Neetel Inside 文芸新都
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「――あの小説、私、読んだよ」
 彼女はチキンなんとかに事務的にフォークを突き刺した。スペインの残虐な王が、遊び半分で農民を殺すみたいに。僕は彼女に負けじとほうれん草にフォークを突き刺したが、カツンという硬い音がしただけだった。全く嫌んなる。相手が肉を食って、こっちがほうれん草を食っている時ほど劣等感を感じる時って無いぜ。それが自分の選択の結果ならなおさらだ。オナニーさえしないベジタリアンがブラジルのファベーラで何十人もの孤児を快楽のためだけになぶり殺しにしていても、僕は驚かない。
 何もかもほっぽり出して、そのまま僕はサイゼリヤを出て、アメリカの屠殺場に行って(農場の主をショットガンで撃ち殺した後に)仔牛を何頭かせしめてきたい気分に駆られた。僕はコツコツコツとテーブルを叩いてから、「僕は、三だ」と言った。
「はあ?」
「君は『ヨンだ』と言った。じゃあ僕はサンだ。何となくそういう気分になったんだよ。わかったら黙ってその若鶏のなんとかって言う炙られた鳥の死体をとっとと片付けてくれ。気が滅入る」
 彼女は眉にぎゅっとしわを寄せて僕をにらんだ。やめてくれよ。僕はひどく物悲しい気分になった。場を和ませようって言葉がこんな風になると、人間、たいがいいやな気分になるもんだぜ。
 店内のミュージックが、くそみてえなパブリック・アドヴァータイズメントに切り替わった。『才能のある若者』が出てきて、品行方正な話をする、司会者がやたらにほめたたえる。そのあとで差しさわりなく納税の話が出てくる。やんなるよな。納税だぜ。思想犯は脳税の義務でもかかんのかもな。
 僕はこのジョークを言おうとして、やめた。さっきから僕は五分もぶっ続けてこのどえらいほうれん草のソテーを皿の上に広げたり集めたりしていたからだ。僕はフォークがうまく使えないんだ。でも、久しぶりに会った女の子の前で箸を頼めるほど度胸のある人間でもなかったってわけさ。やってらんないよな。
「それでさ、もし、興味があったら――」
「興味がない」
 僕はぼそりとつぶやいた。彼女に聞こえないくらいの声で。
「その、私と、ちょっと週末……暇?」
 スマートフォンを取り出して、検索バーに素早く『国会前 デモ 日程』と打ち込んで、僕ははっきりと「興味が無い」と言った。彼女は僕の手元を見て、ずるそうに笑った。興味が無い? 彼女は聞き返した。耳でもおかしくなっちゃってんのかな? それとも頭が悪いのか? もしかしてぶん殴ってほしいのかな?
「興味が無いんだよ。こういうの。僕は一ヶ月五万築三十年の安アパートで金持ちのユダヤ人を徹底的にバカにしている方が性的興奮が収まるたちでね。なんにせよ、住所までバレて大学からぶっ飛ばされたってのが最高に気持ちよかった。パンティー汚しちゃったよ」
 彼女は黙りこくった。それにしても、こういう手合いは、どっからこういうことを――僕が『ガタカ』を見に行くことを――聞きつけるんだろうか? 寝言がひどい? まあいいや。この種類の『僕の理解者』は小説を発表してからダース単位で会ってきた。グロスで測れるかもしれない。とにかく、彼女は出会ってから集会に誘うまでがひどく短かった。好感が持てる。歴代第二位だ。

       

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