Neetel Inside 文芸新都
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 その日、生徒会室には福原と一緒に顔を出した。同じクラスだし、それはよくあることだ。うちのクラスにはもう一人女子の生徒会役員がいるのだが、それは前にも言った数合わせで配属しているような人なので、生徒会室で顔を見たこともない。
 生徒会室の中にいたのは、一年生が数人と二年生が一人。三年生である会長の姿は見えなかった。
「あれー、会長いねーの?」
 福原の上げた声にはっとする。思わず目で探していたこと、いないと分かった時に少しがっかりしたこと、そんなどうでもいいことを責められたような気持ちになった。いかん、これじゃあまるで被害妄想だ……。
「あ、はい。さっきちょっと顔出して、今日は遅くなるっておっしゃってましたよ」
「マジで、じゃあちょっとみんな集まって。少し話があるんだけどさ」
 そういうと福原は今いるメンバーを集めて、昼休みに話していた会長の送別会の話を始めた。
 やはりというべきか、反対するものなどいなかったようで、段取りは順調に進んでいるようだ。
 そもそも、この時期に三年生の生徒会長がまだ仕事をしているのが不自然なのだ。普通三年生は、受験のために夏休み前に引継ぎの大体を済ませ、引退していく。それがどういうわけか、織原姿子は次の会長選まではと、未だに生徒会室でその敏腕を振るっているのである。
 例年であればこの文化祭は、今まで引っ張ってくれていた三年生不在で行わなければいけない最初の行事として、新生徒会の登竜門とも言うべき行事なのだが、そういう意味で僕たちはだいぶ楽をしていた。
 会長に感謝こそすれ、不満を持っている人など生徒会には誰もいないのである。
「んじゃ、とりあえず今いない人には後で適当に言っておいて」
「はーい」
「分かりました」
「それから、この事はくれぐれも会長には内緒にしとけよー。こういうのはサプライズだから面白いんだからな!」
「分かってますよー」
 送別会の打ち合わせが終わると、各々が仕事に戻る。二週間前とまだ余裕があるとはいえ、今は文化祭の前で忙しい時期だ。書類の不備を言いに各団体へ赴くもの、僕のように書類をまとめるもの、福原のようなまとめ役は各団体へ出し物の準備の進行状況を確認しに、学校中を回らなければならない時もある。
 バタバタした設営や放送、プリントの印刷など、実際に施設へ足を運ばなければならない仕事の多い直前に備えて、少しでも書類仕事を減らさなければならない時期なのだ。
「みんな、お疲れ様。遅くなって悪いわね」
 会長が生徒会室に来たのは、そろそろ空が赤くなり始めようという頃だった。ちょうど福原は席を外しているようで、僕は彼の不幸さに手を合わせておいた。
「どうしたの、高崎君? 神妙な顔して」
「いえ、別に」
「今日は仕事、どのぐらいまで進んだ?」
「施設使用届けの方は締め切りもまだなんで、やっぱりできることは限られちゃいますね。例年みたいに途中で頓挫するグループが無いかどうか今日も福原が見に行ってくれてますけど、怪しいのがいくつかあるんでそれはこっちにまとめておきました」
 クリップ止めしたプリントの束を会長に手渡す。
「ありがと、じゃあこっちは私が確認しておくね」
 それだけ言うと、会長は手にしたプリントに目を落としながら会長席に戻っていった。
 ため息を一つ吐き出す。今日の会話は多分これで終わりだろう。
 結局は自分から何かしない限り何も変わらない。そんな事は分かってる。でも何もすることができないのは、これが憧れだからだ。手の届かない人、それを自覚している。背も低く、顔も並、取り得も特技も何も無いこんな自分では、どうしようもないと理解している。
 書記という職を選んだのは本当によかったと思う。会議などの時は記録のためにあまり発言しなくていいし、かといって軽い職でも無いから上の人と話す機会もそれなりにある。
 この微妙な距離が、『憧れ』という感情にお似合いな気がするのだ。
 視線をパソコンに集中し、触覚は指先に集中し、聞こえる音はキーボードの音だけ。そうしていれば嫌なことも考えずに済――
「なーに暗い顔して仕事してんだよ、高崎」
 ボカッ、と軽い音がして頭に重みがかかる。頭に載っていたもの――厚手のファイルだった――手で押しのけながら振り向くと、案の定福原だった。どうやら外回りから帰ってきたらしい。
「なにアホみたいな顔して人にちょっかい出してんだよ、福原」
「それがお勤めから帰ってきたダンナにすることなの? ひどいわっ!」
 ファイルで口元を隠すようにして、しなっと体を折り曲げる福原。正直気持ち悪い。
「お前……生徒会室でそんなことやってていいのかよ。本命の嫁さん候補の印象、悪くするんじゃないか?」
 失礼だとは思いながらも、他の人から分からないように軽く顎で会長の方を指す。福原は気にした風もないように堂々と会長の方を見た後、もう一回僕の頭を叩いた。
「嫁とか言うんじゃない嫁とか。あの人はそんなんじゃねーんだよ、ばーか」
「は?」
「ま、そんな勘違い君はちょっとこっち来なさい。報告するんだから」
 そう言って手にしたファイルをブンブンとうちわのように振る。
「報告ってなんだよ、外出てったのはお前だろ?」
 今日福原が外回りをしていたのは、ただ各団体の現状確認をするためだけだったはずだ。手にした大仰なファイルが必要な書類仕事自体、福原の管轄ではないはずだが……?
「アクシデントだよ、アクシデント」
「え?」
「途中で学年主任の高坂に呼び止められちまってさ。サークル届出の書類の顧問欄に、本人の許可取らずに書いたグループがあるんだってよ。一年のどっかのグループがやったの真似して、いくつかのグループがやってるらしい。こっちで確認しろってさ」
「はあぁ? マジでか? そんなの一日仕事じゃないか!」
 今までまとめた届出の書類を全部チェックし、本人に事実確認を取ったうえでまたまとめなければならない。同じ作業の焼き直しなどではない、手間は倍増なのに、なんの進展もしない作業だ。
「そうなんだよなー……。俺も流石にまいったわ。で、これ系の書類ってお前の担当だったろ。とりあえず会長に報告、んでスケジュール組み直し。手空いてるヤツ回してもらって、ぱぱっと片付けちまおうぜ」
 軽口のように言うが、福原もかなり落ち込んでいるようだ。めったにつかないため息をつくと、会長の方に歩いていった。
 僕も正直、気が重かった。会長にアクシデントの報告をするという事だけじゃない。今まで順調に行っていたはずの作業が滞るきっかけになってしまうんじゃないか。
 そんな嫌な予感が、胸の中を渦巻いていた。

       

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