Neetel Inside ニートノベル
表紙

未定
第1話

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ギルの町に住む青年ロセフは、近所に住んでいるアレック博士から呼び出しを受けていた。アレック博士は“魔獣”の生態を調査している研究者だ。ロセフは小さいころからアレック博士の調査の手伝いをしていたので、この研究施設にはよく出入りしていた。研究施設といってもそんなに立派なものではなく、魔獣のはく製や大量の研究資料が整理されずに棚や机の上に置かれている。しかもこの研究所はアレック博士の自宅も兼ねているので、博士の私物が床に散乱していて、カオス状態だった。
「相変わらずですね。」
ロセフは呆れてため息を吐いたが、いつものことなので気にせず奥へ進んでいく。
「まあ、気楽に行こーじゃないか。そのへんに座りたまえ。」
気の抜けた口調でそう言うと、アレック博士はソファを指さした。
「実は君に渡したいものがあってね。」
というと博士は、派手な装飾などない、黒い首輪を取り出した。

ロセフはその首輪に見覚えがあった。捕獲した魔獣に取り付けるために使われる首輪だ。博士は魔獣の生態の研究をしているだけあって、その手の道具を大量に持っている。ロセフも調査の手伝いをしたときに、首輪を使って魔獣を捕獲したことがあった。この首輪の裏側にはびっしりと魔法陣が描かれている。これは一種の催眠術のようなもので、この首輪を付けられた魔獣は、主人の命令に逆らえなくなるのだ。魔獣はとても危険な生き物で、普通の動物や人間がまともに戦って勝てるような相手ではない。しかし、首輪に仕込まれた服従の魔法は強力で、装着すると人間の主人以外には外すことができなくなる。戦闘力で大きく劣っている人間が平和に暮らせているのは、この首輪のおかげだ。さらに言えば、魔獣を輸送や農業などに役立てたり、番犬として飼ったりする者もいて、魔獣と服従の首輪は人間に欠かせないものになっていた。

「その首輪がどうかしたんですか?」
「これは、つい最近手に入れた特別製なんだ。」
ロセフは渡された首輪を隅々まで観察した。どうやらすでに出回っている既製品ではないらしいが、違いが分からない。
「今までのと何か違うんすか?」
ロセフがそう聞くと、博士は急に押し黙り、神妙な面持ちでこう言った。
「君は服従の首輪を人間に使いたいと思ったことはないかい?」
「!」
博士の言葉を聞いたロセフは、数テンポ遅れてから、彼が言おうとしていることを理解した。首輪にかけられた催眠は、生き物の知性の高いほどに効かなくなっていく。そのため、人間に首輪をつけても効果は発動しない。これまでの技術では、人間を従わせるほどの強力な催眠は不可能だと考えられていた。しかしアレック博士は、人間も従わせられるような首輪を手に入れたらしいのだった。

「嘘ですよね、これ?」
博士はピクリともしない。ロセフは、その様子を見て、危険なことに巻き込まれている最中であることを感じた。
「なんですかそれ…。こんなヤバイものいらないっすよ!」
と言って首輪を博士に押し付けて、返した。
「誰かに首輪をつけて効力を実験してほしいんだ。本当に効果があるのか確認しておきたいからね。」
博士は受け取った首輪を、ロセフに投げ返し、椅子から立ち上がった。
「よく考えてみてくれ。私が町の人間に首輪を使用したら、刑務所送りになってしまうだろう?しかし君なら大丈夫だ。」
室内をゆっくりと一周歩きながら博士は続けた。
「君はこの研究所で、その首輪を拾った。君は割と頻繁にここに来ているから、そのこと自体は何もおかしくない。そして君は、その首輪が対魔獣用のものだと思い込んでいる。人間に効果がないと思っているから、間違って誰かに付けてしまっても何も問題ないんだ。」
どうやら辻褄を合わせろということらしい。博士はさらに続けた。
「もちろん報酬は上げよう。」
そう言うと急に外に出て、しばらくしたら魔獣と一緒に戻ってきていた。

「この子を見るのは初めてだろう?」
博士が連れているのは、普通のトカゲを二回りほど大きくしたような魔獣だった。ヨタヨタとした愛くるしい動きで、床を這って歩いている。ロセフは以前、図鑑でこの魔獣のことを知ったが、実物をみるのは初めてだった。ネイロロナと呼ばれる種で、パチリとした丸い目と、体躯のわりに大きな口を持ち、なんでも食べる雑食である。かなり珍しい魔獣で、切り立った山脈や峡谷などに生息している。こんな見た目だが竜族の仲間で、成体になると立派な翼が生え、ドラゴンになるのだ。
「どうしたんですか、実物の竜なんて見たことないですよ!」
「この前の調査の途中で見つけたからね。」
あっけらかんと博士は答えた。一般人からするとかなり変な人だが、魔獣を集めるということになると右に出るものはいない。
「この首輪を引き受けてくれるなら、この子を君にあげよう。どうするかい?」
博士はニヤニヤとしながら、首輪を差し出してきた。ロセフは今年で14才になる少年だ。この年頃の少年は、強くてかっこいい魔獣に対する憧れが強いものだ。ロセフも例外にもれず、図鑑の挿絵のドラゴンを見てはニヤニヤしていた。
「分かりました、やりましょう。任せてください。」
ロセフは承諾し、首輪を受け取った。

       

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