西に向かった。
途方もないことをやろうとしていることは分かっていた。しかし、血が燃えるような思いがあるのも事実だった。
「五十年ぐらい前に、王城の予備基地として建設された小城があるの。今は、小隊が駐留してるだけで、ほとんど機能を果たしてないわ。だけど、補修すれば、まだまだ使えると思う。それに、国家を覆す出発点としては、なんともお誂え向きでしょ」
最後の言葉はともかく、グラシアの意見を採用して、その小城に向かった。
場所は、スクレイ西南部。都よりも、海が近いという場所だ。管轄軍も、それほど規模がなく、流通が盛んな町が近くに多い。
確かに、いい場所だと思った。
ちなみに、少し北西にはラベンダーの村がある。
随分北に行ったと思っていたが、もうここまで戻ってきていたのか、とボルドーは思っていた。
その小城は、湿地帯の中にあった。周りに民家はなく、木々の合間にある城だった。規模は、ウッドよりも一回り小さいといったところだ。
グラシアが、すでに何か策を弄していたようで、小城の兵に咎められることなく、一度城内に入った。
「まあ、その内追い出すことになるんでしょうけど、それまで敵対することもないでしょう。今の内に、こっちの準備をしておきましょう」
すでに、グラシアの情報網を使って、話の流布を始めていた。まずは、知己の人間を中心に広める。
その間に、ボルドーは小城を見て回った。確かに、所々痛んではいるが、補修すれば十分に機能するだろうと思った。
「ここで決まりだな」
近くの町に、確保してある拠点に戻った。
「グラシア、お前の所の人間は、どれだけ使える?」
「こっちに合流できるという意味で聞いてるのなら、衛視の子が三十人ぐらいかな。どうしても着いてくるってきかなくてね。裏向きの協力をしてくれる人なら、全国に結構いるけど」
「シエラの護衛と、身の回りの世話をする部隊がいる。それは、女性だけの部隊にしたほうがいいと思ってな。その三十人の中に、それを纏める適任者はいるか?」
「それなら、いい子がいるよ。さっそく呼び寄せよう」
「うむ。それから、グラシア。コバルトが何処にいるのかは分からないのか?」
「そうなんだよ、御免。あの後、一度顔を見せたんだけど、それから町を出てったっきり。こっちでも捜させてはいるんだけど」
「そうか……」
「そうそう、軍にいる元十傑の奴らはどうする? あからさまに勧誘してもいいのかな。あいつらの立場が悪くなるかもしれないけど」
「悪いが、それも仕方があるまい。味方にならぬのなら、寧ろ立場が悪くなってもらった方がいい。奴らが、我々にとっての一番の驚異だからな」
それから数日、点々と人が現れ始めた。
この段階で現れる者は、ある程度信用してもいいと思った。元、十傑の軍にいた者達や、グラシアやグレイの知人が多いからだ。
ただ今後、組織が大きくなると、一人一人会って、仲間に入れるかを決めるというのも難しいだろう。興味本位な者や、物乞いなども混じってくる可能性があるが仕方がない。
五日経ち、総数が五十人になった。
まず、小城を騙し討ちにして乗っ取った。近くで、偽装の騒ぎを起こすなどをして、兵士がほとんど出払ったところを襲撃したのだ。
残った兵達は、どうすればいいか分からずに、東の軍営に向かった。
緊急時の指示系統を、きちんと決めていなかったようだ。平和呆けと言えばそこまでだが、今はありがたいのも事実だった。
五十人で、小城の補修を始める。
それが一区切りつくと、大々的にシエラのことの喧伝を始めた。
当然、王宮にも話は伝わるだろう。どこの段階で、二人の王子が本腰を入れ始めるかが、一つの勝負所だった。
その喧伝には、自分たちの名前も入っている。
協定を破ることに躊躇いがないことはないが、自分達の名が、ある程度の力になるというのなら、使わない手はなかった。
王子達が、カラトの暗殺をしようとしていたことが事実だったのだとしたら、先にあちらが破ったことになるが、確証が何も無い。
果たして、何人集まるのだろうか。
城壁の上に立って、ボルドーは思いを馳せた。
七日が経過しても、集まった人数は、百人弱といった所だった。
この程度か……。
ボルドーは、心の中で嘆息した。
王女といっても、突如現れたのでは、本物かどうかを疑うのが当然だろう。それに、今やスクレイの王族というものが、人々の心を動かさなくなっているのかもしれない。
今、小城にいるのは、三人の内ではボルドーだけだった。
グラシアは、兵站の準備のために、各町を回っている。グレイは自ら、話を伝えるために、近くにいる知己の人間を尋ね回っている。
二人ともに、あまり切迫感が無い様子だった。だからなのか、自分だけが、焦っているように感じられた。
八日目に知らせが届いた。サップが、こちらに向かっているようだ。
ボルドーが、執務をするために使っている部屋にいると、担当の者に案内された、サップが入ってきた。
「よく来てくれた」
ボルドーが言うと、サップは軽く会釈をした。
「約定通りに推参しました」
「ああ。ただ、思ったよりも人が集まらなくてな……今後、どうなるかは分からないのだが」
「ボルドー様」
サップが言う。
「何だ?」
「私と共に来てくれた同志を、見ていただきたいのですが」
「うむ。だが、お前が連れてきた者だ。通常行っている面接は、しなくてもいいだろう。まずは、休ませてやるがいい」
「いえ、できれば今すぐに」
サップが言った。
「どういうことだ?」
「見てもらえれば、分かります」
首を傾げたくなるような言い方だったが、ボルドーは腰を上げた。
外に出てボルドーは、一瞬目を疑った。
小城の正門前に、数百もの人間が集まっていたのだ。
ボルドーの姿を見て、声を上げる者もいた。
ボルドーは、立ち尽くしていた。
「皆、ボルドー様の戦いを、見ていた者たちです」
「お前が連れてきた者達か」
さらに、残り二日で、一気に続々と人がやって来た。
十日目に、グラシアとグレイが戻ってきた。
「私達は、始めから分かっていたけどね」
グラシアが言う。
「ボルドーさんだけじゃない。十傑という名前だって、スクレイの人々の心に残っている。三年前、皆が皆、王族達を指示していたわけじゃないんだよ」
「そうか」
実は、三百人はほしいとは言ったが、本当は五百人は必要だろうと、ボルドーは思っていた。しかし、そこまで集まるとは、微塵も思っていなかったので、少なく言っていたのだ。
最終的に、九百もの人が集まることになった。
自分たちがやってきたことは、自分たちが思っていた以上に、人の心に何かを刻みつけるものだったのかもしれない。ボルドーは、そう思った。
これで、ついに国との戦いが始まる。
これからが、本当の戦いだ。