Neetel Inside ニートノベル
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斉藤武雄の忘備録
その1

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 Ⅰ

「僕はコンプレックスの塊なんだよ」
 そう僕は日記に書きつけた。
 そんなことは、当事者であるニートの斉藤武雄が一番よく知っていた。そう、僕はコンプレックスの塊なのだ。
 コンプレックスの種類は多種多様。ベターなところでいうと、ルックスのコンプレックスや、学歴コンプレックス。特に学歴コンプレックスは最近ひどくて、自分より少しでも良い大学出の奴を見ると、それがリアルでなく、たとえネット上であっても少し殺したくなるくらい。憎い。
 おまけに、僕はその上大して偏差値も高くもないが、浪人の末に合格した大学を中退してしまっている。それに、中退してからもう二年が経つ。
 コンプレックスといえども、僕の場合のそれは大体二種類ある。一つは、劣等感や自尊心の低さに起因するコンプレックス。僕のルックスに対するコンプレックスは、恐らくこれにあたる。誰かに馬鹿にされているんじゃないだろうか、だとか、社会(それも僕の想像上のもの)の人間に、この醜い容姿を馬鹿にされているのではないか……と思い詰めるほどだ。そのルックスに対するコンプレックスは、毎晩僕を襲ってくる。来なくてもいいのに、むしろ来ないでと思っているくらいなのに、彼らは僕の嫌な目一つ気にする素振りも見せずにやってくる。
 もう一つは、嫉妬に起因するコンプレックス。劣等感に起因するコンプレックスに少し似ている部分もあるのかもしれない。学歴コンプレックスも、恐らくこれにあたる。
 憎くてたまらないが、良い学歴なんて欲しくてたまらないが、手に入らないという。どうしても、という話なら、再受験という手もあるが、今の僕は無気力だから、そんな再受験の勉強をするだけの気力なんてない。だから、辛い。余計に辛い。なぜなら、もうどうにもらないものだから。
 ルックスにコンプレックスがあるのだとすれば、女子ならしっかりメイクアップすれば、可愛くなれるし、コンプレックスは解消されるだろう。だけど学歴コンプレックスだけはそうはいかない。強いて解消法があるとすれば、コンプレックスを持たずに平静を保てるほどの難関大学に進学し、難関大卒の名誉を手に入れることくらいであろう。それ以外の方法は、少し思いつかない。
 グッドルックスで、高学歴で、性格も良い人々が、たくさん居ることも僕は知っていた。そんな世界があることも僕は知っていた。だけど、そんなキラキラした場所は嫌いだった。
 なぜなら、自分がひどく醜くみえたからだ。高校の同窓会が「それ」だった。皆、思い思いに苦労し、各々で人生の辛酸を舐め、現実を受け入れ、いわゆる「勝ち組」とされる奴も、「負け組」とされる奴らも、それなりの等身大の人生を送っている。僕にはそれが眩くて仕方なかった。この、コンプレックスに犯され、苛まされ、いつまでも、自分の才能の全能感を信じ、何もしないままでいる自分が惨めで情けなくて仕方なかった。
 僕も、そんなキラキラした人生でなくても良いから、しっかりと現実を見つめた上での等身大の人生を送りたかった。そうして、きらびやかではないかもしれないけれど、それなりの幸せ、ささやかな幸せもでいいから、そんな幸せがある人生を送りたかった。
 だけど現実はどうだ? そう、現実の僕はひきこもり兼ニート。等身大の人生は、昼夜逆転生活で、日がなパソコンの前に座り、ネットサーフィンをした後、自室の固く鍵を閉めたドアの向こうに置いてある夕食をデスクの前に持ってきた後、パソコンの画面を見ながら一人で夕食を食べる。あまりおいしいだとか、まずいだとかさえ思わない。僕の食事は、あくまで栄養補給なのだ。あまりに不味ければ1階に居る母親に怒鳴りつけるが、大抵の場合は不味くはないのでそういう事態にはならない。それに、あくまで栄養補給なので、味もあまり気にならない。よほど口に合わない場合が別であるが。
 夕食の後、食べた食器を自室のドアの前に置き、トイレに行った後、自室のドアを閉めて、再びパソコンの前に戻って、ネットサーフィンを再開する。
 夕食を食べた後は、大抵性欲が増しているので、今晩のオナニーのおかずに目星をつけることにする。この娘が良いだろうか、とか、色々。だけど、嬢が高学歴そうな振る舞いをしているところを目にすると、途端に嫌気が差す。一気にブラウザのタブを全て閉じてしまいそうになる。胸が苦しくてたまらなくなる。
 目星をつけた後、一時間ほどくだらない常駐のサイトを巡ったり、2chにどうでもいいスレッドを建てたり、総じてくだらないネットサーフィンをする。
 その後、家族が寝静まったことを確認してから、一人、ひっそりと風呂に入る。
 風呂の湯船に浸かりながら、ぼんやりと考える。そしてこの先の自分の人生を、憂う。
 なぜだ、なぜ、僕はこんな生活を毎日毎日、懲りずに送っているのだ。本当に僕が送りたかったのは、こんな人生じゃない。こんな無目的極まるつまらないニート人生なんかじゃない。僕が送りたかった人生は、こんなんじゃない。なのに……どうして……今は……。そんなことを考えると、悲しくて悲しくてたまらなくなる。
 その後、目星をつけておいた嬢のAVでオナニーをする。射精をする。温かな精をティッシュで受け止める。そして適当にネットサーフィンをした後、布団にもぐり、ひっそりと眠りにつく。
 これが、ニートである斉藤武雄のある日の行動記録で、大体の日の行動記録でもあった。
「いつもと変わりない日常…… 」
 僕はそうつぶやきながら、忘備録に使っている日記に、今日の行動記録を書きつけた。
 字を書くのは久々だった。だから少し殴り書きのようになってしまった。
 字も上手く書けなくなっているだなんて…… なんて考えてしまうと、また一日中憂鬱な気分でいなければいけないような気がしたので、字の上手さについては考えないことにした。
「今日はここまで。おやすみなさい」
 僕は日記にそう書き綴った。

       

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