Neetel Inside ニートノベル
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 和宮にはM性感、キョータにはサウナ…!
 二人に過酷な試練を与えた瓜江は、すぐさま埼玉県に戻ってきていた。
 せっかく神戸に行ったのにとんぼ返りとは実にもったいない。
 ハーバーランドで恋人たちを冷やかし、南京町で絶品中華に舌鼓を打ち、山口組を見学してから灘の酒を味わい、福原ソープで人間的なパトスと快楽に溺れたかった。
 だが元天使としての矜持がそうはさせなかった。
 週5パート(週4に減らされたが)の財力では新幹線の往復運賃も痛い出費である。
 果たしてケルビムはこれを経費として認めてくれるのだろうか? そんな疑念も頭をよぎったが、今はとにかくケルビムのご機嫌を取っておいて765年間続いた人間界エンジョイライフを継続させるのが先決であった。
「さぁて、次は君たちへ与える試練についてだが…」
 鹿子と天音を前に、瓜江はきざったらしく髪をかきあげる。
「君たちに足らないもの、わっかるっかな~~?」
 と、NHK教育番組のお兄さんが幼児に語り掛けてくるようなノリで問いかけてくる。
(うぜぇ……)
 瓜江の凄さは鹿子たちも十分理解していたので心の中で毒づくだけで大人しくしているが、他の凡百の男どもなら即座に話も聞かずにぶん殴っているところだ。
「答えられないようだから教えてあげよう。それは……協調性だ!」

 ドーン!ガラガラガララ!

 瓜江のバックに雷鳴が轟く効果音のエフェクトが入った(勿論そのエフェクトは瓜江お手製のボードだ)
「これは、準悪魔を倒した者が報酬を総取りするという、非正規英雄の報酬システムのためもあるだろうが…君たちは互いに協力して戦うということを知らなすぎる。そして君たちは雑魚の準悪魔を少々倒してきたからといって強いわけではない。いや、はっきり言おう。君たちは弱い!」
「な、なにを…!」
「聞けぇ!」
 鹿子と天音は抗弁しようとするが、瓜江はそれを制して続ける。コーチ風サングラスが黒光りしていた。
「……だがそう! 君たちには素質がある。君たち一人一人では単なる「火」だが、これを二つ合わせれば…そう、「炎」となる! 炎となった君たちは…無敵だ!」
 熱血スポ根アニメのコーチになりきってどこかで聞いたような言い回し。余りに演技がかっていて、真面目に言っているようには思えない。ただ瓜江は一人で悦に入っている様子である。
(どうする…?)
(バカバカしいけど、とりあえず言うこと聞いておこうか…?)
 鹿子と天音は顔を見合わせ、大きく溜息をつく。





 その日のうちに、瓜江はレンタカーを調達してきて、鹿子と天音を乗せて埼玉県の郊外へ向かった。
「デビルバスター号が使えたら良かったのだが、あの探偵事務所にいつリザが帰ってくるか分からないからね。ケルビム先輩とデビルバスター号は一心同体だから離れられないし…」
「そういえばリザは出て行ったきりだわ。どこに行ったか心当たりないの?」
 リザは「ここで待っているように」と言ったきり、探偵事務所から飛び出して帰ってきていない。
 あれからもう三日が経つというのに連絡の一つもなかった。
「彼女は色々と因縁のある相手がいる。天使側のためというより、彼女個人の目的のために悪魔と戦っているに過ぎないからね…。まぁ、でも彼女の強さなら大丈夫さ」
(装甲三柱の誰かとぶつからない限りは……)
 現在、この埼玉県、いや日本において、天使側は圧倒的に不利な状況にある。
 世界中に散らばる非正規英雄と準悪魔、それぞれの戦力は各地で拮抗しており、どちらが有利ということもない。ただこの日本の埼玉県にはなぜか準悪魔の最大戦力たる装甲三柱が集結しており、その部下の四大幹部までいる。これに対抗しようと急ごしらえで集められたのがデビルバスターだった。しかし、日本の一地方にいる非正規英雄だけでは、準悪魔最大戦力に対抗するにはやはり心もとない。
 非正規英雄の指揮官ケルビムも上位天使の魔力をすべて使うことはできないし、非正規英雄と準悪魔の争い(つまり人間同士の争い)に天使が直接介入することは天界のルールとしてできない。
 天使を辞めた瓜江なら介入はできるが、彼の魔力は力天使だった頃の十分の一程度しかなく、それでは並みの準悪魔なら倒せてもハスラーやクトゥルフといった四大幹部クラスの準悪魔には勝てるかどうか怪しいというレベルだ。何より天界から報酬を貰えるあてがないので、瓜江自身が働きたくない。
 リザのように海外から新たに強力な非正規英雄を呼ぶべきかもしれないが、海外は海外で激しい争いがあるのでそうもいかない。
(リザの強さは完成されたものだ。日本だけでなく世界中見渡しても五指に入る強さ。もし敵に回せば僕ですら危うい。最も頼りになる非正規英雄なのは確かだ。しかし、いくらその彼女でも一人では装甲三柱のすべてを倒すのは無理だろう。やはり彼らを早急に育成しなければ──)
 それから瓜江は普段の軽口を言うこともなく、車のハンドルを握ったまま黙々と運転を続けた。軽薄そうに見えて、実は冷静にこの戦争を分析してはいるのだ。すべては人間界のエンジョイライフを継続するためだったが。
 とっぷりと。あたりはいつの間にか夜になり、車のヘッドライトを点灯して進んでいたが、街灯も全くないようなおどろおどろしい山奥に入っていた。
「ちょっと…どこまで行くのよ?」
「ふふ、そろそろ着くよ」
 着いたのは埼玉県秩父市のとある山奥、コンビニもスーパーも国道も遠く離れた廃集落。
 ホラーゲームに出てきそうな雰囲気の、陸の孤島ともいうべきところだった。






「信じられない! こんな…水も電気もガスも通ってないようなところで…」
「あー最悪ね。シャワーも浴びられないだろうし、これじゃ汚ギャルになっちゃうよ…」
 鹿子と天音はぶつくさ不平を漏らす。
 瓜江から与えられたのは一週間分の食料と寝袋だけだった。
「───ここで君たちはバレエの特訓をしてもらう」
「バレエ…!?」
「そうだ。天音、君はバレエ経験者だったよな? 鹿子にバレエのやり方を教えてやるんだ」
「何でまたバレエなのよ」
「コンビネーションを磨くためさ」
「コンビネーション!?」
「そうだ。鹿子のトールハンマーと、天音のティップ・タップ。この二つは相性がいいと思う。二人で合体技でも編み出せば悪魔との戦いも有利になるだろう。そのためのコンビネーションを磨くのに、バレエのペアとなって息を合わせるのさ」
「理屈は分かったけど……でも何でこんな山奥の廃集落でやらなくちゃいけないのよ!?」
「修行に集中させるためさ。都合よく精神と時の部屋みたいなものはない。コンビニもスーパーも無いような陸の孤島なら、他にやることもない。修行せざるを得ないだろうからね」
 それだけ言い残し、無情にも瓜江は車を走らせて立ち去って行ったのだった。
 鹿子と天音は誰もいない廃集落に取り残されることとなる。
「……バレエの練習かぁ」
 天音は溜息をついた。確かに少しだけ経験がある。だがプロのバレエダンサーを目指すことはしなかった。かつて諦めてしまった夢の道。それを今更になって、仕事のためとはいえやるのは気が進まない。
「仕方ない。鹿子センパイ、やりましょうか?」
「ぶ~~。バレエなんてお上品なお遊戯、あたしのガラじゃないんだけどなー」
「……」
 すうっと天音の目が座った。
 お遊戯と言い放った鹿子の言い草が気に入らなかった。
 確かに一度は挫折した夢の道だが、バレエ経験は天音にとって神聖なものなのだ。
「鹿子センパイなら楽勝でしょう。じっくりバレエの楽しさを体に覚えてもらいますよぉ~」
 天音の声のトーンは楽しげだが、目はまったく笑っていない。
「えっと…」
 鹿子は青ざめる。だが今更吐いた言葉を飲み込むことはできない。
 天音の逆鱗が尋常でなかったことを、鹿子はすぐに思い知ることになる。
 




 一方その頃。
 埼玉県春日部市にあるとある廃病院。約240余りの病床とそれなりの規模を持つ。にも関わらず、かつて患者に対する不適切な治療や不当な拘束・入院措置が発覚し、保険医療機関の指定が取り消され、何十年か前に保険医療機関の指定が取り消され、廃病院となった。オカルトマニアからは心霊スポットにもなっているような、いわくつきの場所…。だがそうしたオカルトな噂話も、準悪魔がねぐらにしているとすれば合点がいく。

 じゃり、じゃり、じゃり。

 砕けたガラスが廊下に散乱しており、それを踏みしめる足音だけが響きわたる。
「……」
 リザは無言で廃病院の廊下を歩いていた。
 手には必中の鋭槍グングニル、不屈の円楯アイギス。
 油断なく周囲の気配を探りながら、リザは緊張感を高めていた。
 やつを追いかけ、ここまで辿り着いた。
 あの気配は、あの魔力は。
 今度こそ仕留めてみせる。
 自然とグングニルを握る手に力がこもる。
「……!」
 その時、強烈なプレッシャーがリザを襲った。
 あの部屋からだ。
 リザは目当ての仇が近いと思い、自然と口端に笑みがこぼれるのを抑えきれなかった。
 何日も何十日も獲物を求めて彷徨う狩人のように。
 視線は冷静に、心中は情熱的に。
 身を躍らせ、リザはその部屋に飛び込んだ!

「……待っていたぞ」
 地獄の底から這い出てきたような低い声。
 だがその声は、リザが追い求めていた仇のものではなかった。
「我が名はバハムート。貴様がリザか?」
 青光りする板金鎧に身を包み、時代遅れの中世の騎士のような恰好をした悪魔がそこにいた。カイザーと同様の強烈なプレッシャーを放ち、カイザークラスの力量を持つ悪魔・蒼海の覇者とも呼ばれる装甲竜鬼バハムート。
「ふふふ、良くぞここまで来た。だが貴様の命はこの私が──」
 だがリザには、やつでなければ、誰が相手だろうが関係が無い。いや興味が無い。
 バハムートの口上などろくに聞かず、リザはいきなりグングニルを投げつけた。
「ぬぅ! 悪魔の話は最後まで聞くものだぞ!」
 バハムートは水でできた大剣を振りかざし、辛うじてリザのグングニルを弾き飛ばした。
 しかしグングニルは一度弾かれても、すぐさま再びバハムートへ猛烈な勢いで突進してくる。自動追尾の必中の槍である。
「カイザーは!」
 リザはグングニルを操作しながら、苛烈な表情で叫ぶ。
「カイザーはどこにいるッ!」
「貴様……!」
 バハムートはくわっと瞠目し、口角に泡を吹かせて叫ぶ。
「おい貴様! 貴様の目の前にいるのは最強の準悪魔たるこの私バハムートだぞ。他の者のことなどを気にしている場合か!?」
 いたくプライドを傷つけられたバハムートは水の刃を操り、リザへ解き放つ。
 しかし、リザはアイギスの楯でその刃をすべて受け止めてものともしない。
「お前などに用はない」
 リザが跳躍する。
「!」
 バハムートは驚愕した。カイザーに聞いていたところによれば、リザがグングニルを操作している間、彼女は防御力を完全に失う。一般人と変わらない身体能力になるというのだ。だがリザは構わず、バハムートの分厚い装甲をものともしないように、強烈な蹴りを繰り出してきた。
 蹴りそのものは装甲に弾かれてまったく効いていない。が、装甲をまとってかなりの重量のはずのバハムートの体が宙に浮いて後ずさりするほどの威力があった。
「ぬぅっ」
 舐めるな!とばかり、体勢を整えたバハムートはリザを水の刃で切り刻もうとする。バハムートに蹴りを入れて離れようとするリザへ、水の刃が襲い来る。
 が、リザの体に水の刃が到達するより早く、またしてもグングニルがバハムートの顔間近へ迫りくる。バハムートはリザの蹴りに面喰い、グングニルの軌道を見失っていたのだ。
 慌ててバハムートはのけ反ってグングニルを回避するが、ガシャガシャとバケツをひっくり返したような情けない音を立てて尻もちをついた。
 リザは氷の刃をアイギスの楯で防いでおり、仁王立ちしている。
 リザは冷徹なまなざしで、バハムートを見下ろしていた。
 誰かに見下ろされることなどめったにないバハムートには許しがたいことだった。
「……おのれ、おのれぇ! この私を愚弄しおって」
 怒りに身を震わせるバハムート。
「ハハハハハ!」
 と、その時だった。
 どこからともなくその哄笑が聞こえたのは。
「カイザァアアアア!!!!」
 リザが絶叫する。憎き仇の声、そうだこの魔力、これを追ってここまで来たのだ。
 だが、カイザーの姿は見えない。
「手助けしてやろうか、バハムート?」
 見えないが、カイザーの声だけが廃病院に響いていた。
「……貴様まで私を愚弄するか! リザを討つ権利は私に譲ったはずだろう!? その代わりに我が派閥は貴様に協力してやるという約束のはずだ!」
「だが、貴様に死なれては困るからな。いつでも手助けしてやってもいいんだぞ、バハムート?」
「必要ない! 引っ込んでいろ、カイザー!」
 バハムートは立ち上がり、再び氷の刃を放つ。
 が、リザはまたしてもアイギスの楯ですべてを防いでしまう。
「カイザー……こんな小物を差し向けてまで、私を殺そうというのね」
「こっ」
 バハムートが抗議の声をあげようとするが、すぐに思いとどまる。
 リザが腰の剣帯に収めている「最強の剣」ジークフリードを抜き放とうとしていたのだ。
(───相手の寿命を奪うジークフリード。あれだけには気をつけろ)
 カイザーの言っていた例の剣だ。
 バハムートはジークフリードを警戒し、リザから一定の距離を保とうとする。 
 が、その動きがあだとなる。
 ジークフリードを警戒する余り、またしてもグングニルの軌道を見失っていた。
 そして、衝撃が走る。
「……!」
 今度は地中から。
 グングニルが突き出て、バハムートの体を貫いたのであった。

       

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