Neetel Inside ニートノベル
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 暖炉に火がくべられたログハウスの一室。学習机の椅子に座った俺は机の上に並べられたマッチ棒を眺めて声をうねらせていた。しばらく俺の様子を見ていたガンソ氏がゆっくりと杖を突いて椅子から身体を起こした。

「どう?解けそう?」かつん、かつんと乾いた音が俺の席に近づいてくる。俺が解いている計算はいわゆる頭の体操クイズと呼ばれるモノでマッチを並べて作った英数字一桁ふたつを四則演算で挟み正答を導き出すという訓練のひとつだ。

 問題は『5+3=9の式をマッチ棒2本を動かして正しい式にしてください』というもので出来るだけ多くの答えを出してください、という“ガンソ先生”から出題された課題であった。

「えーと、答え側の9を5にして、+を-にして二本の棒を5の両側にくっ付ければ『8-3=5』が成立しますよね」「ほう、それと?」上から覗き込むガンソ先生に俺は生徒として回答を組み立てていく。

「他には『9-3=6』、『3+3=6』の式が解かりました」「『5+0=5』もあるよね」ガンソ先生がマッチを並び替えてゼロが入った式を作ると俺は「そっかー」と息を吐いて仰け反った。

 ガンソ先生はそんな俺を見て静かに笑うとこのテストの意味を俺に思い出させるように言った。

「いいかい?この訓練を習慣付けて脳のシナプス伝達を優れた働きに変えていく。身体の電気信号を超人的な流れにすることでアクターバトルで臨機応変な対応が可能になる。この思考を身に着けることによって変身を多用するキミの戦い方が戦闘で優位に立てるはず」

「はい、ラジャラジャです。わかっています」俺は身体を起こしてそう答えると机のマッチ棒を眺めて新幹線の座席で検索した一文を思い出した。


――サヴァン症候群。生まれつき持った障害のひとつで芸術や計算の分野で天才的な発想を発揮する者の症状を指す。今俺の横に立つ岸田頑素、この人もその症状を持つ患者の一人だ。

 彼が作り出す常識では考えられない展開を繰り広げる曲を聴いたファンの一部がネットで様々な憶測をたてており、俺がその件について尋ねると彼の口から上記の病名がついてでた。

 彼はアクターの能力を手に入れてわずか3ヶ月で自身の能力を駆使し、ロワイヤル出場リーチとなる12枚を集めきったという(本当は後の一枚もすぐに手に入れられるのだが、期限前にカード13枚を集めると運営のリスに告知されて他のアクターに狙われるというリスクを恐れた)。

 断崖絶壁の上に建てられたこの家に来た夜に彼は言った。「アクターバトルは肉体を介して戦わないVR体験のひとつであるのだから、戦闘者が持ちうる脳波の流れが闘いを左右する」自身がここまで勝ち抜けられたのも闘いの中で与えられた選択肢から正解を導き出し、自分のインスピレーションを信じた結果だと語っていた。

 彼が持ちうる天才的な発想に自分のアタマを少しでも近づけるために俺はこの場所で最高に地味だと思われる特訓のひとつに取り組む……ぶっちゃけキツイ負荷を掛けた筋トレや科学的に効果が認められていない滝業なんかよりも全然マシだ。

「アクターバトルで勝つには型にハマらない自由な発想が要る。たとえば」

 ガンソ先生はそう言って机のマッチ棒を手にとって『5+3=9』の式を作った。そこから5の横棒を左から右に移して3の数字に作り変える。ここまでに棒を動かした回数は一度。後一度動かしてこの『3+3=9』の式を正答に導かなければならない、と思ったその時、

「二本同時は無し、とは言われてないよね?」と言って二本のマッチが重ねられた+の下をゆびで突いて動かした。+が斜めに傾き×が出来上がって『3×3=9』の式が出来上がると「先生には敵わないや」と俺はさっきのリプレイのようにその席から身体を仰け反らせるしか出来なかった。



 都内のある戸建ての一室。大型プロジェクターに映し出されたアクター同士の戦闘。その映像の中心で拳を振るうインドマンの戦況を眺める3つの影があった。

 部屋のソファに座る長髪の男はリモコンを止めては巻き戻し、必殺の剣技を披露する直前から再生を始めて繰り返しその闘いを眺めている。彼の名は昆 帝王こんてお。アクターとしての能力をメンバー全員が手にした人気ゲーム実況者グループ、超最強学園アルティメットスクールのひとりである。

「やはり変身前に勝負を決めてしまうのが最善策かもな」

 そのソファの背に手を掛けてテオに声を掛ける男はおなじくアルスク所属の古流根 晋三こるねしんぞう。金色に染めた髪を手櫛で後ろに流すと「そう簡単には行かないぜ~?」と間延びした声が壁に背をつけた身なりの良い男の身体から鳴る。

 彼の名は白布 零しらふれい。「コイツは通常でも時間を遅らせる能力を持ってんだ」「不意打ちで変身アイテムを奪うのもムリか」「正攻法でトリコが敗れるとなると攻略が難しいな」

 インドマンの戦闘風景を眺める3人の男たち。どうやらここは最重要人物であるロキを抜かしたアルスクの話し合いの場であるようだ…


 議題の流れを変えるようにフレイが周りのふたりに尋ねた。「なぁ知ってっか?今日で俺らが動画投稿を止めて3ヶ月になる。話題が無いこの状況で動画を撮り溜めても視聴者さんが離れていくばっかりだぜ~?」

 テオがその言葉を受けて俯いた。同業者であるアベピーの誘拐を失敗して以来、超最強学園のメンバー4人は動画の投稿を取り止めている。

 この状況にはネット掲示板でも様々な憶測が上がっており、事情に内通している人物のひとりが『ロキがアクターバトル中にPTSD発症』と告発してからはグループの中心人物である彼の居ない3人で活動していくのは困難だと判断したからである。

「ロキは今どうしている?」コルネが声をあげると「地元で療養中だ」と彼と付き合いの長いテオが答える。

「皆に笑顔を届ける実況者さまがメンタル病んで引き篭もっちゃうとかオシマイでしょ~?」フレイが手に取ったタブレットでサイトを開き、あるランキング表をふたりに見せた。

「俺たちに代わってランキングの上位を占めてるのは関西出身の4人組実況者グループ『生乾きボーイズ』。それにくだんのアベピーの動画も挙がってる。あのオッサン俺たちが動画投稿してないと理解わかるとしれっとゲーム実況再開させるなんてくえない男だぜ~」

 向けられたタブレットの表を見終えると「どうするんだ?」とコルネが副リーダーであるテオに訊ねる。「ロキは必ず戻ると言った」短く言葉を切ったテオを眺めてタブレットを居酒屋のメニューのように指先で回してフレイがふたりに言った。

「俺はソロでも実況を再開するぜ~?4人の中で取り分が一番少ねぇんだ。このままじゃ干上がっちまう」「お前なぁ…」フレイの態度を見てテオが唇を噛む。「年末のアクター大会で優勝すれば何でも願いが叶うんだろう?気を配るのはインドマンひとりだ」

 そう言って画面を横目で眺めたコルネの前を立ち上がったテオが横切った。「あいつの事も考えずに勝手な事ばかり言いやがって。俺が残りのカードを集める」「おい、待てよ」

 フレイが入り口のドアと壁へ脚を伸ばしてテオの進行を妨げる。「お前の能力は戦闘向きじゃない。少し頭を冷やせ」荒い呼吸でテオが声を掛けたコルネを振り返る。「俺だってアイツを信用していない訳じゃない。叶えたい夢だって理解している。それに」

 コルネはそう言い掛けるとふたりの前で片腕を伸ばした。「カードチェック」唱えられた後に10枚のカードが宙に浮かぶ。「アイツが序盤に全員分カードを集めてくれたお陰でもう数枚でカードが揃う。そう焦るな。ロキが戻ったその時、俺たち超最強学園は完成する」

「そのアイツは戻るかね~?」テオが腰掛けていたソファにどかっと身体を預けるフレイ。圧倒的優位と思われていたアルスクに生じた大きな誤算。「インドマン、絶対に許さんぞ」目の前のモニターで戦闘が終わり、勝ち名乗りをあげるアクターの姿をテオは拳を握り締めて見つめていた。

       

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