Neetel Inside ニートノベル
表紙

非正規英雄(アルバイトヒーロー)
第八話 デビルバスターズ (後藤健二)

見開き   最大化      


 乾いた風が吹き、横っ面を凍えさせる。
 灰色しかない荒涼とした郊外の町を、俺を含める四人の非正規英雄が歩いて行く。
 俺以外の三人は顔見知りらしく、迷いのない歩みを見せている。俺はなんとなく空気を読んでついていっているだけだ。
 ───いったいどこへ行こうってんだ?
 そう声をかけようとも思ったが、どうせすぐ分かることだろう。
 デリヘル嬢に殺されかかったりウニになったり色々あったが、中国での武術の修行のおかげだろうか、どんな事態となっても心を平静に保っていられるような、そんなクソ度胸がついていた。鬼が出ようが蛇が出ようが驚かねぇぞ。
 他の三人を注意深く観察する。
 俺たちを先導するのは、銀髪と瑠璃色の瞳という神秘的な雰囲気の外国人美女リザ。クールビューティーという感じで、翼ちゃんとキャラが被っている気もするが、彼女の方がより大人っぽい。三つものアーティファクトをまとっていた姿に目を奪われたものだが、それらを解除した今の姿も中々に人目を引くものだった。戦闘に適しているからだろうか、ボディラインがハッキリと分かるような黄色と黒のツートンカラーのレーシングスーツをまとっている。うん、脚がグンバツなうえにボインだ。
「なにをニタニタしてるのよ、気色悪い…」
 そう言ったのはリザではなく、もう一人の女性非正規英雄だった。金髪ポニーテールにポップな赤いキャップを目深に被り、やはり動きやすそうなデニムのショートジーンズから伸びる黒タイツが眩しい。まさしくギャルって感じだ。洗濯板だけど。
「あちらのおねーさんがリザさんで、あんたは?」
「鹿子よ」
「俺は石動堅悟! よろしくな、鹿子ちゃん!」
「馴れ馴れしくしないで。アンタ、アタシたちは商売敵同士ってわかってる?」
「同業者なんだろ? 仲良くしたっていいじゃねぇか」
 ふっ、こっちはツンデレギャルか、悪くねぇな……。
 そんな俺と鹿子の和気あいあいとしたやり取りを見て、ノッポで陰気そうなもう一人の男(名前は憶えていない)も会話に加わろうかという素振りを見せているが、俺は無視した。
「俺はかず…」
「着いたわよ」
 俺たちの会話を遮るように、リザがそう言って歩みを止める。
 そこはなんてことのない郊外のパチンコ屋の、だだっ広いだけの露天駐車場だった。
「え……」
 だが、それを目に捕らえた瞬間、俺は心底驚かされ、その場に立ちすくむ。
「まさか……そんな、あれは……! 伝説の……!」
「なぁにが伝説の、よ。ただのキャンピングカーじゃない……」
 鹿子ちゃんが呆れたように呟いている。
 ふっ……ギャルのように見えて意外に清純なのか? あれを…。

 ───かの伝説の、マジックミラー号を知らないとは!!!

 90年代後半からAV業界に出現し、数々のムーブメントと悪名高い逸話で社会問題を引き起こしてきた通称「MM号」の雄姿がまさしくそこにあった。X-videoを何千本と観てきた俺には分かる。あの独特で存在感のありすぎるシルエット。外から見ると普通のキャンピングカーのようでいて、車内に入ると外の景色が丸見えとなるマジックミラー張りの内装! 
 その事実に気づいた時、俺の久しく使われていない脳神経に電流が走る。ドーパミンがあふれ出す。

 ───こ、この場にいるのは男女二組のペア……! ま、まさかこのどちらかと…!? はっ…ま、まさか…! 伝説の再現を…!? ら、乱交パーティーが始まるというのか……!!???

「ええ加減にせぇや、クソガキ!」
 突如、威勢のいい関西弁が飛んできた。
 驚いて声がした方を見ると、何とも異様な風体の物体が浮いていた。車輪に四枚の翼が生えており、車輪の内側部分には四つの人間の顔が並んでいる。何とも奇妙な物体、それから声が発せられていた。
「ご無礼をお許しください。ケルビム様」
 リザが深々と頭を下げている。
「ケルビム様?」
 俺がまじまじとその奇妙な物体を見ていると、リザが俺の方を見てしかめ面をした。
「馬鹿者。こちらにおわすは智天使ケルビム様と言って、我々非正規英雄を管轄する天使様たちの更にずっとずっと上役にあたる。まさに雲の上の御方なのだぞ」
 リザの説明によれば、天使にも序列、ヒエラルキーというものがあり、トップがいわゆる神様で、その下にミカエル様やらガブリエル様といった俺でも何となく聖書で名前を聞いたことがあるようなないような熾天使というのがいて、ケルビム様というのはその下あたりにいらっしゃる上位天使様だという。つまり会社で言えば常務か専務取締役ぐらい偉い。ケルビム様の下には更にいくつもの序列があって、俺たち非正規英雄を直接管理している翼ちゃんのような役職も持たない一般天使は最下位にあたるそうだ。
「そんな偉い天使様が何で軽々しくマジックミラー号に姿を見せてるんですかね……」
 と、突っ込みたくもなるが。
「ワイのような上位天使が地上界に顕現するには、とてつもないエネルギーが必要なんや。この姿も本来のワイのものではなく、地上で最も天界と繋がりやすかった場所を選び、この車を依り代とし、ワイのごくごく一部を顕現させたんや」
 とのことだった。
「なるほどなるほど、確かにここは色んな意味でヘブンに近そうだ…」
 なんで関西弁を喋っているのかとか疑問は尽きないが、余計な話はしたくないらしく、ケルビム様は俺たちを車内へと入るよう促した。
 マジックミラー号の外装は数々の動画で見たようなものではなく、これがヘブン風というべきか、抜けるような空色にポップな「DEVIL BUSTERS」というロゴが塗られてあった。ただ、車内はやはりマジックミラー張りとなっている。外の景色が丸見えとなっており、車内にいながらにして羞恥プレイが可能な造りだ。が、撮影機材らしきものはなく、代わりに大型のソファやテーブル、それに今時珍しい大型のデスクトップパソコンが備え付けられている。モニターも三つあった。
 ああ、ここで数々の伝説の動画が撮影されたのか…!
 俺は胸いっぱいに車内の空気を吸い込んだ。
 名シーンの数々が今にも目に浮かぶようで───。
「何を想像してるのか知らないけど」
 呆れたように、リザが言う。
「ここは私たち非正規英雄たちのアジトよ。敵の悪魔からの襲撃に備え、いつでも対処できるように外の景色が見える造りの内装に、移動もできるキャンピングカーはぴったりって訳」
「なるほど、それで中古のマジックミラー号を手に入れたって訳か…」
「デビルバスター号よ!」
 なんだそのクソダサい直球ネーミングは……と思ったが、敢えて言わずにいた。例のお偉い天使ケルビム様が怒りを滲ませた表情で俺を睨んでいたのだ。そういえば天使というのは人の心を読めるのだったな…。
「───つぼみ! この非正規英雄の教育どうなっとるんや!」
「つ、つぼみ!?」
 それもまた伝説のAV女優の名前ではないか。驚いて周囲を見回すが、どこにもあの「つぼみ」の姿などない。
「……ケルビム様」
 弱弱しく声をあげたのは、俺の担当天使である翼ちゃんだった。
 またいつの間にか霞のように現れていた。
 はっ、まさか……。
「あなたのご想像通りですよ……石動堅悟様」
 なるほど、名前にコンプレックスがあった訳ね。
 スマートな俺は、その本名は聞かなかったことにした。
「今まで通り、翼ちゃんって呼んでいいかい?」
「ご随意に」
 ちらりと横目で俺を見て、翼ちゃんは小さく呟く。
 気のせいか、最初に会った時より少しだけ表情が和らいでいる気がした。
「ケルビム様、申し訳ございません。私の管理不足ゆえに……」
「まったくやわ! 非正規とはいえ、英雄としては……」
 ガミガミと怒っている車輪野郎に、翼ちゃんがぺこぺこと頭を下げている。
 むむむ、何だ俺が悪いのか?
 翼ちゃんが怒られていると俺まで怒られた気になってくるではないか。
 直属の上司が更に上の上司に怒られていると、部下まで申し訳ない気持ちになるっていうあれか!
 飲食店やら工事現場やら色んなところでバイトしてきたが、そういう気持ちにはいっぺんもなったことなかった俺が、今は無性に腹立たしいぞ…! 非正規の仕事ばかりしてきたがゆえに自覚することのなかった社会性が、急激に身についていてくるかのようである。
「まぁ、ええやろ」
 一通り翼ちゃんを叱った車輪野郎は、やっと満足したのか今度は俺たちの方を見る。
「おぅ、バイトリーダー!」
「はい」
 リザが前に出る。
 そうか……この強そうでカリスマたっぷりな非正規英雄でも、上位天使様の前じゃしょせんバイトリーダー呼ばわりな訳ね。
「ワイがここにいる理由と、非正規英雄の目的というのを、新人に教えてやれや」
「かしこまりました」
 リザはパソコンの前に進み、キーボードをカチャカチャとタイピングする。
 やがてモニターに幾つかのグラフやら映像やらが出てきた。
「和宮と鹿子には一度説明したけど、堅悟というのね? あなたはここは初めてだし、もう一度説明するわ。私も含め、非正規英雄は天使から選ばれて悪魔討伐の任務にあたっているけれど……」
 リザの説明によれば、非正規英雄が悪魔に敗北、つまり殺されてしまうことも決して珍しくはないという。それはそうだろう。俺もあのユキと名乗ったサハギンに一度は負けて殺されかかった。
「それだけじゃなく、あのアリーナにいた一般人にも多くの被害が出たのは見ていたでしょう…? 何の力も持たない人々にとり、悪魔ははっきりと脅威よ。警察や軍だってあんな奴らを相手にすることはできない。私たちが討伐するしかない」
「まぁ、そうだな……」
 はっきり言って、俺は俺以外の連中がどうなろうと知ったこっちゃなかった。
 こんな将来有望な若者が月給手取り14万でくすぶっているような、そんな不条理で生きにくい社会なんて壊れてしまえと願ったことも一度や二度ではない。
 ただ、ただ……非正規ながら英雄と呼ばれるようになって、心境に多少の変化があったのも確かである。
「私たちは、別に正義の味方をやろうって訳じゃない。ただ、かりそめにも英雄と呼ばれるようになり、悪魔を討伐できる大きな力を得た。その使い方はそれぞれに委ねられている。傭兵のように一人自由気ままに悪魔を狩って報酬を得ていくだけの生活も悪くはないでしょう。でも、それでは多くの命が理不尽に奪われ、多くの悲しみが生まれてしまう……」
 そう言うリザの表情は、いくぶん怒りを含んでいるように見えた。やはり彼女は英雄と呼ばれるに相応しい人物なのだろう。悪魔へ対する怒り、義侠心に燃えているように見えた。
「先程のアリーナでの戦闘で見られたように、悪魔側も組織だって英雄を襲うことが増えている。たった一人で戦っていては、野良の悪魔を討伐することも難しくなるわ。だからこそ、我々も組織を作って対抗しなければならない」
「それがここって訳か」
「そうよ。和宮に鹿子、先日は返事を保留されたけど、今回は承諾してもらいたい。あなた方も、あのアリーナの戦闘で協力して戦わざるを得なくて、共に戦う重要性を認識したことでしょう?」
 リザの演説に対し、和宮と鹿子は顔を見合わせるが、やがて溜息をついて頷いた。
「……不本意だけど、そのようね」
「一対一で戦うのみであれば、俺もこの長剣アンスウェラーさえあれば誰にも負ける気はしないがな……」
「賢明な判断だわ」
 リザは頷き、最後に俺を見る。
「で、あなたはどうする? 石動堅悟?」
「どうするとは……?」
「私たちの組織、デビルバスターズに加わるのか、加わらないのか?」
 やっぱりその名前か。
 俺の脳内で、レイ・パーカー・ジュニアの歌が鳴り響いていた。

       

表紙
Tweet

Neetsha