放課後。図書委員の仕事がある。
今日は私の班が掃除当番だったため、掃除をすませ図書室に向かう。おそらく彼が先に来ているだろうと思い、職員室へ鍵をとりには向かわなかった。
図書室の扉に手をかける。既に鍵が開いている。私は音を立てないようにして図書室の扉を開けた。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「……まだ時間じゃないので」
しばらく無言の時が過ぎる。気がつけばカウンター前方の席で誰か女子生徒が本を読み始めていた。殆ど仕事が無いため非常に暇だ。
退屈しのぎに髪の毛を弄っていると、急に隣の方で変な音が鳴り始めた。
──カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッ。
ええ……超うるせぇ。
一体何だと見てみると、どうやら音の正体は野本徹の握っているマウスから発せられるクリック音のようだ。
一瞬本を読んでいた女子生徒もこちらを見るが、どうやらあまり気にしていないようで、またすぐに手元の読んでいる本に目を落とした。
「ちょっと何やってんの……」
半ばドン引きしながら彼の前のパソコンの画面を見ると、どうやらマインスイーパをやっていたようだった。難易度は上級っぽい。
※マインスイーパというのはパソコンのOS『Windows』に組み込まれているゲームの一種。簡単に内容を説明すると、クリックしたマス目に地雷周囲9マスにある地雷の数が表示され、間違って地雷を押すとゲームオーバー。地雷を押さずに残り全てのマス目を押すとゲームクリアというもの。最近のには入っていないかもしれない。同様に組み込まれているゲームでは、ソリティア、フリーセル、ハーツなどがある。
彼は私の言葉を無視してマウスのボタンを押し続ける。しばらくすると音が鳴り止んだ。
「え、はや」
タイムは82秒。私も暇つぶしにやってみたことがあるが、精々250秒とかが限界だ。カチカチと高速でマウスを連打していたのは運任せで適当にクリックしているものと思っていた。
「慣れたマウスだったらもう少し良かったと思います」
「マジですか……」
彼は再挑戦のボタンにマウスのカーソルを合わせると、少し間を置きこちらに向き直る。
「……やりますか?」
「え、じゃ、じゃあ少し」
椅子から立ち席を交換する。
椅子から微かに彼の体温を感じて少し気恥ずかしくなる。椅子ごと交代すればよかった。
首を振って気を落ち着かせた後、手櫛で少し髪の毛を直す。
「よし……」
──カチッカチッカチッカチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチッ…カチッ…カチカチッ…カチッ…カチッカチ(←文字数稼ぎ)
数回のミスの後、やっとクリアする。
「できた」
「はい」
タイムは324秒。やはり彼には遠く及ばない。
「何かコツとかないの」
「え……パターンを覚えて極力思考を挟まないようにする……とか」
※作者はせいぜい良くて180秒くらいなのでコツとか知りません。適当に書いてます当てにしないでください。
その後も会話とも言えないような短い言葉を挟みながら何回かマインスイーパを繰り返す。
遊んでいると時がすぎるのが早い。そうこうしている内に窓の外は夕焼け色に染まっていた。
周りを見る。既に図書室の施錠時間が迫っていることもあり、室内には誰もいないようだ。
私が普段、他の人と話している時に感じる抵抗感、相手を立てるために、相手に好かれるために自分を殺すような感覚を、彼とのやり取りでは感じなかった。私は彼に安心感のようなものを感じていた。
「野本くんって教室ではいつも一人だからあれだけど、なんていうか、思ったより話しやすいね」
「……」
彼は顔を逆の方に背ける。照れているのだろうか。なんだか変なことを言ってしまったみたいで私も恥ずかしくなる。
しばらくの間沈黙が続き、彼が図書室の壁掛け時計を見て口を開く。
「時間ですね」
彼は立ち上がり、図書室内を一周して人が残って居ないのを確認し廊下に出る。私も続いて外に出ると彼は音が鳴らないようゆっくり扉を閉め、カチャリ、と、図書室の鍵を施錠する。
彼は黙って職員室に向かって歩き出した。一人で先に帰るのは薄情な気がしたので、私も彼の後に続く。
職員室の前につくと彼はコンコンコンと三回ほど扉をノックし、「失礼します」と言って入っていく。何もしない私が職員室に一緒に入るのも変な気がしたので、扉のすぐ横で彼が出てくるのを待つ。
彼が出てきて私に一瞬顔を向けると、無言で昇降口の方へ歩きだす。
校門の前でさようなら? でも途中まで同じ方向だし…… などと別れの挨拶を切り出すタイミングを考えながら彼の少し後ろを歩いていると、彼が急に彼が止まったので、彼の背中に頭をぶつけそうになる。
「僕は、君と話してそんな風には感じなかった」