Neetel Inside ニートノベル
表紙

冒険者よ終末に生きろ
冒険者よ終末に生きろ

見開き   最大化      

============================

あの後……宿にいた全員が、絶望を目の当たりにした、あの後。
まず彼らが行ったのは、それが現実であるかどうかの確認だった。悪質な幻覚魔法に、集団でかかったのかもしれないからだ。
故に、宿の倉庫にあった「破魔の巻物」を使い、その場にかかっている全ての魔法の無効化を試みた。
結果は何も起きず、少なくとも魔法による幻覚でないことと、夢の中にいるわけでもないことを思い知った。

次に行ったのは、生存者の救出だった。壊滅したリーンのどこかに、この時はいると皆が信じていた生存者を探すため、親父の指揮の下、グループに分かれて捜索に当たった。
冒険者歴数十分のユリウスも、当然駆り出された。

「さて、行こうか……ユリウス、カザネ。僕らの担当は西地区だ」
「ああ……」
「…………」

ユリウスたちは装備を整え、徒歩で宿を発った。
市内であるが、状況が状況なだけに、戦闘が起きても対応可能なグループを親父は組んでいった。
ユリウスは、アルベルトと、カザネという物静かな少女と組むこととなった。
アルベルトは、巧みな細剣の扱いに加えて、魔法も扱えるらしい。
カザネは、東方の国の「ニンジャ」という一族であり、気配や違和感の察知に優れているそうだ。
剣を振るうことしかできないユリウスは、場も弁えずに劣等感を感じた。

「しかし本当に、どうなってんだよこりゃぁ……一体何がこの街を荒らしたんだ」

ユリウスはひび割れた道路を歩きながら、辺りを見回す。つい先ほどまで同じ場所を歩いていたのに、景色も空気もまったく変わっていた。

「とんでもなく凶暴な生き物が街を破壊したんだとしたら、その生き物の姿を確認できないのはおかしいよね」

先頭を歩くアルベルトも、神妙な面持ちで左右に視線を配っている。

「………………」

カザネという少女は、先ほどから一度も口を開いていない。
ユリウスは、彼女が足音を殆ど立てずに歩いていることに気づいた。

「お前、歩く時全然音しねぇのな。それ、どうやんの?」
「…………コツがいる」

そのことについて訪ねても、帰ってきたのは酷く淡白な答えだった。
また、ユリウスが気になっていたのは、誰もが狼狽する異常事態でありながら、彼女が先ほどから表情一つ歪ませてないことだ。

「人」

カザネは唐突にそう呟くと、さっと駆けだした。
間髪入れずにその後をアルベルトが追い、ユリウスは少し遅れて駆けだすことになった。
カザネが見つけたのは、瓦礫から突き出た白い腕だった。カザネは傍に膝をつき、腕の手首に手を添える。脈を見ているのだ。

「…………だめ」

小さくそう呟いた。

「蘇生が可能かもしれない。ユリウス、急いで瓦礫をどけるんだ」
「ああ、力仕事は任せとけ!」

三人は素手で、積み重なる瓦礫を除けていった。
一際速いペースで瓦礫を放り投げるユリウスの力もあって、腕の主の姿は直ぐに明らかとなった。
服が所々破け、全身傷だらけの中年女性だった。
真っ白な顔をしかめつつ、全く動かない。
死んでいるのだ。ユリウスは胸を締め付けられる気分になった。
彼が死体を見るのは、これが二回目だった。
動き、話し、笑うことのなくなった、人の抜け殻。
とても直視できるものではなく、ユリウスは言葉を失った。

「……これは……」

その姿を見て、アルベルトとカザネは固まる。

「…………だめか?」

目を背けつつ、絞り出すような声でユリウスが尋ねる。

「ああ……というよりこの死体は、妙だ。どう見ても死後、数日は経っている」
「……は?」

言葉の意味がわからず、ユリウスは素っ頓狂な声を上げた。

「いやいや……そりゃおかしいだろ。だってあの揺れが起きたのは数分前だぜ?」
「ああ、だから混乱しているよ。一体どういうことなんだ」
「…………こっちの……死体も」

気が付くとカザネは、少し離れた場所の死体のそばに屈み込んでいた。
ユリウスに死体の状態を判別することはできなかったが、二人によれば、そちらの死体も死後5~10日は経っているものらしかった。
しばらく三人は歩き回り、様々な状態の死体を発見したが、どの死体も例外なく、死後数日は経過していた。

「一度、宿に戻った方がいいかもしれないね」

アルベルトがそう呟く。

「なんなんだ……どうなってんだよ、クソ……」

考えることが苦手なユリウスにとって、この状況はひどく頭を痛めるものだった。
数多くの惨憺たる遺体を目にし、精神的にもかなり参っていた。

「しっ」

カザネが人差し指を唇に当てた。
この状況でもなお、顔色一つ変えないカザネは、ユリウスにとって不思議でしかなかった。

「……なにかいる」
「何かって」

なんだよ、と尋ねようとしたその時。

ユリウスの近くの瓦礫の中から、何かが勢い良く飛び出してきた。

「ユリウス!」

アルベルトが叫ぶ。

ユリウスはハッとして腰の剣に手をかけるが、迫りくる影には到底間に合わない。

「あああああああ!!」

ユリウスの絶叫が木霊した。それは彼の断末魔ではなく、気合の咆哮。
彼は歯を食いしばると、首に力を込め、ありったけの力で頭突きを繰り出した。
諸に頭突きを食らったそれは短い悲鳴を上げ、瓦礫の上に転がった。
全身に毛の生えた、犬の顔を持つ人型の低級妖魔……コボルトだ。
コボルトが再び体勢を立て直すことは叶わなかった。
アルベルトの細剣とカザネの短刀が、急所を貫いていたからだ。
二人は獲物を死体から引き抜くと、再びそれを構えて臨戦態勢に入る。
ユリウスも剣を抜き、それに倣った。

「……どうかな、カザネ。まだいる?」
「………………。いない…………」

それを聞いてアルベルトは、構えを解いて息を吐いた。
カザネの策敵能力を信用しているのだろう。ユリウスも剣を下ろした。

「瓦礫に隠れてやがったとはな。悪知恵の働くコボルトらしいぜ」
「それよりも、リーン内に魔物がいる方が問題だよ……。まあ、今更何が起きても驚きはしない、というか、驚けないんだけどね」
「………………他の皆は……」
「ああ、気になるね。一度宿に戻ろうか」
「わかった」

三人は警戒態勢を保ちつつ、来た道を戻り始めた。

「それにしても、魔物相手に頭突きで対応とはね」

アルベルトが小さく笑った。

「あの状況じゃカンペキだったろ?」
「ああ、見事なものだったよ。さっきの親父への返答といい、君はどこかオルガーに似てるな」
「な、オルガーって、あのゴリラかよ!?」

ユリウスの脳内に、オルガーの醜悪な顔面が浮かび上がる。

「………………確かに少し」

ポツリとカザネが呟く。

「そうだろ?」
「まじかよ……」

ああいう冒険者にだけはなるまいと、出会ったときから思っていたのに。
納得のいかない気持ちで一杯だったが、今置かれている状況に比べれば、どうしても些細なものだった。

宿に戻ると、程なくして散り散りになっていたグループが戻ってきた。
報告はどれも瓜二つ。発見した死体は、どれも死後数日経過していたこと。魔物に遭遇したこと。
山のような疑問点は残るが、ただ一つだけ、明白なものがあった。
それは、幸か不幸か生き残ってしまった唯一の存在として、ユリウスたちがこの終わってしまった世界で生き延びなければならないことであった。

==========================

       

表紙
Tweet

Neetsha