Neetel Inside ニートノベル
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  それから渉は耳についているタグをはがし、腕に刺さっている点滴の針を抜く。
 胸に何本も貼られていた電極シートをべりっとはがす。心音を示す電子音が途切れる。思えば渉にとってはこの電子音で否が応でも自分がこの世界で生きていることを認識させられてきた。
 断続的な電子音が初めて連続的な長い音へと変わる。そしてそれは不可逆のものだ。決して前の音に戻ることは無い。手をぐっぱっぐっぱ。と開いたり閉じたりする。少しだけ、ほんの少しだけ渉はその目を細め、一本の真っ直ぐな線を描く心電図を見ていた。渉にとってそれは現実から自分が切り離されたことが象徴的に分かるものだったのかもしれない。

 渉の体は完全に健康に戻った。

「いいや」

 アリーシャ。

「そうそう」

 風が吹くように話す春秋

「まだまだだよ。いっくよー!」

 ハイテションになりかけの未来が跳ねるように嬉しさをぶちまけている。

「えっ。まだなにかあるのか?もう充分だよ。もうたくさん貰ったよ。これ以上もらうのなんて……何か怖いよ」

 渉が言う。

「ふ……イマジネーションを駆使したまえ渉くん。我々がこんなもので満足すると思うか?だが安心したまえ。君は受取りすぎるということはない。なぜなら君が既に手にしたものを渡すだけのことだ」

 白衣のアルカイックスマイルの久尊寺博士。

「どういうこと?」

「すぐわかるぞー」

 にやにやするシュラ

「です!」

 にっこりと嬉しそうに、小動物がいたずらにわくわくしているように首肯する咲夜。

 アリーシャがさらに複雑な手の動きで精霊術を組み上げる。精霊の主が本気で編み込んだ術式に上妻家の皆がそれぞれの力を加える。何が起きても不思議ではない。どんな現象だって巻き起こせる。この家族が揃っているならどんな劣勢すら覆せるし、どんな奇跡だって起こせる。

 
 渉が今までやってきた証のような出来事が今起こっている。上妻家の人達が持ってきた、渉が向こうの世界で手にしたものが渡される。

「これは……俺は知ってる。これを俺は覚えている。なんだろう。懐かしいような。ついさっきまで俺が持っていたような」

「覚えていてくれた?」

 未来が問いかける。

「忘れられるわけがない」

 忘れろという方が無理だ。渉はそれを生きがいに、それにすがって生きてきたのだから。

 全ての悪いところが治ったとはいえ、今までの人生でろくに食べることもできず、しかも二年間という途方もない、気が狂いかねない時間、筋肉は一ミリも起動しなかったのだ。渉の体は骨がうきでていたし、体重は平均の同い年の男子よりもとても軽かった。病的に健康色を失った肌。

 しかし、みるみるうちに渉の体は眩しいほどに健康的なものに変わっていった。まるで体にいい、愛情のつまった料理を食べたかのように。まるで愛する誰かと森を探検したかのように。まるでお日様の下で農作業をし、いい汗を流したかのように。

 それだけではなかった。ざわつくような謳うような不規則なこの音が聞こえる。

「聞こえる。俺にも微精霊の声が聞こえるよ」

 渉は涙が出そうな嬉しそうな顔をした。

「それに、術式も組み上がる」

 渉自身の周囲で微精霊の光が瞬く。微精霊の循環すら自在に調節できる。

「さすが渉くんですわ。私には分かっていましたよ。あなたは私達の世界の住人なのですから。精霊術が使えないはずありませんもの」

 黒繭が胸を張って言う。

「おやおやぁん?黒繭が一番心配してたんじゃないの?「大丈夫ですわ、大丈夫ですわ……」ってこっちに来る時に自分に言い聞かせてたじゃん」

 両手を腰に当てている真歌がニヤニヤしながら黒繭に言う。

「バ、バカな。私は信じていました!」

 黒繭は慌てたように憤慨する。
 コロコロと鈴を転がすような声で笑う真歌。
 真歌にくってかかる黒繭を周りの真下や、春日井、久尊寺がいなした。

       

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