第六皿目 初めて釣りに行った日の事憶えてる?自分だけボウズでブチ切れて女子トイレにイソメぶちまけて帰ったわよね

 さいたま新都心エリアでも1、2を争う高層オフィスビル。その最上階の社長室を訪問する車椅子の老人の姿があった。ガラス越しに下々の世界を眺めていた歳の若い社長がその老人を振り返ると彼は深々とお辞儀をした。

「これは、これはラ・パール会長アル・サティーヤさま。日本への長旅でさぞお疲れでしょう。こちらなどにお来さずとも今日はホテルでごゆっくりとされていたらよろしいのに」

「いやいや構わん」ラ・パールの会長と呼ばれたその男は深く眉間に刻まれた額の皺を強調するように歯抜けた笑顔を見せて笑った。南アジア特有の癖のある香水の匂いから顔をそむけるようにして彼を招いた男、馬場 雅人ばばまさとは微笑みながらその視線を再びビルの下の世界に移す。

「さっそく本題じゃが、ワシの会社が開発した仮想現実システムとやらはどうかの?」「ええ、順調に稼動しておりますよ」馬場コーポレーションCEOである雅人は振り返ると椅子を引いて座り、組んだ足に手を置いて語り始めた。

「わが社で取り入れたラ・パールのVRシステムはゲーム・映像の分野で高い功績を残しております。先日頂いた対戦型実戦体験機も“テストプレーヤー”を使って実験的に稼動させておりますが今のところ、動作に支障は生じておりません」

「ほっほっほっ」馬場社長の報告を受けてサティーヤ会長は満面の笑みを浮かべ、杖を使ってその場から歩き始めた。従者が車椅子を引くと会長は先程の雅人社長と同じように再開発が進められているさいたまの街並みを見下ろした。

「まさかワシが与えたシステムをあのように日本式にアレンジするとは思わなかったぞい。アクターバトルと言ったかね?」

「はい、その通り。日本人の文化に深く根付いている『特撮ヒーロー』の戦闘形式を用いて、いまや時代の寵児を数多く生み出しているYouTuber達にその頂点を争わせる…年末に行われる『アクターロワイヤル』に向けてそちらも準備を着々と進めている所です」

「それは結構な事じゃて」快活に笑うラ・パール会長を見て馬場コーポレーション社長の雅人が笑顔を見せて頷く。新時代に相応しい技術を手に入れて革新的なアイデアを生かせば自らもこの国の頂点を治める事は夢ではない。雅人の野心を見透かしたようにサティーヤ氏が蓄えた白髭から強い言葉を吐いた。

「じゃが、ひとり招かれざる挑戦者がいるそうじゃな」その口調を受けて雅人が呆れたように両手を挙げる。「ええ、彼には困ったものですよ」雅人がデスク上のキーボードを人差し指で叩くとそこには相手アクターを退けて勝ち名乗りを上げているインドマンの映像が再生された。

「…これでカード七枚。他のアクターと比べても圧倒的な強さを誇っています。本人が好戦的な性格ではないため積極的にカードを集めてはいないようですが、腕っ節の強い者が少ないYouTuberの間ではアクターロワイヤル優勝者最有力候補とアクター内でも囁く連中も多く…」

「不快じゃ。消せ」冷たく言い放った会長のひと言に部屋の空気が張り詰めたものに変わっていく。「でしたら私の方で手配してあの者をこのゲームから“削除”しましょう」「わかっていないのぅ、若造よ」

 雅人の言葉を遮るようにしてサティーヤ氏は怒りを噛み殺すように杖を強く突いて元の車椅子に座り込んだ。「少し武装した程度の悪漢じゃあやつには勝てんのじゃよ。それに第一回目の日本大会で参加者のひとりを中盤戦で主だった理由無く消すなどという愚行を晒せばスポンサーである我が社の面目が立たん」

「ではどうすれば?」「決まっておるじゃろう。おぬしが定めた、決められたルールの中でインドマンを抹消する。そしてそのための人物を用意した…入りたまえ」

「失礼致します」ドアを開けた人物の顔を見て雅人社長はうめき声を上げた。

「あなたは…まさかこの人を使ってまで事を荒立てなくても!」振り返って睨みつけるとサティーヤ氏はふやけた白い指でVサインを作って雅人社長に微笑みかけた。

「ほっほっほっ。これはワシが人生の最後を飾るために興された“芝居”じゃ。これで文字通り最高の“演者”が揃ったではないか」


・・・

 向陽町にある合同宿舎。日曜日のリビングでは六実がパソコンのイヤホンを引っこ抜いてYouTubeのゲーム実況動画をソファに座って眺めていた。テーブルに着いて朝食の味噌汁を啜りながらテレビの老害討論番組を眺めているとその音量を上回る大絶叫がパソコンの方から聞こえてきた。

「やぁ~めろぉ~~!!なぜそこで赤コウラがぶつかるぅ~?どぉしてぇ~?神様、教えてクンタキンテ島ですよぉ~!でもまだ俺にも勝機はあるぅ~、こぉのキノコを使ってぇ~…ショートカット!
やっぱい!ハイ、皆さん観てますか~!俺また一位ですよぉ~そしてそのままゴぉぉルぅ!…どうやら今回もオレ様が早すぎたようだ~せいぜい下位争いをしててくれよぉ~クソ雑魚どもぉ~!
それじゃ、今回はこの辺で。次の動画でまた会おう!ロキでした…!」

 動画が終わると俺は妹の六実に「ロキ好きなん?イケメンだもんな」と気軽に話しかけた。先日のフルチンぶらぶら事件以降、一切口を聞いてくれなかった六実が舌打ちをひとつして絡まったイヤホンを取り出したので「待て待て」と手で制す。

「うっざ、きっも。どうでもいいでしょ?」目を合わせずに次の動画を探し始めた妹に会話を終わらせないように次の句を繋ぐ。

宮島 路樹みやじまろき。俺と同い年のゲーム実況者。ゲームイベントに引っ張りだこで、この間もハヤシ先生のテレビに出てたぞ」「テレビ見てないからわかんない」冷たい態度の六実にめげず俺は兄としての特権を生かし現役JKと話を続ける。

「サポートの切れたニマニマからYouTubeに活動拠点を移してもう二年か。最近では学生時代からの付き合いがある友人実況者とグループ組んでるんだよな。年収も一億近く貰ってるってネットニュースに書いてあった!」

「しつこい。ウィキペディアかよ。それとも人気者に対する嫉妬?」うんざりした表情で振り返った六実の目が怖くて俺は視線を外す。「そ、そういえば最近アベピーみないよな。ほら、お兄ちゃんが昔バズった動画にサムネが似てた実況者っ」

「ああ、安部ちゃんね」六実がパソコンに向き直って別のウインドウを開いた。アベピー。軽快な語り口でプレッシャーのかかるボス戦でも分かりやすく実況プレイをこなす、宮島路樹率いる超最強学園(アルティメットスクール)と人気を二分する大物ゲーム実況者だ。

 俺はサムネが被った一件以来、アベピーのゲーム実況動画全てを洗いざらい眺めてその魅力にハマった。俺もいつか彼の様に好きな事をやって、自分が思ってる事を言って、それで稼いで生きたいと思ったもんだ。

「日比さ~ん!」「うわっ、きもっ!…てかびっくりした」パソコンから聞き覚えのある声が響いて飛び上がった六実がパソコンの画面を俺の方に向けた。「はいど~も、ちっがちゃんで~す!」ヤツの恒例となっている変顔挨拶が終わると俺はガクッと肩を落として画面の向こうの人物に声を向けた。

「家族が家に居る内はトークはやめろって言ってるだろ」「大変なんすよ。ゲーム実況者の安部ちゃんっているじゃないですか。ソイツがかくかくしかじかで……」

 千我の話を聞き終わると俺は椅子を蹴って居間から駆け出した。「本当にいくつもり?あのティンカスレスラーのワナかもしれないよ?」かつて彼らに誘拐された六実が俺の背中に呟いた。

「…そうかもしれないな」もしそうだったらアイツごとぶっ飛ばしてやればいい話だ。にわかに信じられない千我のリークを受けて俺はヤツが借りたというウィークリーマンションを目指して走り出していた。