけられなくなるらしい。

何はともあれ、いずれにせよ下着を身につけていないお尻を向けてくることは
オスに対する挑発、いうなれば発情行為にほかならない。

「くるるぅうう~~~……」

微笑みながらミランダは俺に挑発の眼差しを向けてくる。
世の中にはとんだ物好きが居るものだ。
中身は獣だとはいえ、見た目はこれほどの美人の女性にここまでセックスアピィルをされて
正直言って悪い気はしないが、疑問は拭いきれない。
四捨五入すれば俺はもう50だぞ。いったい、このジジイもどきの俺の何が魅力なんだ?

ヴィンセントはその光景を見て笑っているし、
ミランダが俺に求愛行動をしてくるのを見ると茶化すほどだった。





正直、この誘いに乗ってしまいたい。


どの道、一人娘のハレリアには親子の縁を切られていてもおかしくない。
ならば、ここで新しく人生をやり直すためにも
このミランダの好意に応じるのも悪くはない。
彼女の兄のヴィンセントは、俺とミランダがくっつくのを歓迎しているようでさえある。












何を考えているんだ。我慢汁が溜まったからと言って、こんな馬鹿げたことを考えてはいけない。
俺は鋼の学者魂で、ミランダへの情欲を断ち切る。早速、股間のテントの撤収を完了すると
立ち上がりリフォームに移る。


ミランダとヴィンセントには悪いが、俺には帰りたい故郷がある。
だが、世話になった以上は何らかの恩返しはすべきだ。超幸福労働男子の魂が泣く。
せめて、リフォームはしてもいいだろう。性欲を断ち切ろうと張り切りすぎたせいか、
早速身体は悲鳴をあげた。


「っつつ…………………ってて……」
俺は思わず足を椅子の上に乗せて、その場に仰向けになって寝転がる。
正座をしていきなり立ち上がって痺れた時の2~3倍の痺れが左足を襲う。

「あーぁ、言わんこっちゃない。今詰めてやるからだろ。」

そう言いながら、一緒に部屋の片付けを手伝っていた
ヴィンセントは綺麗になったスペースにゴザを敷き、俺を運ぶ。

「痺れがとれたら再開……」
俺の言葉をフル無視しながら、ヴィンセントは手際よく俺の足を天井からハンモック状に吊り下げたタオルに
乗せると、そのまま俺の上半身を寝かしつける。

「アホか、何回こういう絡みしてんだっつーの。痺れがひどくなってるじゃねーか。
今日はこれでお開きだ。 いつもの茶を飲んだらさっさと寝てろ。」

「うう……あれマズイからいやなんだよなぁ……」
動けなくなると、ヴィンセントはボロールカビをお茶に煎じて飲ませてくれた。
当分は、このお茶のお世話になっている。最初、成分を聞いた時はギョッとしたが。

「ふぅ~……」
間違っても射精したわけではない。勘違いするな。

「ほらよ、だいぶ楽になったろ?」

「ああ……だったらまだ作業はでき」

「諦め悪いぞ ボケが。黙って寝ろや。」
無理やり起き上がろうとする俺を半ば叩きつける勢いで、ヴィンセントは寝かしつける。

「集中してねぇとミランダでフル勃起しちまうからだろ?
分かってンだぜ、それぐらい。」
ヴィンセントに茶化され、ムキになった俺は起き上がろうとする。

「おいおい、そう怒るなって……悪かったよ。もうからかったりしねぇからよ。」

ヴィンセントの言葉に正直、俺はかなり不機嫌になっていた。
生理中の女性は苛立ちやすいと聞くが、溜まってる男性もそれに匹敵するぐらい苛立ちやすい。
妻への一途な想いを支えに、我慢汁でパンツを破きかねないばかりの下半身を必死に抑え込んでいるのだ。
正直、何度ミランダをオカズに抜いてやろうかと考えたか分からない。いや、出来ることなら犯してやりたいと何度思ったことか。
我慢汁が溢れて、金玉が破裂しそうになって悶絶しつつも、必死に理性で抑え込んでいる苦しみを
男なのにどうして理解してくれないのか腹立たしかった。

「……」
俺は怒りが臨界点を突破しそうになるのを堪えて、そのまま後頭部を叩きつけるかのように寝転がる。
それを察したのか、ヴィンセントはミランダを追い払うかのように目配せする。
ミランダはいつものように怒られるのを察してか、そのまま外へと飛び出していってしまった。

「そう怒るなよ、悪かったって……ハルドゥ。アンタが嫁さんを愛しているのは分かってる。
アンタの理性には敬意を表するよ……だが、やけくそになってあんまり無理されちゃ困るんだ。
腫れた上に痺れるってこたぁ血液の病気だ。
血液の病気は、舐めてかかるとポックリ逝っちまわねぇとも限らねェんだ。わかるな?」



そう言うと、俺はもはや抵抗する気など起きず、渋々床に就く。
ヴィンセントいわく、似たような症状の奴隷仲間が居たようで一度こういう類の病気になると、
後遺症は二度と治らないと告げた。これから先、再発の可能性はある。
いわば、足に爆弾を抱えたような状態になってしまったらしい。分かってはいたが、少しショックではある。


「……まあ、そう落ち込むなよ。人間誰しも持病はあるもんだ。」
ヴィンセントはタバコを更かしながら、俺を励ます。

「……自分がなってないからそう言えるんだろ、無いにこしたことはない。」
からかわれたことで俺の沸点が低くなっていたのか、
イライラが再燃し、俺はまたも不貞腐れながら返した。
ヴィンセントはまいったなと言いたげな表情をしつつも、申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。

「そりゃあ、そうだが 持病がある奴は無理が出来ねぇ。
だから、それだけ自分の身体を自然と理解してくる。つまりはだ、用心深くて長生きしやすいってことだ。
健康だからっつって無茶をする奴はいつか身体ぶっ壊す。
それで済みゃあいいが、それで即死亡になったら堪らねぇだろ?」

なんとか機嫌を直して欲しいと暗に匂わせながら、必死にフォローしてくれるヴィンセントに
怒る気もとっくに失せ、むしろ自身の大人気なさに俺は罪悪感を感じ始めていた。

俺より2~30は年下だろうというのに、達観しているのは波乱万丈の人生を送ってきたからか。
正直、俺はこれまでここまでどん底だったことはなかった。
言うほどの金持ちではないが、あまり苦労はせずに定職に就くこともできたし、
好きな女と出会い、結婚し、我が子を持つことも出来た。両親も孫の顔を見て、安心して旅立っていった。
だからこそ、俺は人生を甘く優しいものだと勘違いしていた。
そのザマがこれだ。情け容赦のない現実に打ちのめされ、何度死にかけたか。
こうして生きているのはもはや奇跡と言える。
ヴィンセントといえばどうだ。幼い頃に身寄りを原生生物に殺され、たった一人残された妹を育て上げるために
必死で生きてきた。開拓団から盗みを働き、なんとか見つからないように
息を潜めて暮らしている。だからこそ、人生に容赦せずに生きてこられた。

「……人生に慈悲なんてないのかもしれないな。」

吊り下げられた足を見ながら、気が付くと俺はそう口走っていた。
堰が壊れた運河のように、俺の言葉はもう止まらなかった。

「……人生は本当は情け容赦などないんだ……恵まれてる人間は気づいていないだけだ。
自分の恵まれた人生が、大勢の人々の不幸の上にかかった一本の綱の上にあるってことを。
俺はその綱渡りに失敗した……大概の人間はたとえ綱から落ちそうになっても、掴むことが出来る。
あるいは嫌な予感がしたら、用心して備える……綱の上に立つのが苦手な奴は、しがみつきながら進んでいったりするし、
いずれにせよ絶対に落ちたりはしない…… 俺が綱から落ちたのは……きっと、何処かで魔が差したのかもしれないな。
ほんの一瞬の油断だったのか……いや、俺は最初から自分の人生を舐めてかかっていたのかもしれない。
何とかなるだろうって考えて真剣に人生ってやつを考えちゃあいなかった。 
その報いがこれだ……だから、俺は綱から落ちてどうしようもないところまで沈んでしまった。」

自分でも驚いていた。自分の人生を冷静にここまで流暢に分析し、語ったことには
内心感心すらしていた。それと同時に何故だろうか。この目から流れる涙は。
後悔からか? それとも悔しいからか?

俺はただ呆然とした宙を見つめた。
その時のヴィンセントがどういう顔をしていたのかは分からない。
俺の視界外に居たヴィンセントは暫しの沈黙の後、口を開いた。

「……お前の言う綱ってやつから落ちたら、そこでお仕舞いかどうかは
後は神のみぞ知るってやつだ。生きるか死ぬかは運次第だしな……俺が思うに、
本当に人生に情け容赦がないなら、生きるか死ぬか 
運すら与えられないと思うがね。」

返す言葉がなかった。俺は腕を目に当て、視界を遮る。
やり場を失った涙が閉じた目から溢れ、俺の腕を濡らす。


「……それで生きてたら 今度は不幸な人生を味わうチャンスだ。
不幸にはスリルが付き物だ。スリルのある人生も悪くは無い。 
人生の本当の味を知るのはこれからだ。」

ヴィンセントの言葉に俺は救われた気がした。不幸に落とされた自分を何処かで哀れむ自分が居た。
もう生きてることすら、辛くて苦しくて
不幸だから生きてちゃいけないと勝手に決めつけていた自分に苦しんでいた。
でも、そうじゃないんだと否定して欲しかった。

俺は嗚咽したまま、寝入るのだった。

       

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