Neetel Inside ニートノベル
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「……なんかまた、騒がしいのがやって来たな」
 調子づいた冒険者が怒鳴り込んで来ることはたまにある。大体は仕事が上手くいって上機嫌になっているか、逆に失敗続きで鬱憤が溜まっているかだ。ほとんどの場合、トーチの巨躯とチギリの刀を見れば大人しく帰っていくのだが、今回はどうやら異なる目的のお客らしい。店名を読み上げる客なんて初めてだった。
「はーい、いらっしゃいませー」
 白々しい接客スマイルを浮かべながら、チギリが駆け寄る。
「お席空いておりますので、お好きなところにお座りくださーい」
「バカにしてるんすか?」
 カチャ、とチギリの額に拳銃がつきつけられる。
 玩具の銃ではない。甲皇国の刻印が施された、れっきとした実銃だ。トーチもこれには流石に目を細めて立ち上がる。
「なんなら、今ここで脳天ブチ抜いてもいいんすよ」
「言ってくれるじゃないですか、お客様」
 気づけばチギリも刀を抜き、今にも斬りかからんと構えている。銃口が触れているというのに、口元には笑み。そういえば元々は用心棒志望だったなこいつは、とトーチは少し前のことを思い出す。
「いきなり銃を向けるのは感心しませんね。血祭りになる前に、お引き取り願ってもよろしいでしょうか?」
「女給ごときに用はないんすよ。責任者を呼んでもらえませんか? あなたのような雑魚じゃお話しにもならないもんで」
「お客ですらないあなたに差し出すものは何もありません。帰れ」
「良ーい度胸じゃないですか。この引き金を引けば、あなたなんてすぐに」
「店内でイザコザを起こすなバカ野郎」
 ゴチィン! と、思わずカールも目を覆いたくなるほど、トーチの両拳が双方の頭にクリーンヒットし、二人はその場に倒れ込む。
 が、この程度でくたばるチギリではなかった。
「何するんですかトーチ! 私はただこの不躾な輩を斬りつけようと」
「お前はいちいち物騒なんだよ、せめて峰打ちにしとけ! 大体、こいつの用は俺なんじゃないのか」
「そっ、そうです! 私はただ不服申し立てをしに来ただけで」
「御託はいいんだ」
 トーチは近くの席に腰を下ろし、軍服姿の少女をじっと見据える。
「俺に用があるんならとっとと済ませてくれ。こちとら商売人で時間をとられるのは嫌いなんだ」
「まさにそれです! 私が文句を言いたいのはこの店そのものっすよ」
 少女は服の汚れを払って立ち上がる。
 軍服とは言ったが、黒のシャツに深緑のベストと、首元の甲皇国軍の証がなければ一般的な私服のようにも見える。小洒落て長さを変えているソックスなど、見れば見るほど本当に軍人か? と思いたくなるような佇まいの少女だった。
「まだ名乗っていませんでしたね。私、甲皇国軍一兵卒のニーナ・ベッカーと申します。ミシュガルドには調査団の一員として参りました。以後お見知り置きを」
 トーチはこっそりカールに目配せするが、頭を横に振られる。
 どうやらカールも知らない、下っ端の兵士らしい。
「……で、その一兵卒がウチに何の用だ」
「よくぞ聞いてくれました! 実はっすね……この『炭火火竜』、巷じゃ迷惑極まりないって噂が絶えないんすよ、知ってました?」
「なんだって?」
 興味なさげに頬杖をついていたトーチは、思わず飛び上がる。
「知りませんでした? 知りませんよねえ? 冒険者が口々に言ってるんすよ。あそこの店員は冒険者を脅すんだって。お客として入ろうとしたら謎の女に『その腑抜けた面を矯正してから来い』と言われたんだって、そりゃあもう悪評がぷんぷんで」
「………………」
「何ですかトーチ。やめてください。私を見ないでください」
「さらにですね、店内も人が焼けるような変な匂いがしたり、メニューが肉ばっかりで飽き飽きするなんて評判も聞こえてくるわけですよ」
「………………」
「待ってくださいトーチ。それは私と関係ないでしょう」
「とにかく!」
 ニーナは勢い良くテーブルを叩くと、強気な笑みを浮かべて言った。
「この店はミシュガルドの冒険者から、あまり良く思われていないってことを自覚していただきたいっすね。然るべき措置としては、店を畳むか辺境地で開くかだと思いますがねえ?」
「言わせておけばこのメスガキ……!」
「よせチギリ。別に、間違ったこと指摘されてるわけじゃあるまい」
 ゴリゴリとウロコを掻きながら、トーチは溜め息を吐く。
 料理のバリエーションに関してはたった今話し合っていたことだが、それ以外は否定しようのない事実だ。そのうち苦情が来るかもしれないと懸念していたが、予想以上に早く悪評が広まってしまったようだ。
「店を畳むのは検討しておく。だから、今日のところはもう帰ってくれ」
「おや、妙に潔いですね。ま、いいでしょう」
 ニーナは得意げな嘲笑を崩さないまま、店の門戸に手をかける。
「次に私が通りがかった時にまだ営業してるようでしたら、上層部に掛けあって直接潰しますから、覚悟しておくことっすね!」


          ○

「ってことみたいだけど、どうするの?」
「どうするもなにも、移転するしかないだろう」
 店仕舞いの途中、尋ねたカールにトーチは大きな溜め息で返す。
「悪評が広まっている以上、ここで店を続けるわけにもイカンだろう。どこか山奥で開くか、食堂として経営していくのは諦める他あるまい」
「……なーんか、どうも引っかかるんだよねぇ。俺の知る限り、そんな話は聞いたことないからさあ」
「それはお前がここにしか来てないからじゃないか」
「失礼な! 俺の階級って“情報将校”だから、一応仕事でミシュガルドに関する噂や情報はかき集めてんだよね。でも、その中で『炭火火竜』に関する悪い話は聞いたことないんだよなあ。可愛いくて愛らしい用心棒がいる店があるって話は度々聞くけど」
「カール、斬っていいですか?」
「やめて」
「噂がおおっぴらに流れてるとは限らんだろう。裏で広まっている可能性だってある。これ以上変な話が広がるのはさすがに……」
「まあ、少し待てよトーチ。さすがに店を閉じるのは時期尚早だ」
 カールは脇に置いていた軍帽を深く被りながら言う。
 いつものおどけた調子から、少し冷たさを感じるトーンに声色を変えて。
「それに、“甲皇国軍の一兵卒ごとき”がどうしてあそこまで調子づいているのか、純粋に一将校として気になるところだ。ズイブンと一方的な言い方もどことなくキナ臭い。裏がありそうな匂いだ。ここはひとつ、俺に任せてくれないか」
「任せてくれって、どうする気だ」
「簡単だよ。探りいれてやんの」
 小屋から逃げた逃げたネズミを捕まえるだけ――とでも言いたげに、カールは帽子の影で不気味に笑う。
「調子乗ってる子どもには、ちょーっと堅気の罰を与えないとね」

       

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