Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      



 アモンに連れられ、彼のゲルへと向かった。
 アモンは頭をがりがりと面倒臭そうに掻いている。
 その様子に「父に言われたからしょうがなく」感がとても出ていた。私も少し前は同じ悩みを抱えていたから良く分かるぞ。
 しかし、この私が妻になるというのに不服だというのか。失礼なやつだ。
「……座れ」
 ゲルの中で、フェルトを敷き詰めた床に直接アモンはあぐらをかいて座った。
 座れだって? 椅子もない地べたにか?
 ベルゴードではみんな椅子に座っているのだが…床に座る文化なのか?
 いや、待てよ。そういえば確かボルドゥだけは椅子に座っていたな。
 ということは椅子でさえ高価な代物であり、アモンは持っていないだけということか。
 私が固まっていると、アモンが立ち上がったり座ったりの動作を繰り返す。
 言葉の意味が分かっていないと思われたらしい。
 私は苦笑して床に座った。
 ベルゴードの第三王女ともあろう者が、フェルト越しだが地べたに座ることになるとはな。
「ほう…? このフェルトの座り心地、悪くないではないか」
 と褒めてやるが、アモンは首を振っている。
 私の方はフォーグル族の言葉が多少分かるが、彼はまったくベルゴードの言葉が分からないようだ。
 これから共に暮らすというのにこれは不便なことだ。
 あのホルホイに通訳を毎回頼む訳にもいかないだろうし……早めにアモンにベルゴードの言葉を覚えてもらうしかないな。
 座っているアモンと向かい合わせになり、私はじっと彼を見つめた。
 見れば見るほど私好みの顔をしている。浅黒い肌に、整った顔立ちに、細いが引き締まった体つき。黒い髪の毛や瞳はとてもエキゾチックだし、フォーグル族の他の男どもがむさ苦しく厳めしいだけのような印象だったが、このアモンは涼やかというか爽やかというか。うん、白馬の王子様ではないが葦毛の王子様と言えなくもない。
「よろしくな、私の王子様」
 笑みを浮かべてそう話すが、やはりアモンは言葉の意味が分からず首を捻っている。
 ただ、私が笑みを浮かべて楽し気にしているので、ニュアンスは伝わっただろう。
 それから私たちは、互いの名前を呼びあったり、干し肉を食べたり、楽しい時間を過ごした。干し肉の味は塩辛いだけだが案外悪くはない。私もそこまで食べ物にこだわりがあるわけではないし、狩りでとってきた獲物を自分で料理することだってあった。妻となったのだから料理ももっと覚えないとな。そう考えるとちょっとわくわくしてくるのだった。ベルゴードの王女として周りにちやほやされるだけの生活より、自分で考えて生きていくことの方が、よっぽど自由で人間らしいじゃないか。
 ああ、ただ手足を縛る鎖がまだ外れていない。
 これは奴隷みたいだし邪魔だ。
 早く外して欲しいのものだ…。
 その後、アモンは弓と矢の手入れをしていた。
 私たちベルゴードの遊牧民が使う弓矢よりも少し短い。恐らく馬に乗ったまま射撃するのに適しているのだろう。射程も短そうだが使いまわしは良さそうだ。私も弓が好きなのでまじまじと見させてもらったが、アモンは触らせてはくれなかった。そもそも捕虜の身だし、まだ信用されていないのだろう。
 ゲルの中央にある薪ストーブがぱちぱちと薪を燃やす音だけが響いていた。この薪ストーブというのも初めて見るもので目新しい。草原の夜はかなり冷えるようで、薪ストーブの暖は非常にありがたかった。
 いつの間にか、私はこっくりこっくりと舟をこいでいた。
「寝るか?」
 アモンがそういった。
 ゲルの中には寝台があるが、一つだけだ。
 男女が一緒に寝るということは、つまりそういうことか…。
「いいだろう。私を失望させるなよ」
 私は、アモンに覆いかぶさり、彼に口づけをした。


       

表紙
Tweet

Neetsha