Neetel Inside ニートノベル
表紙

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 ざばあああ。

 と、串刺しにされたはずのバハムートが派手な水音を立てて崩れ去る。
 グングニルで仕留めたと思ったのはバハムートが水で作った残像だったのだ。
「……ちぃ!」
 リザは舌打ちしつつ、油断なく目を光らせる。
 本体はどこだ。
 周囲を見渡すが、どこにもその姿は見当たらない。
 が、グングニルの「自動追尾」は生きている。
 リザ自身が視認しておらずとも、バハムートの濃密な魔力は隠しようがない。
 水の残像を貫いたグングニルは空中ですぐさま矛先を変え、リザの視界からは死角となっていた場所へ向け、猛烈な勢いで突進する。リザが投擲せずとも、魔力を込めるだけで動くのだ。
「ぬうぅ!」
 リザの死角から攻撃しようとしていたのを見破られ、うめき声をあげながら姿を現すバハムート。
 グングニルに貫かれまいと、咄嗟に巨大な水の槍を盾のように繰り出す。
 水の槍とグングニルが空中で激突しせめぎあい…。
 ぶくぶくと水の槍が泡立っていた。
 グングニルは魔力による超高温を発しており、水の槍は高水圧で抵抗していたが、徐々に蒸発されて小さくなっていく。
「ば、馬鹿な…!」
 必死に魔力をこめ、ドリルのように水の槍を回転させて勢いを維持しようとするが、じりじりと後退していくバハムート。
 遂に、敢え無く水の槍が崩壊、猛烈な勢いで鋭槍が迫りくる。

 ガキィィィイ!

 嫌な金属音が響き渡り、バハムートの顔の仮面が剥がれ落ちる。
 かろうじて顔を背け、直撃は避けられたが…。
「なぜだ…」
 なぜこうも自身が押されてしまうのか、バハムートは理解できないでいた。
 ボロボロと剥がれるバハムートの顔の装甲、猛々しい海竜の面。
 半分以上削げ落ちたそこにあったのは、まだ二十代と思しき格闘家のように厳めしい面構えの男で、怒りと戸惑いを露わにした表情。顔には人生が表れる。バハムートの顔つきは、いかに彼の人生において強さこそが絶対の価値観だったかを物語っていた。
「あら? どこかで見たことがあるような顔ね…?」
 リザには何となくバハムートの正体が分かったような気がした。
「……くっ。この顔を見た以上、貴様、生きては帰れんぞ」
「フン」
 リザが薄く笑う。
「貴方、思い上がりも甚だしいわね」
 その声には、心底馬鹿にしたような響きを孕んでいた。
「な…何だと!?」
「どこの凡骨だか知らないけれど、カイザーに比べれば貴方ごとき、大した強さではないわ」
「……!!」
 屈辱と怒りの余り、バハムートは目を真っ赤に充血させる。
 バハムートの強さへのプライドとこだわりは誰よりも強い。
 そこを、リザは徹底的に砕きにきていた。 



「ああああああ!」
 和宮が絶叫する。
「何よ、これぐらいで情けない男ね」
「ぜはっぜはっぜはっ……そ、そうは言うがお前なぁ」
「お前ですって? 何、その口の利き方」
「ぎゃあああああ!」
「あはは♪ おーげさ~」
 一方その頃、和宮も男としてのプライドを徹底的に砕かれようとしていた。
 結局、あれからM性感店の扉を開けた和宮は、自身の体に秘められた新たな性感帯の扉もこじ開けられていたのだった。
 ───手足を縄で拘束されていた。縛り方が巧妙だったのかもしれないが、女の縛りだと思っていつでも抜け出せるだろうと甘く見ていた。和宮が万力を込めて逃れようとしても、ギチギチに強く締め付けられた手足はびくともしない。
「……」
 和宮は虚ろな目で、絶望を深めていく……。
 この女、チヒロと出会ってから僅か数十分でのことだった。
 瓜江によって既に120分コースが予約されていて、店でもかなりの人気でテクニシャンだというチヒロ嬢が和宮にあてがわられていた。
「瓜江さんからお話は伺っていますよ」
 柔和に笑う眼鏡の店長の顔に安心し、そんな酷い女は来ないだろうと高をくくっていた。
 そうして和宮とチヒロは神戸のラブホテルの一室を訪れる。
 和宮がシャワーを終えて腰にバスタオルを巻いて出てくると、チヒロはまるで3~4日分ぐらいの荷物が入っていそうな旅行用キャリーケースを開け、中のブツを床に広げていた。ぎっしりと詰まっていた大人の玩具の数々。和宮には何に使うのか到底思い当たらなかったが、ガスマスク(スカトロプレイ用である)まで入っている。軍人かこの女。巨大な浣腸器や、針、外科手術の場面で出てきそうな鈍い銀色の輝きを帯びた鉄製の何かの器具。一体何に使うのか見当もつかないし、想像もしたくない。
「さーて、どれから遊ぼうかな?」
 まるでゲームソフトを選ぶかのような調子で、M性感嬢のチヒロは明るく言った。
「……!」
 何だこの女は。
 和宮にはチヒロが何を考えているのかまったく分からず、混乱した。




「うおおおお!」
 バハムートが水の刃を手にリザへ切りかかる。
 グングニルを操るばかりで、遠・中距離戦を得意とするリザを倒すには、近接戦闘が適していると考えたのだ。
 だが、リザは右手にグングニルを、左手にアイギスの楯を持って普通に近接戦闘をしても強かった。
 バハムートの攻撃は全て防がれるか、かわされる。
 逆に、リザのグングニルがバハムートの装甲を貫こうと繰り出され、バハムートは致命傷こそ避けられたものの、何度も危うい目に遭っていた。
「ぐうっ……!」
 むしろ近接戦闘の方が危険だ。バハムートはたまらず退いた。
「はぁっ……はぁっ……」
 息を切らせるバハムートに対し、リザはまったく息も乱れていない。
「準悪魔も非正規英雄も、思いの強さこそが魔力の質を決める」
 グングニルを手に、リザが冷たい目を向けながら言い放つ。
「戦いの経験、与えられたアーティファクトの巡り合わせと相性、そういうものも強さの一部だけど、すべてではない。決め手となるのは…」
 リザがグングニルを投擲しようと魔力を込める。
「揺るぎない信念よ!」
 死。
 眼前に迫りくるグングニルに、バハムートの人間の顔が額に汗を噴き出す。
 何だこの女は。
 バハムートにはリザが何を考えているのかまったく分からず、混乱した。



 ぶいいいん
 チヒロが剣のように手にしたのは、電動式でグネグネと振動するディルド。
 男性器を模したそれの先端をぺろりとチヒロは舐める。
「……っ」
 和宮はたじろぎ、息を呑む。
「まず緊張をほぐしてあげるね♪」
 チヒロによって瞬く間に拘束された後、和宮は四つん這いにされる。
 尻穴と大事な二つのキャノンボールが丸見えとなっていた。
「……お、おい! 何て恰好させるんだ!」
 和宮の抗議を聞き流し、柔らかな手が尻穴の周囲をなぞってくる。ペニスやアナル内部などの直接性感帯ではなく、耳、首筋、腋の下、尻穴の周囲、太もも…といった副次的に感じる間接性感帯をフェザータッチといって羽根のような手つきで責めてくるのであった。
「くぅ~~~ひぃっ」
 感じすぎて、思わず情けない声が漏れる。
 チヒロの指が和宮の尻穴を優しくほぐしていた。排泄しか知らない和宮の尻穴は、まるで別の生物かのようにひくひくと蠢くのだった。
「何だこれは……し、知らない。こんなのは知らないぞ!」
 未知の快楽に、和宮は徐々に心のタガが外れかかっていく…。
「!…ぐあぁああ!」
 そして突如、和宮は猛烈な異物感を覚えて絶叫した。
 チヒロの指先が和宮の尻穴に挿入されていた。
「あら、結構呑み込みが早い…?」
 チヒロが愉快そうに呟いた。
 数十分後、指から小さなローター、そして太いディルドまで。
 和宮は徐々にステップアップし、アナル開発を進めていった。
「もう……もう……」
 息も絶え絶えになり、和宮は許しを請う。
 こんな姿、誰かに見られたら恥ずかしさの余り死んでしまう。
 そう思った矢先、ラブホテルの部屋の扉から、ガチャリと音がした。



「おのれぇ!」
 完全に頭に血が上ったバハムートは、むやみやたらに水の刃を放った。無数に生み出された水の刃は、荒ぶる彼の心中を表すかのように猛烈な勢いで建物を破壊していく。砂埃や砂塵が舞い、それらに紛れて水の刃がリザを切り刻もうと襲い来る。
 しかし、アイギスの楯はそれでも難なく受け止めてしまう。頭に血が上った攻撃など、隙の無い強さを持つリザに通用するはずがない。
「無駄よ」
 リザは冷たく呟くと、アイギスの楯の魔力を発動する。
 猛烈な水の波動が、バハムートを襲った。
 アイギスの楯の中心には水晶体でできたコアがあり、それにバハムートが繰り出した水の刃のエネルギーがこめられており、それを利用して攻撃することができるのだ。
「!」
 咄嗟のことでかわしきれないバハムートは腕を十字に交差させ、自身の魔力に耐えようとする。
 が、水の刃がバハムートを切り刻むことはなかった。
 突如として突風が吹き荒れ、風のバリアーがバハムートを守ったのだった。
「この力は…!」
「ほっほっほっ、こんなところで死なれては困るからな」
「ハスターか! 余計な真似を」
 青白い、頭蓋骨を思わせる角ばった仮面。黄色の古ぼけた布がふわりと舞い降りる。
 『黄衣』の二つ名で知られ、バハムートの部下であり、準悪魔で最古参の大物。
 ほっそりとした体つきだが、幽鬼のような不気味な存在感を放っていた。
「二人がかりか……」
 更に、声だけだがカイザーもどこかに潜んでいるやもしれない。
 これは厳しくなるかもしれない。
 リザは腰の剣帯にかけたジークフリードの柄に手をやる。
 この大剣にかけて、負けるわけにはいかない。




「あははは♪ たーのしー!」
「くすくすくす、お兄さんみっともなーい♪」
 チヒロの声に呼応して、マオが愉快そうに笑い声をあげる。
 部屋に乱入してきたのはチヒロと同じ店に属しているマオ嬢であった。
 和宮はすっかり忘れていたが、瓜江は「120分の複数プレイ」を予約していたのだ。
 どうも最初からの3Pという訳ではなく、途中から乱入してきた別の嬢にみっともない姿を嘲笑われるというプレイだった。何とも高度な羞恥責めであり、徐々に熱を高められたところ、更に燃料を投下されるかのごとしだ。和宮の羞恥心はますます燃え上がる。
 二人がかりとなった嬢の手管に、和宮はすっかり体中が蕩けるようだった。
(こ……これを克服した先に、クトゥルフの触手責めにも耐えられるような対応力が身につくというのか……?)
 それは定かではなかったが。
 和宮としては、ここが踏ん張りどころだと自分に言い聞かせるしかなかった。
 腰の一物にかけて、負けるわけにはいかない。
  



「ここは引くのじゃ、バハムートよ」
「うるさい! うるさい! うるさい! こんなところでこの蒼海の覇王が引けるものか!」
「若いのぅ。儂が手助けせねば、今ので死んでおったというのに」
「……貴様まで私を愚弄するのか。発言には気を付けろ、殺すぞ」
「ほっほっほっ、お主ごときに儂を殺せるのか? この黄衣の帝王を」
「……!」
 今まで格下と思っていたハスターの上から目線の物言いに、頭に血が上っていたバハムートも一周回って冷静さを取り戻す。目の前の老獪な悪魔が何を考えているのか測りかね、まじまじと目を見開いた。
「のぅ、馬場夢人ばば・むとよ」
「本名で呼ぶな!」
「まぁ、良いではないか…別に隠すこともあるまい。お主はあの馬場コーポレーションの代表取締役社長じゃ。堂々としておればよい」
「私を社長と敬うのなら、なぜ今更、歯向かうようなことを言う?」
「ちっちっちっ」
 指を振り、ハスターは口を尖らせた。
「確かに儂も馬場コーポレーションの取締役専務であり、人間としての立場はお主の部下にあたる。もっとも、儂が本当に仕えていたのは先の戦いで戦死したお主の父親、先代社長じゃがな。二代目のボンボンには形だけよ」
「……っ」
「過激派に属する準悪魔どもも大半が馬場コーポレーションの社員や系列会社のバイトどもじゃ。が、勤務時間外でまで皆がお主の部下になった訳では無いぞ? 悪魔としての立場を言えば、お主が他の有象無象の悪魔どもと違い、明確に天使どもをブチ殺す意思があるからこそ、儂や他の者どもはお主に賛同してついていっているにすぎん。社長方針に賛同しているという者も少なからずおるが、リベルスのような連中もいたじゃろう」
「ふん、あのような雑魚どもなど…」
「リベルスを率いておった者の中に、黒崎という者がおったが」
「ああ……? 何が言いたい」
「そいつは儂のたった一人の息子だったんじゃがな」
「……」
「マーリンの奴めにあっさりと殺されよった。だのに、お主はカイザーの口車に乗って、そこの非正規英雄を殺してマーリンとも手を結ぶという。ほっほっほっ、愚かな二代目にはもうついてゆけん」
「何だと…!」
 つまりはそういうことだった。
 準悪魔の過激派集団を率いているバハムートは、馬場コーポレーションという一大コンツェルンの社長であり、その権勢を持って過激派のトップに君臨していたのだ。ハスターなどは人間としても悪魔としてもそうやってバハムートに仕えていた。
 ハスターの息子の黒崎は、その中でも「手段を選ばない」過激派中の過激派的な考えを持っていた。ために、裏切った非正規英雄をも取り込んで戦力にしようとリベルスという組織を作る。保守的な過激派悪魔にはそれが気に入られず、リベルスは過激派と分裂して独自の動きを見せるようになる。
 ハスターは息子と話し合いをしようとしていたが、反抗期の息子は一向に言うことを聞かない。ために表向きはリベルスを嫌っていた。だが、心の奥底では常に息子を案じていた。
 それなのに……あっさりとマーリンに殺されてしまった。
 許せなかった。マーリンを今すぐブチ殺してしまいたかった。
「はっきりと言おう。儂は穏健派のクソどもと手を結ぶのは反対だ。お主が目の前の強者との戦いを優先する余り、マーリンとも手を結ぶというのなら、儂はお主もマーリンもまとめてブチ殺してやる。そのうえで、この帝王が準悪魔どもを統べてみせよう」
 ハスターが決定的な宣告をくだす。本気であった。




「おごおおおおおお!!!」
 和宮は本気イキを、何度も何度も絶頂に達していた。
 射精はしていない。していないが、脳内で何度も絶頂に達し、尽きることが無い。
 これがいわゆるドライオーガズムというやつだった。
 射精すれば体力を消耗し、二十代とはいえ十代に比べれば精力の落ちた和宮では、三回ほど射精すればもう限界に達するところだ。ところが、ドライだと何度も達することができるため終わりが無いのだ。
「かぁっ……はぁっ……」
 イキすぎて体が痙攣して止まらない。絶叫しすぎて喉が枯れている。
「じゃあもう一度ね♪」
 チヒロが絶望的な宣告をくだす。本気であった。




「……分かった。ここは引こう」
「ほぉ? 分かってくれたのか」
「私にも組織の長、社長としての務めもある。個人的な感情を優先すべきではなかった。今まで好き勝手してしまい、許してほしい、ハスター」
「分かればよろしい。では帰りますぞ。我が社へ。ちょうど、ニャルラトホテプ嬢がお菓子作りに挑戦していて、美味しいパイを焼いたとか言っておりましたし」
「あいつのゲテモノ料理がまともであった試しがあるのか」
「ほっほっほっ、何を言っておるのじゃ。罰ゲームでお主が引き受けて食べるのじゃよ?」
「なっ……!」
 バハムートが抗議の声をあげるが、その時、巨大な風のバリアーがバハムートとハスターを包み込む。
 それが消え去ると、一瞬にして彼ら自身も消え去ってしまっていた。
「……フン、あいつらには用は無いから別にいいけど」
 残されたリザは溜息をつく。
 カイザーの気配も微塵も感じられなかった。
「ひとまず、私も帰るとしましょうか……」
 リザは久方ぶりにデビルバスター号へ戻ることにした。





「ありがとうございましたー♪」
「また来てね、おにーさん!」
 チヒロとマオの明るい声に見送られ、和宮はふらふらになりながらラブホテルから出てきた。
「これで……何かが得られたというのか……?」
 それは定かではなかった。
 しかし。
「はっ……!」
 和宮は気づいてしまった。
 今まで見えていた世界の風景が、まったく違ってしまっていたことに。
「何で……何で童貞を捨てた時のような気持になってんだ俺はぁあああ!!!!!」
 和宮は絶叫するしかなかった。

 パッパラッパッパー♪

 なんとなく、瓜江がにやにや笑いながらラッパを吹いた気がした。
 和宮はスキル「ドライオーガズム」を身に着けた!

       

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Neetsha