降りしきる雪の中、真っ白に染め上げられたその荒野の中心でひとりのアクターが手に取った洋剣を足元の積雪に突き立てた。

 その剣はささらの如く刃が零れ落ち、切っ先は大部分が欠け、刀身は根元からぐにゃりと曲がっている。顔を上げるとそのアクターは破れた仮面の顔半分から煌々と輝く瞳を目の前から近づいてくる相手に向けた。

 黒装束に頭からフードを被り、カタール型の剣を両側の袖から伸ばした男が一歩、また一歩、新雪を踏みしめながら歩いてくる。持ちうる武器と負傷の度合いを天秤に掛けたとき、闘いの結末は明らかである。

 敗色濃厚のアクター、ミル・トリコがひん曲がった剣を引き抜くと相手のアクターが歩みを止め、ベルトに手を翳してその変身を解いた。「あ、アンタは…?」うめき声を上げながら人間態に戻っていくスーツの男を見てトリコは息を呑んだ。

「私の事を知っているのか?まさかキミがこんな所で油を売っているとはな」その男は一度雪に突いた膝を上げると同じく変身を解いた宮島ロキに向き直った。

「ああ、知ってる。諸悪の根源である馬場コーポレーション社長、馬場 雅人ばばまさとさんよぉ!」吹雪の中、ロキが叫ぶ声が響く。その名を呼ばれた馬場社長は濡れた髪をなでると毅然とした態度と口調でロキに向かって声を返した。

「私が開発したアクターバトルに早期から参入を決めたのはキミ達だ。その為に子供相手に稼いだ多額の金を積んだんだろう?」

「それ以上近づくなよこの人殺しがぁ!」一歩踏み出した馬場社長を見てロキが金切り声を上げる。「無理もないか。仮想現実とはいえ、散々見下していた相手に手足を斬り落とされたのだからな。そのトラウマが今も胸に焼きついているのだろう?」寒さと恐怖で震えるロキを慈悲のこもった瞳で眺めると馬場社長は言った。

「今のキミは弱い。私が描くロワイヤルのメーンを張れる器ではない。スポンサーのラ・パール会長が既に新たな大物を用意した」

「な、俺じゃ役不足だっていうのかよぉ!?」

 失望のまなざしに変わった馬場社長にロキが抗議の声を向ける。「それともうひとつ」罵詈雑言をぶつけるロキを眺めて馬場社長は本題を切り出した。

「十数年前、この地で閉館になったリゾート施設。その土地の利権と再建築考案を我々馬場コーポレーションが譲り受けた」

「な、何言ってんだおめぇ!…何が目的だぁ!」

 一瞬ほころんだ顔をきつく正してロキは馬場社長に向き直る。「あの物件はオーナーが高齢でね。あの事件が起こったタイミングで騒ぎになる事を恐れて閉館する事を決めたようだ。これを見たまえ」

 そう告げるとSPのひとりがロキに近づいて書類の写しを投げて渡した。「再オープンを願う地元住民の署名書だ。あの施設は市民ならず観光客に対しても大きな影響を与えていたようだな」

 鼻を啜りながら拾い上げたB5ノートをめくるロキ。最初のページには憶えのある字で宮島路樹の名前も記されていた。「ははっ、マジかよ」声を立てて笑うロキを見て「いつか私に語ってくれた夢は本当だったらしいな」と馬場社長は少し呆れたように言った。

「だが、これでキミが闘う理由も無くなった」馬場社長の言葉でノートからロキは顔を上げた。「今一度問おう。キミがアクターとして闘う理由は何だ?今の立場を失ってまでロワイヤルを戦い抜く覚悟はあるか?」

 雪が止み、つんざくような冷たい風がふたりの間を通り抜ける。「そんなもん、決まってんだろうがよぉ」取り囲む周りの雪が解けそうな程の気合でロキは拳を握って目の前に掲げてみせた。

「同業者誘拐未遂までしておいてこんな所で止まってたまるかよぉ!年末の大会であのインド野郎をブッ倒してオレ様が最強のアクターだって事を証明してやるさぁ!」

 ロキの決意を受けて馬場社長は静かに頷いた。「そのインドマンの事なんだが」社長の言い掛けた言葉にロキはその身を正す。

「インドマンの若者、日比野英造といったか。彼が信頼の置ける仲間と共に修行に入った。このままではキミとの差は大きく開くだろう」

 その言葉を受けてロキが唇をかみ締める。今のミル・トリコの力ではさっき社長が変身した即席のアクターにさえ叶わない。それを見す越したように馬場社長はロキに告げた。

「キミにまだ戦う意思があるのなら二日後に関東の私が居る本社ビルを訪れたまえ。まだ開発中ではあるが、私が今着けているベルトと同じチカラを持った訓練相手を用意してある。
社長の私がわざわざこの地へ出向いたんだ。キミ達が最高の成果を上げてくれる事を主催者として心から願っているよ」

 ふいに頭上で突風が巻き起こり、旋回する大きな羽が作った影がその場を取り囲むと、ヘリから投げられたロープを掴んで馬場社長はその場から飛び立って行った。

「やれやれ。このロキ様がこんな煮え湯を飲まされるとよぉ」命が助かった安堵感と自身の夢を他人に叶えられたやりきれない思いを抱えてロキはしばらく身を埋めていたその場から起き上がった。

「待っていろよぉ三馬鹿共ぉ。絶対ぇオレが頂点まで昇り詰めてやっからよぉ」主催者の介入によって混沌の淵から立ち直った大物ゲーム実況者ロキ。彼はその拳を握り締めると決意を改めてその何も描かれていない白い大地に新しい一歩を踏み出した。