第十八話 キョータとふしぎなサウナ (混じるバジル)

 新神戸にある不夜城・神戸サウナ。熱気立つ3種のサウナルームが設置されたその階でも一段と強い熱を放つメインサウナルーム。

 横長く置かれた3段のひな壇の中央には膝上にタオルを掛けて腕組をし、ひとりじっと熱気に耐えるキョータの姿があった。

 瓜江から言い渡された修行に取り組んで早3日。初日はこの不夜城特有の猛烈な暑さに耐え切れずわずか1時間でリタイアを喫し、旅館に戻った後も激しい頭痛に悩まされたが徐々に身体が成れ、3日目の今日は午前中からこのサウナルームに篭もって蒸気にその身を晒していた。目を閉じて意識を集中させる。

 あの日マッチアップして闘う事になった四大幹部の一人。自分を見下すようにため息をついたクトゥグアの姿を思い出してキョータは思わず拳の腹を座っている木製のベンチに叩きつける。

「クソッ!」確かに『硬質化』の能力を強化すれば一度受けたあの炎は防げるようになるかも知れない。しかしこんなやり方で強く成れるのか?

 俺たちの力であの悪魔四大幹部やその上の装甲三柱に勝つ事が出来るのか?

「クソォ、わかんねぇぜ!ウリエルよぉ…」

「お、キョータ君。今日は早いね」

 悩んで頭を抱えるキョータの視界にここのサウナなじみの客が三人組みで恰幅の良い身体の腰にタオルを巻いて現れた。

「うぃっす。先に頂いてます」

「結構良い汗かいてるじゃなーい」

「今日はもう3セット目です」

 ※サウナは1セットをサウナ→水風呂→休憩と数える。

「へーすごいじゃないー。最近の若いコは暑さに強いんだねー」

「いや、俺が特別なんだと思います」キョータは崩れた前髪を後ろに掻き上がると近くに座った中年客に向かってキメ顔でこう答えた。

「オレ、暑さ感じない体質なんすよ」

 某サウナ漫画の名ゼリフを引用したキョータを三方向から取り囲んで座る中年達は特別反応を見せずにその場に留まって暑さに耐えていた。

「あれ、スベッたか?」キョータがタオルで汗を拭うと突然入り口の扉の方から蒸気を孕んだ熱風が勢い良く吹き寄せて来た。

「な、なんだ?ロウリュの時間はまだ…!」

 ※サウナで店員がストーンに水をかけて水蒸気を発生させるサービス。体感温度を上げて発汗作用を促進する効果がある。

『聞いたぞ今鐘キョータ君』

 重いドアが開きその向こうから低い男の声が聞こえる。辺りに居た中年たちの姿は消え、キョータは立ち上がってその声がする方向を眺めた。

「ハッ、奴等の使い魔がオレの命を狙って来やがったか。わざわざ神戸までご苦労なこったぜ」

 両腕に自身のアーティファクト、カタール型の手甲『コモン・アンコモン』を具現化するとキョータは声の主に向かって見栄を切った。

「逃げ場の無い密室で勝負とは考えたな。きやがれ!この準悪魔!」

「フフフ…」

 不敵に笑う謎の襲来者の声がサウナルームに響く。分厚い蒸気の渦が男の姿を包み込んだ。


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「そしてコッペリウス博士は、大切に作った人形をスワニルダに無残に壊され悲嘆にくれてしまいました。ああ、なんて可哀想なコッペリア!」

「…まだその話続けるつもり?」

 埼玉県秩父市のとある山奥。瓜江にコンビネーションを磨くよう言い渡された天音と鹿子のふたりは夕暮れ時に焚き火を囲んで釣り上げた川魚を焼き上げていた。

 バレエ演目のあらすじを身振り手振りで紹介する天音の姿を見て鹿子が飽き飽きした口調であしらおうとした。

「やだなぁ。かのん先輩が全然っ、飲み込み悪いから私が座学講義からしてあげてるんじゃないですかぁ」

 悪びれる様子もなく天音が強い口調をぶつけるのは昼間に行った特訓で鹿子が目も当てられない低調なパフォーマンスに終わったからだ。

 元々鹿子は英雄として、今を生きる女子高生として自分一人だけで行動してきた。探偵業もそうだが誰かと一緒に息を合わせて何かをする事は性に合わない。

 アルミコップに注がれたスティックシュガーを振っただけの水を飲んで、鹿子は事務所に置かれたコーヒーが飲みたいと願った。

「こないだ会ったばかりの能力者と一日、二日合わせただけで完璧に連携が取れるようになるなんて無理無理。能力そのものの相性もあるし、闘いの中で安易に組み合わせられるモンじゃないよ」

「むー、それじゃかのん先輩はどういうアーティファクトの組み合わせが良いと思うんですか?私、こんなばっちい所から一日も早く帰還したいんですけど」

 魚に寄ってきた銀バエを手で追い払いながら天音は鹿子に向かって口を膨らませた。

「私だって同じ気持ちだし。たとえばアイツみたいに一人が敵と正対して私が背後からドカーンとトールで不意打ちを狙うのが一番成功率が高いかな」

「あの、ずっと気になってたんですけど…鹿子先輩と和宮さんってどんな関係なんですか?」

 天音のマジな視線に魚の串に手を伸ばした鹿子の動きが止まる。

「いや、私もアイツも長くこの仕事を続けてるけどこれだけ長い間一緒に行動するのは初めてだよ?別にアイツの事、なんとも思ってないし」

「嘘。そのリアクションは絶対なんかある」

 見透かしたような瞳の天音を見て鹿子は「ホントにないって」と強く弁解した。煌々とした夜空の下でガールズトークが続いていた。


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「さぁ、さっさときやがれこの悪魔!訳わかんねぇ修行ばっかでムカついてんだ!すぐに終わらせてやる!」

「やれやれ。3日も居てまだこの修行、いやご褒美の素晴らしさに気付いていないのか」

「な、何を言ってる!早く姿を見せやがれ!」

 キョータが手甲のはめられた腕を振るうと扉の奥からきょむ、きょむとアニメキャラが歩くような音が鳴り、薄くなった蒸気の影からクマのサウナキャップを被った3頭身ほどの中年男性が姿を現してキョータに向かって右腕を立てた。

「やあ。私の名は軽石ファート。日本とドイツのハーフ。サウナ大好きおじさんだよ」

「むめめぇーーー!!」


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「私がバレエを始めたの6歳の時。バレエ審査員だったおばあちゃんの影響で純白のレオタードに身を包んだ私は他の女の子と比べて少し太っていた。演技をするために病的にまで痩せた子達の中で私は10歳の時に出た発表会で決勝まで選び抜かれた。
そして最後の演目を終えて開催者の口から優勝者、秋風天音の名が告げられた。嬉しかった。これまでの苦しい努力が報われたと思った。でも閉幕後に控え室で審査員の一人が言ったの。お前を優勝させたのはデブがバレエを踊れる物珍しさからだって」

「あのさ、天音」

「ん?なんですか先輩」

「浸りすぎ」

 目の前で自分が破壊するはずだった大岩を天音が空気の刃で切り刻んでしまったから、鹿子は振り上げたトールを苦々しい表情でそのまま能力解除した。

「すいません。あの時の腐りきった控え室の空気を思い出したらつい怒りがこみ上げてきてしまって…でも結果オーライですよね!こうやって制限時間内にターゲットを破壊できたし」

 魔靴の能力を解除して雑木林の小枝を踏みしめた天音を振り返って鹿子は言った。

「サポートが味方の邪魔してどうすんのよ。あんたのアーティファクトじゃ前衛は無理なんだから私の進路にある木だけ切らなきゃ特訓にならないでしょ」

「うーん。でもこんな事続けててもあの名状しがたい連中には勝てないと思うんですよねぇ」

 崩れたツインテールの毛先を指先で弄ぶ天音を見て鹿子は呆れたようにため息をついた。自身のトレードマークのキャップを被りなおすとやっかいな相手とコンビを組ませてくれたな、と鹿子は瓜江を呪う。

 この天音というコは前もって決めた戦術より自分のインスピレーションを優先して動くタイプ。一人の身勝手な行動は戦場では部隊の壊滅に直結する。ガラではないがここは英雄の先輩として天音に強く言うしかない。

「あ、そうだ。良い事思いつきました」

「えっ?」

「私がかのん先輩の言うとおりに動くんじゃなくて、かのん先輩が私の言うとおりに動けば良いんですよ!」

「…やれやれ」再びキャップを深く被りなおす鹿子。こうなってしまったらすっかり天音のペース。

「とりあえずやらせてみるか。せっかくの特訓だしやってごらん。それでうまく行くんならそれで良い」

「やったー!じゃあ、先輩、コレ着てみてください!」

 そう言ってキャリーケースから取り出したのは年季の入った着古したバレエレオタード。げんなりする鹿子の表情をよそに天音は目を輝かせて鼻息を噴き出した。

「何事もまずは形からです!ああ、逃げないで!先輩の体系だったら入りますって!」

「…アホ臭くてやってやれるか!」


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 予想外の風貌をした襲来者に思わず鼻水を噴き出してしまった今鐘キョータ。軽石と名乗った中年男性の顔をしたその生き物は小さな身体を弾ませるように歩きながらひょい、とベンチに腰掛けた。

 すれ違ったキョータが彼の姿をまじまじと眺めると「こら、他のサウニシャンの身体をじろじろ見るのはマナー違反だぞ」と怒られた。

「瓜江君から話は聞いている。まぁ、座りたまえ」

 自分の半分くらいの大きさ程しかない軽石になだめられ、キョータは能力を解除し少し距離を置いてベンチに座る。そこでキョータはようやくある違和感に気付く。さっきまでとはこのサウナルームの雰囲気が変わっている。

「あんたも瓜江と同じような能力者なのか?」

 キョータの問いに軽石は目の前の砂時計を見ながらかすかに頷いた。

「入室中にむやみに会話を交わすのはバッドマナーだが、最初だから答えておく。私はキミのように過去に非正規英雄として日夜、敵対する悪魔と闘っていた。闘志を全面に出したファイトスタイルで鮮やかに敵を退ける私のその姿は『熱風』と呼ばれ、母国では名の知れた戦士だった」

「その『熱風』さんがなんでこんな場末のサウナに居るんだよ?」

「年長者の話は最後まで聞きたまえ。キョータ君」

「アッハイ」

「永きにわたる戦いの中で私はふと癒しを求めて世界各国のサウナ巡りを始めた。そして遂に出逢ったんだ!この美しい国、ニッポンのサウナに!」

「はぁ」

「日本のサウナは非常に衛生的でイメージもクリーン。その上利用客のニーズに幅広く合わせて作られている。流石はオモテナシの国!日本という国は平和だ。ドイツ風呂のように全裸の女に金絡みでしつこく関係を迫られたり、入浴中に頭を殴られたり、シャンプーをしている際に無限に頭に容器をプッシュされたりすることも無い!」

「ソースネ。ヨカッタッスネ」

「日本のサウナの魅力に取り付かれた私はこの国で一人の人間として暮らしたいと願った。そして私は家族を捨て、国を捨て、能力まで棄てこの神戸の地に移住を決めたのだ」

「おい、ちょと待て!能力を棄てたって…あんた今、英雄じゃねぇのか?こんな馬鹿げた娯楽に全てを捨てるなんてどういう神経してんだよ。悪魔と闘う事が嫌んなって投げ出しただけじゃねーのか?」

 ベンチの後ろの段に両肩を突いてあざけ笑うキョータの声を受けて軽石のサウナキャップの耳がぴくりと揺れた。

「…今の言葉、聞き捨てらないな」

 低い声を放ち軽石がゆっくりと両腕を組むと突然サウナルームの温度が急上昇し、入り口の扉から突風が吹き寄せて来た。

「な、何!?あんた、やっぱり…!」

 立ち上がって顔の前で腕を交差させて熱風をやり過ごすキョータ。軽石は再び入り口の前に立つと反射した眼鏡越しにキョータを見つめて言った。

「今の私の能力は特定の部屋を自らが創り出した部屋に交換する『 EX-change 』。この部屋では私が望んだ通りの事象が起きる。今鐘キョータ、キミにはこの部屋でサウナの真の魅力に目覚めてもらうぞ」

「ハッ、そういうことかよ。どのみち、ああやって常識的な暑さに耐えてた所で手詰まりだったんだ。これが修行だってんなら、とことん付き合ってやらあ!」

「良い返事だ。キミにはこの“馬鹿げた”修行に付き合ってもらう」

 灼熱のサウナルームで向かい合うキョータと軽石。温度計は破裂し、砂時計は逆回転する。部屋全体を多い尽くす蒸気を食い潰すような熱風がふたりを包み込んだ。


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「大分良くなったじゃないですか!先輩!」

「…まさか本当にコレやるなんてね」

 後方で天音が弾んだ声を上げると鹿子が砕いた大岩の破片を眺めながら汗を拭った。

「この調子ならこの戦術、すぐにでも実践投入できますよ!」

「うん。でもなんかしっくりこないんだよなぁ」

「大丈夫ですって!先輩とっても可愛いし似合ってますよ!」

「…それってどういう意味。まぁ現状これしかないし、とにかくこの形を磨くわよ。天音、次の岩はどこ?」

「あっ、この辺の大岩全部、私たちで潰しちゃいました!テヘッ」

「ったくしょうがないわね。後でイレーサー使うの忘れないでよ。地形が変わってる事がバレちゃうと今後私たちが行動しづらくなる」

 狩場を変え、キャンプを張った河川敷に戻るふたり。するとそこには見慣れた人影があった。

「待って」

 鹿子が天音を呼び止めて耳打ちをした。

「特訓の成果を見せてやろう」

 そう言うとふたりは含み笑いを堪えて雑木林の反対側に周った。


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「ほらぁああ!どうだ!キョータ!これが本場のアウフグースだぁぁ!!」

「うぉおおお!すげー暑さだぜ!軽石のおっさん!」

「おっさん呼びは止めろー!この部屋ではマイスターと呼べ!」

 常軌を逸した蒸気にまみれたサウナルームでキョータの前に立った軽石が顔を紅潮させてタオルを仰いでいる。これは一般的にアウフグースと呼ばれるプレイでマイスターがロウリュを行い、タオルなどを振り回して蒸気を室内に広げ、入浴客を仰いで発汗させるのが目的とされている。

「だー、疲れた!ちょっと休憩ね」

 3頭身のちんちくりんサウナおじさんはこのプレイがひどく肩に堪えるらしく、部屋を飛び出すと勢い良く水風呂に飛び込む音が響いた。「…ちゃんと身体を洗えっての」小言を言いながらキョータはベンチに腰を掛けた。

 軽石の協力を受け、確かに熱風には耐えられるようにはなった。ただこんな事であのクトゥグアの炎が防げるだろうか?膝の上で肘を突き、両手を組んでキョータは考え込む。もっと実践的な訓練が必要だ。

「おー、ファートさんやってるー?アレ、そこのボウヤは…新入りかい?」

 ドアが開き、軽い口調の男がサウナルームに入ってくる。その声に気付いてキョータは思わずその場を立ち上がる。今の新入りかと尋ねた言動、そしてこの部屋に入って来られるという事は彼もまたなんかしらの能力キーを持つ英雄のひとりであることが想像された。

「ほー、見たところまだ未成年じゃん。英雄側はそこまで人手不足だとは聞いては無かったけどね」

 キョータは腰にタオルの巻かれたその男の身体をじっと眺めた。長身に鍛え上げられた筋肉。全身いたる箇所につけられた古い切り傷を見てかなりの猛者であることが伺える。

「オレの名はナイル倉敷。九州を拠点に活動するチャチな双剣使いさ。同業者だ、仲良くやろうぜ」

 どかっとキョータの隣に座ったその男は髭面の奥にニヒルな笑みを浮かべながら友好の証しとして拳を突き出した。すると部屋の壁に設置された時計の秒針が頂点に周り部屋の温度が一定に保たれた。

「ハッ、食えねぇおっさんだぜ」

 キョータはナイルと拳をぶつけ合うと歯を見せて笑いながら髪を掻き上げた。

 蒸気の迷路に迷い込んだ男と男のぶつかり合い。サウナバトルの始まりだ。


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「わぁーー!まいった参った!降参だー!許してくれー!」

 鹿子のトールの一撃を受けた瓜江が棒読みの命乞いを挙げながら大げさに砂利の上を転がった。それを見て鹿子と天音が互いの能力を解除する。

「食えない奴。ガチガチにバリア張ってたジャン」

「そういうの馬鹿にされてるみたいでホント、さめるんですけど」

「いやーすまない!長らく地上で暮らしていると無意識に警戒心が生まれてしまってね…で、どうだい?課題のコンビネーションは磨けたかい?」

 気品良く立ち上がった瓜江を見て鹿子と天音が顔を見合わせて笑みを浮かべた。それを見て頭に疑問符を浮かべた瓜江に対してふたりは再び能力を具現化する。

「アンタが言う協調性なんて」

「クソ喰らえだー!」

「何!?」

 先程とは違う未体験の攻撃が瓜江の身体に直撃する。「これが…若さか…」瓜江は自身が間借りしている家賃5万5千円(管理費込み)の1DKの部屋に咲いたサボテンの花を思い出しながら清流目がけて勢い良く吹っ飛んでいった。


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 キョータとナイル倉敷がサウナバトルを始めて20分。ヒーターから噴き出す熱気とこの部屋独特の妖気が取り囲む中でキョータは自分の圧倒的不利さを嘆いていた。

 隣に座る長髪を背中で結った男は自分と比べて体格が良く、その上自分はこの部屋にずっと前から入っている。スタートはイーブンの状態ではなく、目の前の温度計は異常な数値を示している。

 さらけ出した肌は既に完全に乾きあがり、呼吸のたびに喉からはひゅうひゅうと音が鳴るようになっていた。『闘いは常に有利な状況で始まる訳じゃねえぞ坊主』。隣でナイター中継を眺めている英雄の先輩がそう背中で語っているように思えた。

 クソッ、そろそろ限界が近づいてる…!辛さから顎が上がり、キョータはナイルの顔を仰ぎ見た。

「あっつぅぅ……」

 汗だくで歪みきったナイルの表情を見てキョータはすっと顔を逸らす。落ち着け。あのおっさんはオレを動揺させようと変顔をしているに違いない。そもそもサウナの熱が体に伝わるまで人によって、体質によって各々異なる。

 こういった我慢比べをする際は細身の自分より成熟し、脂肪があるナイルの方が有利に思えた…

「じゃ、俺、先出るわ」

 そう短く言い残すとナイル倉敷は男としての矜持をかなぐり捨てる様にしてドアを開き、爽やかな笑みを残して消えていった。

「おい、ナイルさん。あんた」

「よくやった!キョータ!」

 入れ違うように手を叩きながら部屋に入って来た軽石を見てキョータは拍子抜けた表情を戻す。

「あのナイル倉敷にサウナバトルで勝つとはな。男を上げたじゃないか」

「あ、いや。あの人全然サウナ強くな…」

「この数日で培った熱への対応。挑戦者を退けた自信。もう私はキミに教えることは無い…実はキミが勝った時に捧げる曲を作っていた。聞いてくれ。ミュージックスタートゥ!」

 するとヒーターが巨大なウーファースピーカーに成り代わり、どこかで聞いたような芸人のネタ時にかかる音楽が流れ出した。

 その中でサウナ大好きおじさんは髪を掻き上げたり、キョータを指差したり、笑顔で手を振ったりしてどこからか聞こえる歓声に応えている。

「サウナよりぃ~~ふつぅにぃ~~


  岩盤浴がっ、好ぅきぃぃ!!あぁいッッツッツ!!」


「うおおおおい!!ギルティだろそりゃーー!?最後の最後に今更なんて事言いやがるんだこのおっさんー!?」

「やっぱ時代は美容効果よねー。今時サウナなんて発汗効率悪すぎるしー」

「いい歳こいたおっさんが流行りに乗っかりやがって!!もう二度とサウナ入るんじゃねーぞっ!!」


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「おー、ウリエル。待っとったで。それで、女子ふたりの修行はどうなったんや?」

「…さっきログで送った通りですよ。おー痛い。まさかあのガードを突き破るとは」

 鹿子に殴られた下腹部を押さえながら瓜江がケルビムの車内に乗り込んだ。「若い女の子ふたりがキャンプという事で百合ゆりな展開とか密かに期待していたんですけどね」

「ワイはあの娘らが突如大挙した悪魔共に身包みひんむかれるのを期待しとったわ」

「ケルビム様ー。あのコ達も仮にも教え子ですよ。さ、神戸に居るふたりを迎えに行きましょ」

 キーを差込み豪快なエンジン音を吹かすと駐車場の砂場を踏みしめて走り出すデビルバスター号。その異形さに歩道の高校生達が歓声を挙げながら回転する顔のホイールを指差す。

 有線から流れる長渕剛の曲に合わせて歌いながらハンドルを切る瓜江にケルビムが尋ねた。

「そんで、今のアイツラで勝算はどのくらいあんのや?せっかくこのケルビムが足を貸してやっとるんや。それなりの成果は上がったんやろな?」

「それは次回のお楽しみという事で。あらエンスト」

 気が抜けるような情けない音が車内に響き、マジックミラー号は某有名女優の母校の前で立ち往生を喰らうハメになった。

「本当にあの子達とリザさんの力だけで立ち向かえるでしょうか?でなければ私もあるいは…」

 車を降りた瓜江が天界に繋がる夜空を眺めながら自らの身体を抱えるようにして両腕を組んだ。


「あっ、しまった。明日バイトのシフト組んでたんだっけ。うーんどうしようかな」

 刻一刻と迫り来る再戦の予感。瓜江は今月の出勤日数を確認しながら青ざめた顔で職場に連絡すべく携帯電話を握り締めた。