Neetel Inside ニートノベル
表紙

仕事人早乙女
2日目

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 次の日。
 早乙女薫は新宿に来ていた。
 東南口、改札を出て、階段を下りて、太陽の日差しを感じながら、時計を見た。
 今日は土曜日。時刻は昼の11時5分前。少しギリギリになったけど、まあいいだろう。
 あたりを見回す。ジャージさんはいない。多分間に合った。ほっと胸をなでおろす。
 ドス、と後ろから腎臓の辺りにパンチを食らう。痛い。
 「よう」声がして振り返ると昨日の女性がいた。今日もパンキーな衣装だ。
 「こ、こんにちは」早乙女は唐突な攻撃のショックをかみ締めていた。
 「ついてきな」女はさっさと歩いていく。
 パチンコ屋の横を通り、ゲーセンの前を抜け、細い道をしばらく歩くと、赤いスポーツカーが止まっていた。女は後部のドアを開ける。「乗りな」
 「失礼します」そういって早乙女も車に乗る。
 運転席に座っていた女が振り返る。
「やあ、初めまして。初めましてだっけ?」
 黒髪のショートカット、この人は真面目そうだ。でも相変わらず格好がラフだ。
 どう見ても部屋着という謎のTシャツを着ている。
 「初めまして。早乙女薫です」
 「そっか。早乙女。さおっち…」
 「またお前は変なあだ名を」
 「いいじゃん。えっとね、私もかおるなんだよね。苗字は立花」
 「立花さん」
 「よろしくね」
 「こちらこそ、よろしくお願いします」早乙女は座ったままお辞儀をする。
 「じゃ、行こっか」
 車中で立花さんと女はパチンコの話をしていた。 
 あの店は出ない。抽選番号が酷かったけど結局いい台に座れた。あそこは設定入ってない。
 「さおっちはパチンコ打たんの?」唐突に立花さんに話を振られる。
 「いや、打たないですね」
 「そっか、あれはね、打たないほうがいいね」
 「じゃあお前も打つなよ」
 「だって楽しいしー」そう言いながら立花さんは軽快にハンドルを切る。
 運転が上手い。運転は運動神経が大事らしいし、立花さんはきっとスポーツが得意なのだろう。 
 Tシャツ着てるしさわやかそうな人だ。
 「着いたよ。降りて」
 立花さんに促されて、早乙女は車を降りる。女が車に残った。
 「基本新人が車に残るんだけどね。あいつは仕事できないお荷物だから」
 「は、はい…」
 「どう?この仕事は。てか今日何回目?」
 「二回目ですね。昨日初めてだったんですけど、さっきの方を連れ帰っただけで…」
 はっはっは、と立花さんは笑う。
 「そんな妙な仕事が初めてとはね。まあ根本的には一緒か」
 「どんな仕事か全く想像がつかないんですが」
 「ま、大丈夫だよ。あんまり仕事が分かり安すぎてもさ、飽きちゃうし。こんな感じかなって思ってとにかく動いてればいいよ」
 「は、はあ…」
 道端のベンチに座り込んでいる初老の男性がいる。
 その前で立花さんは立ち止まる。男性の横に座る。早乙女はオロオロしている。
 「やあ、お兄さん」
 「お兄さん、なんて呼ばれるとはね。私はもう60だよ」
 「いいや、男なんて精子作ってるうちはみんな男の子さ」
 男性は乾いた笑いをする。「それを言うなら死ぬまで男の子だな」
 「女は卵子作らなくなるからね」
 「うん」
 通りがかりの男性に唐突に下ネタをぶち込む立花さん。もしかして今回のクライアントなんだろうか。
 「なあ、早乙女」
 「はい!」
 「お前、オジコンだったりしない?」
 「えっと、オジコンではないですね、パパは好きですけど…」
 「パパ、か」立花は神妙な顔をする。
 「パパ、いくつ?」
 「いま50くらいですかね」
 「じゃあおっさんより年下か」
 おっさんは頷く。
 「おっさんには娘、いないのか?」
 「一人いたよ。今は大学生になって下宿してる」
 「へえ、東京に実家があるのに?」
 「ああ。地方の大学に行ってしまった」
 「可愛かった?」
 「そりゃあね。娘が可愛くない親父なんていないさ」
 「ま、もう家に帰っても口うるさいババアしかいないってか」
 「そうさね。だからこんな暑い日に外でうなだれてるわけだ」
 おっさんは手で口元の汗を拭う。暑そうだ。
 早乙女はそうでもない。他人より暑いのは得意らしい。
 「仕事は?」
 「今日は休みさね。窓際族だから平日も大して仕事してないけど」
 「ふーん。まあお役御免ってところだろ」
 「だな。バブルの頃はさ、こんな俺にも仕事はあったよ。毎日てんてこ舞いで、酒ばかり飲んでた」
 「あの頃はよかったってか?」
 「そうさね。そんなセリフ吐くようなじいさんにはなりたくなかった」
 立花さんは頷く。
 「ま、でも男の子だからね」
 「本当にそう思うか?」
 「私は女だからわからん。でも何となく、おっさんにも男の子はまだ見え隠れしてるよ」
 「見え隠れ?」
 「心の中に住んでるって言うのかな?少年時代、田舎で虫取りしてたおっさんの心をさ、忘れちゃいないと思うんだよ」
 「そうかねえ」
 「ああそうさ。あのときから随分時間はたっちまったけどさ、あの少年もおっさんも、一人の人間なんだぜ。信じられるか?私はあんまり時間の流れに対して納得しちゃいねえよ。そこに女が立ってるだろ?早乙女っていうんだ。若くてさ、何にも知りませんみたいな顔してるだろ。私も昔はあんなだったよ」
 「あんたはまだ若いよ」
 「いや、私は若いよ。ただ相対的な話さ。私は早乙女の時代は終わった。まだ若いけど、ちょっと世の中を知っちまってる」
 「うん」
 「何が言いたかったんだっけ?しまらねえな。ま、つまりあれだ。明日のおっさんも今のおっさんなんだよ」
 「で?」
 「で?じゃねえよ。その先はおっさんで考えることだな」
 「そうだなあ…」
 立花さんは立ち上がる。「うし、おっさん。行くぞ」
 スッ、とおじさんも立ち上がる。「悪くなかったよ」
 「ありがとな。おう、早乙女も来い」
 「はい!」早乙女は何故か満足した気持ちで、立花さんとおっさんの後ろについていった。

       

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