目的地は大島駅近辺の賃貸アパート。同じ江東区内でアキコ宅から近いため、多少時間はかかるが移動に金を使わずに済んだ。
「ねえ、なんで人にお金を預けてるの?」アキコが尋ねてくる。
「あまり大きな声では言えないが、ある事情で俺の口座が凍結されてな。金融業者に預けれなくなったんだよ」
「なにそれ、どんだけ貧乏なんだよ」
「違う、貧乏だからじゃない。それよりほら、着いたぞ」
 アパートの外観をみたアキコが、「うわ」と声を漏らす。
「豊のアパートに負けないボロアパートだね」
「うるさいぞ」
 1階角部屋の前に立ち、扉をノックする。
「いるか?俺だ」
 そう言うと、間もなくしてドタドタと慌ただしく足音が響き、勢いよく扉が開いた。
「豊さん!」
 飛び出してきた優男、諸星和己。かつての同僚で、彼もまた、ある事情で会社を辞めており現在はフリーター生活となっている。
「久しぶりだな」
 数か月ぶりに姿を見るが、随分と髪が伸びたようだ。
「結構イケメンだね。タイプじゃないけど」アキコが囁き、俺に腕を絡めてくる。
「どうしちゃったんですか豊さん、こんな浮ついた小娘連れて。好み変わっちゃったんですか?」
「なっ、なによ、この男。好みが変わったって何よ!」
 アキコが諸星へ飛びかかりそうな程の怒りをみせるのでそれを抑える。
「悪い。諸星はこういう奴なんだよ」
「女の敵だよ」
「ふん」諸星がアキコの言葉を意に介す様子は無い。そして、俺の背後に立つみそかに気づき、急に目を見開く。
「おお、こっちの娘は素晴らしい。まさに豊さんに相応しい」
「どういう基準だ」
「なんなのよ、本当に」
「諸星はロリコンなんだよ」
「みそかと私、そんなに年齢変わらないけど」
「なんというか、容姿のタイプが違うだろ」
「別にいいけどさ」
 アキコは腑に落ちない様子で溜息をつく。そして、一段落したと思ったのか、諸星が手を叩いた。
「じゃあ、立ち話もなんですから。ちょっと待ってください」そう言って諸星は一度部屋の奥へ行き、すぐに戻って来て「中へどうぞ」と俺達を招き入れた。
 窮屈な玄関の土間に四人分の靴を無理やり並べ、中へ入る。彼の部屋は風呂なしのワンルーム四畳半で、アキコに苦学生の様だと罵られてしまいそうな間取りである。
 しかし彼女は諸星と極力距離を置きたいのだろう。彼の部屋に対して、感想の一つも述べることはなかった。
 部屋の卓袱台を四人、囲んで座る。
「さて豊さん。今日はどっちの御用件で」
 どっち、だと?余計な事を言う奴だ。
 俺は眉間にしわを寄せ合図を送ると、諸星は「すみません」と言った。
「お前に預けていた金の件だ」
「ですよね。だけど、手元にないんですよ」
「どういうことだ?返す用意ができたって言っただろ」
「盗まれたんです」
「はあ?」
「本当に」
 なんてことだ。諸星から金を受け取ってからの計画を組み立てていたのに。そして、世話になるのは今日までだと、宣言してしまったというのに。
「説明しろ」
「実は、今朝ですね。お金の隠し場所を確認しに行ったら、なかったんですよ。しっかり地面に埋めていて。確認は毎日行っていたんですけど。今朝は地面が完全に掘り起こされていて、お金が消えていたんですよ」
「なんだそれは。まさか、あいつらと関係あるのか?」
「現時点ではなんともいえません。ただ、あいつらが金の強奪なんてせこい事をするとは思えませんが」
「捜索は?」
「全力を挙げてます」
 そう言って諸星が腕を組む。
「ねえ、さっきから二人とも少しおかしいよ。話し方とか」
 アキコに指摘されて気づく。
 つい夢中になってしまった。世話になっている手前断り切れなかったが、やはり連れてくるべきではなかった。
「そうか?とにかく、なんとか回収してくれよ」
「分かりました。じゃあ、豊さん。話は変わるんですけど、実は豊さんに会わせたい人がいるんですよ」
「なんだ?」
 そう言った途端、突如、諸星の背後の襖が開く。中から現れたのは、この場で出会うことが信じられない女性だった。
「こんにちは、久しぶりですね竹ノ内さん」彼女は襖の中で正座したまま頭を下げる。
 返す言葉に困り、一先ず「ああ、久しぶり」と応える。
「誰?」アキコが俺に耳打ちする。
「宮田茜っていうんだが、俺と諸星、そして彼女も同僚なんだよ。それで彼女は諸星の恋人だったんだ」
「だった?」
「ああ、元恋人の筈だったんだが」
 俺がそう言うと、「その通り!」と諸星が声を上げる。
「今では、復縁して再び幸せの最中ですよ」
 呑気な奴だ。
 どうでもいいが、あれほど酷い別れ方をしたというのに何故復縁に至るのか。正直、裏がある気もする。
「ねえ、宮田さんだっけ?この男のどこがいいの?」アキコが尋ねる。
「カズキさんは、凄く面白い人なんですよ」相変わらずの、丁寧な口調で答える。
「そうかなあ」
「アキコ、諸星の性格は確かにアレだが、そこそこいい顔のおかげで、結構もてるんだよ」
「マジかよ」
「だけど、アレな性格が災いして、そう長続きはしない。それどころか交際が始まってから発展する事がほとんどなくて、28歳まで貞操を守ってきた男だ。もしかしたら未だ守り続けているかもしれないが」
「28歳で、未経験って。そんな奴本当にいるのかよ」アキコが汚い物を見るような目で諸星に視線を送る。
「いわば、無冠の帝王ってとこだな」
「ところで、静かな女の子ですね」突然、宮田茜が言って、みそかをじっとみつめる。
 確かに、みそかの存在を忘れる程に彼女はここまで一言も言葉を出さず、ひっそりと座っていた。
「そう?」みそかは言った。