Neetel Inside ニートノベル
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「ただいま」
「お帰り。遅かったね……って、その子は?」

エアコンを使わずに風を通すことで涼を取りたがるのは老人の習性だろうか。
開け放した横開きの戸の向こうに、わかなの記憶している遺影より一回り老けた顔をした祖父、勝俊が座っていた。
どうやらテレビを見ていたらしく、昼過ぎのワイドショーは司会者が政治について熱く語っている様子を映している。
向こう側の窓は網戸だけ閉めて開け放たれていて、手前には扇風機が首を振っていた。

「あ、あの……お邪魔します! えっと、その……」

まず名乗らねば。
そう思ったところで問題に気付く。
こちらはどちらも『朝倉あきら』だ。
下の名前に関しては『わかな』と勝手に付けられたが、苗字だけ名乗るならともかく下の名前だけ名乗るのは不自然な気がする。
そう思ったところで、二人の間を横切って台所に向かいながら、振り返ることもなくあきらが言い放つ。

「川渕わかな。中学んときの東京のクラスメイトで、色々あって俺を頼ってここまで来ちゃったんだよね。じいちゃん、悪いけどこいつのことちょっと泊めてやってもいい?」

唐突に発せられた『川渕』という姓に、意味不明であるが助けられた。
……もしかして、『川で会ったから川渕』なんて安直な理由ではないだろうか。
そんなわかなの胸中など知らないか察するつもりもないであろうあきらの背中を見つめていたところで、勝俊が不安げな声をあげる。

「それは構わないが……ご両親にはきちんとご連絡はしてあるのかい?」
「だ、大丈夫です! 暫く友達の家に泊まるからって言ってあるので……」

我ながら、本当に嘘が下手くそだ。
そして不謹慎ながらも、生きているのがイツでなくて勝俊で良かったとすら思ってしまう。
見知った顔であるイツを前にして、平然と他人の振りができる自信なんて、無い。

じゃああ、と水の流れる音がした。
どうやらあきらはすいかを軽く洗っているらしい。
リビングの柱に掛けられた時計は3時過ぎを示していて、あきらとわかなお互いに共通した目的である『おやつのすいかを冷やしてくる』を遂行したのであれば、次はどうなるかなど簡単に解る。

「それ、一人で切れるの? 手伝おうか?」

わかなに殆ど料理の経験など無いが、これだけ大きなすいかを切り分けることが大変であることは想像に難くない。
ならばせめて、泊めて貰う恩を少しずつでも返さねばと助力する旨を申し出た。
しかし。

「いらね。すいかなんて散々切ってるし、それよりそろそろチビ達が来るだろうから、とりあえずそこの棚から適当なでかい皿と、小さい皿1枚ずつ出しといて」
「わ、分かった……」

すいかに関しては助力は要らない、と言われてしまう。
その言葉は本当だったようで、慣れた手つきで台所の棚から包丁を取り出すと、すいかの表面に刃を押し付けるように当て、ざくり、と勢いのある音を立てて真っ二つに切ってしまった。
あとは指示された通り、大きな皿と小さな皿を一枚ずつ探すとあきらの隣に立ち、これで良いかと尋ねる。
返事はというと、こちらを向きもせずに「ん」と呟くだけであり、本当に解っているのか? 見ているのか? と言い返したくなったが、それでこちらが困るわけではないと思ってやめることにした。

そうこうして、すいかはあっという間に切り分けられる。
あきらはわかなの持ってきた皿に三角の形に切られたすいかを2切れ乗せると、リビングを出ていく。
わかなは彼の動向が気になって、静かに後を追った。

あきらの指示した『小さい皿』は、どうやら仏壇、つまりイツ用らしい。
イツの遺影と位牌が置かれた仏壇の盆棚の上に置き、座布団に腰を降ろして綺麗に正座し鈴(りん)を軽く2回叩くと、手を合わせて目を閉じる。
ぶっきらぼうに見えて、あきらはあきらなりにイツへの愛情があるのだろうな、と思う事にした。
そうでなければ、自分や勝俊の分より先にイツに供えになど行かないだろう。

       

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