「すごーい!フルコンボ!シンイチ君、音ゲー得意なんだ?」
「ま、まぁ。嗜む程度には…」
ショッピングモール内のゲームセンターの入り口付近。悪漢から一緒に逃げた筈のシオンと何故かゲームをして遊ぶことになった菱村は色めいたシオンの言葉を受けて筐体の和太鼓を叩いていたバチを置いた。
「次はプリクラ撮りいこーよ」
緊張で汗を拭う菱村にそう言い残すとシオンは奥に歩いていった。やれやれ、何でこんな事に…早く遠くに逃げないとさっきの金髪がやってきてしまうじゃないか。そんな事を思いながらも菱村は断りきれずにシオンが手招きする個室に向かう。
「フレームはこれでいいー?はい、笑ってー。もうちょっと近づいてよー」
狭い空間でシオンが菱村の腕を組んできた。柔らかい自分に無い未知の感覚が体に触れる。あっ、おい待てよ。当たってるって。肘に全神経を集中してカメラのシャッター音に正面を向く。現像して取り出した写真を見てシオンが手帳を広げた。
「今、撮ったヤツも載っけとくね。アレ、前にシンイチ君と撮った事なかったっけ?」
笑いながら問いかけるシオンを見て菱村は「あのなぁ」と頭を掻く。普段大人しめの彼女にこんな風にはしゃぐ一面があるとは思わなかった。と言うより彼女が他のクラスメイトと一緒に話している所を菱村はほとんど見たことがなかった。
もしかしたらこの女、さっきの口ぶりから察するに知り合った男全員とこうやって写真を撮って遊んでいるのか?菱村の頭をひとつの疑念が頭をもたげてくる。この結原シオンは普通の女子高生と比べて男との距離感の詰め方が非常に早い。
さっきのように個室で体を合わせてきたり…自分が好意を寄せている相手が誘われた男誰にでもついて行くような女であればダメだ。ましてやこの菱村真一の想い人となれば、相手としてそれなりの品格が伴わなければならない。対戦型のゲーム機を指差してぴょんぴょん跳ね回るシオンを見て菱村の猜疑心があふれ出した。
「俺が菱村グループの御曹司だからってそうやって一緒に遊ぼうとしてくれてるんだろ?確かに俺の実家は金持ちだ。だがそれを目的に誘われるのは良い気分はしないな」
「えっ、シンイチ君の家金持ちなの?だったらあのゲーム代も払ってもらうなんて思ったり~…冗談だってば、さ、次のゲームやろ?」
その時、地面を揺らすような大きな振動が響き、店内にひび割れた音声でアナウンスが流れ出した。
「お、お客様にお知らせ致します。ただいま外で非常に大きな突風が吹いているため正面入り口を封鎖致します。警備員の方は直ちに現場に集まって…くだ…」
アナウンスが途切れ途切れ、通路を武装した警備員複数が駆け抜けていく。それを見て他人事のようにシオンが取り出したリップを塗りながら眺めていた。
「なんだか大変な事になってるみたいだねー」
菱村は腕組をしてこの状況を考える。異形の怪物と化した金髪男にあの探偵がやられたのか?だとしてもさっき、アナウンスでは突風が吹き荒れていると告げた…敵側に新たな能力を持つ助っ人が現れたと考えるのが普通だろう。
「こっちだ。俺の知り合いが経営している店がある」
菱村はシオンの肩をつついて振り返った彼女を先導すると、社会見学として冬休みの間アルバイトをしていたモールで一番奥に間借りしたサブカル雑貨屋に訪れた。
店の奥で背が高く恰幅の良い男が菱村を見て笑顔を見せた。
「おう、真一君じゃないか。世継ぎの方は順調?…そっちはもしかして彼女?」
「いや、まだそういう関係じゃない」
早足で歩いてきた菱村が答えると店長の飯山が白い歯を見せて笑った。仕事中に聞いた話によるとこの若店長、空手の有段者で大学時代には国体にも出場経験があると語っていた。
短い間ではあるが慣れない仕事ぶりで働かせてもらった恩義もある。腕にまるで覚えのない自分より、少しでも武道の嗜みのあるこの人なら怪物達からシオンを連れて逃げ出せる可能性が高いと踏んで菱村はシオンを連れてここへ来た。
「そうなんだ。外の方で何かトラブルがあったみたいだね。みんな避難を始めてるし」
「飯山さん、あなたに頼みたいことがあるんだ」
会話を遮って菱村は飯山に懇願した。
「この状況じゃさすがに今日は店を経営するのは無理だ。ほら、モール自体から閉店のアナウンスが流れ始めてる。そこで…あそこで高価な皿を持ち下げしているあの子を飯山さんの車で安全な所まで送り届けて欲しい。
あなたにしか頼めないんだ。よろしく頼む」
菱村が軽く頭を下げると店内の廊下を突風が吹きつけ、周りにあった雑貨が壁目がけて勢い良く飛び込んだ。めくれ上がったシオンのスカートを見て飯山を思わず唾を飲む。
「わっ、なんなの…最悪」
割れた食器棚の破片を避けるように足を踏み出すシオンの肩を掴むと菱村は飯山を振り返った。
「相手はもうすぐ傍まで来てる!俺はあんた達が逃げる時間を稼ぐ。安心しろ結原、あの人について行けば大丈夫だ」
乱れた髪の間からシオンの薄茶色の瞳が覗く。シオンは心配そうに一度だけ振り向くと開いた店の非常口を目指して歩いた。
「あいつをよろしく頼みます」
向かい風の中、菱村が店を出てフロアを歩き出した。
「おう、任せとけ」
すぐ外の駐車場からエンジンのかかる音が鳴り、飯山さんの声が風の合間から届く。
「それから真一」
「なんですか」
「ありがとよ」
閉まる扉の奥で飯山さんが笑ったような気がした。どうしてだろう?振り返る暇も無く菱村が角を曲がるとふいに風が鳴り止んだ。
菱村は呼吸を整えるとそこに静かに膝を追った。体を丸め、奥歯を強く噛んで体を震わせる。するとそこにヒールの音をカツン、カツンと響かせてフルフェイスヘルメットを被った妖しげな雰囲気を漂わせた女が角から姿を現した。
「ひ、ひぃぃぃいいい!!こ、殺さないでくれぇええ!!」
菱村の叫び声を聞いてフルフェイスが視線を向ける。レザータイツの上にライダースジャケットを肌の露出なく着たその体は一般的な女性とほとんど変わりが無い。
「ひぃいい!や、やめてくれぇ!ど、どうか殺さないで!」
片足を痛めた演技をしつつ、菱村は彼女との距離を測るように後ずさる。その姿をみてフルフェイスが呆れたように首を傾げて両手を広げた。
「一般人は殺さないよー。キミと同じくらいの女の子、見なかったー?」
「し、知らないっ!」
濁りの無い声を出し、嘘をついている事を見抜かれないよう、相手に恐怖したように顔を覆って菱村は答える。付き合いきれない、と感じたフルフェイスが菱村のそばを再びヒールの音を立てて歩き始めた。
「ま、待って!」
「何よー。こっちは忙しいのー」
「さ、さっき強風で壁にぶつかった時に足を痛めてしまって!…どうやらここから動けそうにないんだ!入り口まで連れて行ってくれないかっ?」
「しょーもないわねー。入り口まで送ればいいんでしょー?怪我悪化しても悪く思わないでよー」
彼女はダルそうにその場で立ち止まるとバレエタップのように爪先を弾ませた。
「特別に見せてあげる。私の魔法の靴『ティップ・タップ』」
そう告げると辺りの大気が彼女の靴の周りに集まり、それがひとつの風として形を成した。彼女がその塊を蹴り上げるとふわり、と菱村の体が宙に浮いた。
「う、うわああああぁ!!」
意図しない方角へ高速で動く自分の体に驚き思わず目を瞑る。気が付くと菱村の体はショッピングモールの入り口にあった。結原は、無事にあの金髪から逃げ切れただろうか。そしてあの探偵は…
今は考えていても仕方が無い。追ってきた男の事、そして、君が放課後にこの辺りでしている事。全部明日、結原に学校で聞けば良い。菱村真一は今まで居たショッピングモールの看板を一度見上げるとそこから踵を返して自分の家の方を目指して歩いていった。