Neetel Inside 文芸新都
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 闇が空を覆っていた。


 雲が出ているのか、星がまったく見えない。
 これでは、時刻が分からないと、シエラは思った。

 シエラ達三人は、倉庫の前にいた。
 コバルトという男は、少し離れた所で、ぼんやりと空を見上げている。

「いい加減にしろよ、二人とも。シエラちゃんまでどうしたんだ? さっきまで諫めてくれてたじゃないか」
「さっきまでの話と、今の話は別です」
「いや、だけどな」
「あなたは、パウダーという男を放っておいていいと思うのか?」
 セピアが言う。
 ただ、今までより、口調が少し緩くなっているとシエラは感じた。

「そうは言っていない。だけど、俺達だけでどうにかできる相手でもない。パウダーとかいう奴をぶん殴れば終わる話じゃあないんだぞ」
「何か、考えがあるのですか?」
 シエラが、コバルトに聞いた。
 三人が揃ってコバルトを見る。
 コバルトは、ゆっくりとした動作でこちらに視線を移した。

「ああ、そうだな……。パウダーの屋敷で派手に暴れて、騒ぎを起こすことを目的の一つとしよう。町中に響くぐらいの騒ぎをな」
「騒ぎ?」
 ペイルが言う。
「ああ。そうしたら当然、軍が何事かと飛んでくる。町外にいる軍もな」
 ペイルが、はっとした顔をした。
「今、町外にいるフーカーズっていう奴は、パウダーの仲間じゃない。中央に顔が利く有名な将軍だ。町に騒ぎが起きて、町の治安兵だけじゃ対処しきれないとなると、フーカーズは、様子を見に町に来るはず。その時に、パウダーの悪行の証拠を見せることができれば」
「フーカーズ将軍に、中央に言ってもらうわけだな」
 セピアが、高揚した口調で言った。
「そゆこと」
 コバルトが言った。
「いや、でも危険だ。だいたいフーカーズ将軍が、どういう人かも分からないんだ。そんな危険な賭けは駄目だ」
 ペイルが、首を振って言った。

 セピアが、手のひらをコバルトに向ける。
「コバルト殿、少し外してくれないか?」
 セピアがコバルトに言った。
「ああ、いいぜ。ただ、ゆっくり相談してくれとは言えねえんだ。フーカーズが、もうすぐここから撤収するって噂があってな。なんとか今晩中に事を起こしたい。できれば、すぐに決めてくれよ」
 そう言ってコバルトは、ゆっくりと離れていった。

 三人に沈黙が流れる。

 少しして、セピアがペイルをじっと見る。
「何だよ……」
「あなたが、自首しない理由とは、もしかしてさっきの話のことが、原因なのか?」
 少しペイルの表情が動いたが、その後、黙った。

 さっきの話とは、自首しても、まともな裁きを受けられる可能性が低いという話だろう。
 シエラは、ある程度は、役人がそういう状態であることは知っていた。 ボルドーの所へ行ってからは、そういう役人に会わなくなったが、ドライにいたころには、むしろそれが当たり前だと思って過ごしていたのだ。
 あまり、思い出したくはない日々だった。

「何故、そうなら始めに反論しなかったのだ? 私も、それを知っていたら、あそこまで……」
 セピアが視線を少し落とす。
 また二人が沈黙して、それからペイルが軽く息を吐いた。

「おまえは、なんにも間違ったことを言っていないだろうが」
「だが、現実的ではなかった」
「いや、現実がどうだろうと、おまえは間違っちゃいない。正しいんだ。人としての美徳さ。おかしいのは、それを否定しちまう現実の方さ」
 ペイルは、セピアと目を合わせないまま話している。
「俺はよ、何て言うか……現実はこうだからって、その正義を頭っから否定したくなかったんだよ。偉そうに、おまえは子供で世間知らずだって言うのは簡単だ。だけど、綺麗な正義がそこにあるなら、守ってやるのが大人ってもんだろうと……俺は、思うんだよ」
 ペイルが、もう一度息を吐く。
「非力だけどな。どうしようもねえくらい」
 再び、沈黙が流れた。

 少ししてから、セピアがペイルに向く。
 それから、頭を下げた。
「とにかく謝らせてほしい。私は感情的になりすぎて、あなたを傷つけるようなことを、何度も言ってしまったと思う」
「いや、別に……」
 それから、ペイルが頭を掻いて、声を上げた。
「ああ、よし! じゃあ、こうしよう。とにかく、ボルドーさんと一旦、合流しよう。ボルドーさんが、いいと言えば、もう俺は何も言うことはない。駄目だといえば、諦めてもらう。というか、諦めるしかないか。どうだ?」
「ボルドー殿か……いや、分かった。ボルドー殿も説得してみせる。あの人なら、分かってくれるはずだ」










 その後、コバルトと併せて四人で、部屋を借りた宿へ向かった。

 しかし、ボルドーの姿はなく、女主人に尋ねたら、一度戻ってきたが、すぐに、また出ていったことが分かった。

 四人は、宿の前に立った。
「ああ、どこ行っちまったんだよ」
 ペイルが、頭を抱えた。
「探している時間はない。私達は行くぞ」
 セピアが言った。

「あなたは、待っていてくれればいい」
「そういうわけにはいかねえよ……分かった、俺も行く」
 ペイルが、こちらを向く。
「ただ、二人とも顔だけは隠してくれ。もしもっていう可能性もある。それから、軍が近づいてきた時に、パウダーを軍に突き出せるような証拠が見つかっていなかったら、すぐに逃げること。最悪こっちが、ただの賊ってことで捕まっちまうからな」
「了解した。しかし、顔を隠すと言われても」
「顔に巻く布ぐらいなら貸してやるぜ」
 少し離れた所にいる、コバルトが言った。
「あの四人が使っていたのが、あの倉庫にいろいろある」
「助かる。それからコバルト、パウダーの屋敷で派手に暴れるって、何か作戦があるのか?」
 ペイルが言う。
「いやあ。まあ適当にやれば、大丈夫だろ」
「お前」
 ペイルは、一度肩を落として、それからコバルトに向き直った。

「だったら、火なんてどうだろうか」
「へえ」
「夜だから目立つし、なかなか消せないとなると、騒ぎもすぐ広がる」
「なるほどね。はは、なかなか、あくどいこと考えるじゃねえか」
「待て、民家にまで燃え移ったらどうする」
 セピアが言った。
「そこは、ちゃんと場所を見極めて火をつけるさ。目立つ所で、人もいない、燃え広がりにくい、パウダーの屋敷の敷地内でな」
「よし、じゃあそのへんはお前達に任せるよ。俺は屋敷内を適当に暴れ回るからよ」
「二人ずつに、どう分けようか」
「いや、俺は一人でいい。お前さん達は協力して火をつけてくれ」
「大丈夫かよ?」
「はは、俺は元々、一人ででもやろうと思っていたんだぜ」
 コバルトが、にやりと笑う。


 シエラは、ふと、周りを見回した。

 やはり、誰も見かけなかった。




       

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