Neetel Inside ベータマガジン
表紙

ミシュガルド聖典~致~
きらきら星/ハルドゥと食人族、そしてエッグキーパー

見開き   最大化      

 ヴィンセントが本性を現して数日が経った……
俺は孤独だった。思えば俺の人生は別離の連続だった。
妻に先立たれ、娘と生き別れ、足でまといだった筈の俺を最期に救ってくれたロベルトとも死別し……
大切なものは手に入れては失っていく……ロベルトが目の前で死んだ時、
俺はもう全てを失ってもいいと思っていた。だからこそ、俺はあのウルフバードに歯向かえたのかもしれない。

俺はあのままロベルトのために死ぬことが幸せだったのかもしれない。


動物は危険を避けようとする。生命の危機を避けたいという本能があるからだ。
むろん、子供のため、番となった異性のために命を張るという危険を冒すことは出来る。
だが、子供のためでも、異性のためでもなく、血のつながりのない誰かのために
命を張ることが出来るのは人間だけだ。

俺、ハルドゥは人間として死ぬことが出来た。

別離の連鎖から抜け出す最期としては最高だ。


だが、運命は残酷だ。

やすやすと名誉の死を運命は与えてはくれない。


俺は甘すぎた……


ロベルトとの別離の後に出会ったヴィンセントやミランダ……

2人の出会いでまた俺は得てしまった。

人の絆を得る安らぎを。

その後に必ず訪れる別離の連鎖にまた舞い戻ってしまった。



「……どうしても俺たちの一族になりたくねぇってのか?
なら、仕方ねぇ。お前の心が折れるまで あのスープを啜らせてやる。」

ヴィンセントに引きずられ、俺は再びあの藁の敷き詰められた倉庫に閉じ込められた。
彼が歩いていく音が遠くなっていくのを聞きながら、俺はふと意識を覚ます。

人肉が血になるまで砕きに砕いた人肉スープ。
何度もその中に顔を沈められれば、顔中に脂肪がへばりつく。
正直、このまま意識を失ってしまいたかったが、これも運命の残酷さか……
俺は食道をこじ開けるような異臭で思わず飲み込んだスープを吐き出した。

「げほっ!げほっ!!」

最後まで人であろうとする俺自身の心のおかげか。
胃から異臭の根源である骨や脂肪が溶け込んだスープは
俺の胃から消え去っていた。口の中からは胃酸も抜け出しただろう。
胃酸で歯がやや溶けかかっているせいか、歯がザラザラとしている。


全てを吐き終えた後で、俺に襲いかかってきたのは
強烈な喉の渇きだ。


「水が……水が欲しい」

張り付くような乾きを癒すため、俺は外へ出ることを決意した。
寝転がっていた傍には前々から腐りかけていた壁があった。
土にどこぞのアーミーキャンプからヴィンセントがくすねてきたモルタルを
混合した塗り壁だ。

露骨にヴィンセントが閉じた扉からはもちろん、窓から外へ出ようともしたが
今の俺の力では窓まで這い上がるのはちと骨だった。
俺はもろくなった壁を拳や足で何度も殴った。壊れた壁の穴を覗くと
そこはもう一つの物置小屋につながっていた。
ヴィンセントもミランダも今、俺の目に映っている物置小屋にはあまり立ち入らない。
ミランダ曰く(といってもヴィンセント伝てではあるが)
なんでも一度、ここでエッグキーパーという暗黒生物に出くわしたらしく
そのあまりの見た目の気持ち悪さに二度と入るのはゴメンだということになったらしい。
ヴィンセントも確かにあれは気持ち悪いと言っていたぐらいだ。
俺は見たことはないが、あの人肉喰らいの2人があれほど嫌悪するのだから相当なものなのだろう。
これはチャンスだ。この物置小屋に一度入って床下から這い出るという手を使えば、2人の目をかいくぐり外に出ることは
可能だ。むしろ、今となってはそれが一番近い脱出方法だろう。

だが、俺は深い後悔に襲われた。

「もし……ヴィンセントが部屋に戻ってきた時にこれを見たら……!!」

もうあの人肉スープに沈められるのはゴメンだ。

もう後には戻れない。俺は空いた壁に身体を突っ込み、身体をねじり、よじり、
物置小屋へと這い出る。


物置小屋は暗く、正直言って何も見えない。
俺が先ほどまでいた部屋の明かりを利用するという手もあるが、
正直その明かりも大したものではない。


「確か……ここにノコギリがあった筈だ。」

作戦はこうだ……
床板を壊して床下から外へと抜け出る……
確かここの床下はかなり深くなっている。そういえば、ヴィンセントが昔
この床下は洞窟っぽくなってると言っていたような気がする。
斧でぶち壊して出る手もあったが、そうなるとヴィンセントやミランダに気付かれる
危険性は否めない。

今この現状においては隠密行動が優先される。しばらく、ヴィンセントは
様子を見にこないだろう。ならば、ここは迅速な脱出よりも確実かつ隠密な脱出だ。
ほとんど手探りの中、俺は何とかノコギリを手にすることが出来た。
途中で何度か指を切ったが、そんなことはどうでもいい。

(途中で何か柔らかいものが俺の身体のいたるところに
当たったような気がする……もしかして例の……いや)

俺はひたすら思考を停止させた。
あのエッグキーパーが居る可能性は否めない。
むしろ、十中八九そうだろう。先程から気配という気配がそこらじゅうからしている。
だが、そんなことを気にしている暇はない。

俺は直ぐに意識をノコギリへと映す。
衣服の袖を引っ張り、これ以上手を斬らないように
袖越しからその形状を確認した。折りたたみナイフに酷似した形状の折込みノコのようだ。

(これで……床下を切っていけば……)

俺は足元の床板と床板との間にノコギリを差し込み、
音を立てぬようにじわじわと引いていく。
暗闇の中ではあるが、何個か切り落とされた床板が
床下へと落ちていくのを感じた。


(よし……)

暗闇の中の更に暗闇の中……俺の聴覚はおそらく黒兎人族並になっていただろう。
落ちていく床板が床下の地面につく音を確かに聞くと、
少しばかりの安堵を胸に次々と床板を切り落としていく。


(あと……もう少しで…!!)

何とか人一人が通れそうな穴が完成しようとした矢先だった。
あの部屋から扉を開ける音が聞こえる。

「ハルドゥ~? おーい!ハルドゥ~~~!
さっきはごめんなぁ~~~ お口直しにデザートだよー!」

ヴィンセントの声だ。何がデザートだ。
どうせ、いつもの人間の脳みそに砂糖をまぶしたゲテモノに決まっている。
あんなもの食えるか。戻ってきたところで口の中に乱暴に放り込まれて
むせ返る拷問が待っているに違いない。

いやいやいや、着眼点はそんなことよりも
ヴィンセントが予定よりもかなり早く戻ってきたことだ…
……最悪ではないが、かなり窮地に追い込まれたのは確実だった。

「ん?? なんだ?この穴?」

ヴィンセントの足音が近づいていく。

ハルドゥの背骨に凄まじい戦慄が走る。
まるで氷柱か、氷水で浸したスピアーを背骨の中に突き刺されたような戦慄だ。

「あの野郎……まさかこの穴から……!!」

あの部屋に隠れる場所はあまりない。
隠れられるほどの藁の山もなければ、箱も置いていない。
もし、俺があそこから逃げ出していなければ今頃、
ヴィンセントの目にはノビて倒れこんでいる俺の姿が映っているはずだ。
それが無いということは……


「ウォォァアイ!!ハルドゥウウ!!!てめェッ!!!
お義兄ちゃんを差し置いて 逃げるってのか!!
クォラぁぁああああ!! せっかく俺がデザート用意したってのによォオオ!!!」

穴に向かってあの脳みそを投げつけたのか、
脳漿が穴の隙間から俺の背後まで飛び散るのを
俺は背中に感じた。

だが、俺はもう振り返って戻るつもりもサラサラなかった。
そして、俺の傍を何かがカリカリと這い回る音を俺は聞いた。

「うごぁぁああああっ!!いぎやぁぁあああああ!」

そいつらが穴の近くに飛び散った脳漿を目当てに
這い出してきた光景がヴィンセントの目に映ったのは
確かだったようだ。あの人食いヴィンセントがあれほどの悲鳴をあげるほどの
恐怖を抱くような何かが そいつらの姿形なのだと
俺は徐々に悟りつつある。

(考えるな……)

床板を切り落とす作業ももうそろそろ終わりそうだ。
もうすぐでこんな吐き気を催すような場所から退散できる……
俺は必死にそう自分に言い聞かせながら
作業に集中していた。

もうヴィンセントのあの反応を聞いてそいつらが何であるかを悟るのは
想像に難くない。それが不幸中の幸いか、お陰で
ヴィンセントの叫びと同時に彼が穴をぶち壊してこの部屋に雪崩込んでくる可能性は
排除できたが、あの例の……あれが傍を這い回っていることを
改めて思い知らされると生理的嫌悪感で
俺はもう泣きそうだった。

(おうちかえりてぇ……)

最後の床板が床下へと落ちていくのを聞きながら、
俺はすぐさまその場から離れたい一心で
飛び降りた。だが、なぜか飛び降りる一瞬 俺は目を開けてしまっていた。
俺が監禁されていたあの部屋から差し込んだわずかな光のお陰で
そいつらの姿形が俺の目に焼き付いてしまった。

人間の胎児らしき袋を左右に抱える3つの顔を持つ蜘蛛のような生き物……
俺はそれがあのエッグキーパーであることを理解するのは本当に容易だった。

(ぅぇ……ぃいうぅうう)

俺は嫌悪感で体中の鳥肌を立てながら、床下へと尻餅をつく。
最悪なことにまたあの柔らかい感触が俺に襲いかかってきた。
どうやら……あいつをクッションに……してしまったらしい。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

ひたすら声をあげないように
俺は口を鷲掴みにしながら、俺はわずかな光を頼りに
俺はひたすら出口を目指した。

暗闇のお陰で目が冴えてきているせいか、
途中エッグキーパーの姿が目に入りかけたが、
必死に何も見えない振りをして俺はひたすら走り続けた。
逃げる途中で足に感じるあのグニュリとする感触も
必死に脳がそれだと感じないようにひたすら遮断した。

(ふぁdycんmx、qそdsm~~~~!!!!
何か気を紛らわせるものはないか!ないか!)

その時、ふと俺の口が開いていた。

「きらき~ら ひ~か~る……よーぞーらーのほーしを……」

俺は咄嗟に歌を口ずさんでいた。口ずさみながら
その歌が赤子だった頃のわが娘ハレリアを抱き抱えていた時に
歌っていた歌だったことに気づく。

「ま~ば~た~きしては……みんなをみて~る……

き~らき~ら ひ~か~る……お~~そらの~~~ほしよぉおおお……」

この歌を口ずさんでいると何故か少しだけあの可愛い娘の寝顔が
頭に浮かんだ。だが、少しでも気を緩めると今のこの現状に発狂しそうになる。
だが、この歌を歌っているだけで不思議と前に進む勇気が湧いてくる。


俺は必死に光の方向へと走っていった。



       

表紙
Tweet

Neetsha