Neetel Inside ニートノベル
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ガウは下の階で足止めをしてくれている。ルーと呼ばれたカニ族の魔獣が復帰する可能性もあるし、徹底的にやらなければ反撃されてしまうかもしれない。ガウがいつ10Fまで上がって来れるようになるかは分からなかった。

「ここに隠れていて。」
マギーとロロ太郎を階段のすぐそばの柱の裏に下した。
「何するつもりなの!」
「俺があいつをおびき寄せるから、奥の階段から屋上に逃げて。」
10Fは、奥に長い長方形の大部屋になっていて、シュネンゲのいる場所の、さらに奥に、屋上へと続く階段がある。ダンジョン内の魔獣は外に出ないから、あの階段さえ登り切ってしまえば安全なはずだ。ロセフはシュネンゲの方に向かおうとした。
「ロセフが死んじゃうよ!」
そう言うと、マギーはロセフの肩をつかんで引き留めようとした。マギーは怪我をしているようだったし、ロセフは彼女を安全な場所に避難させてあげたかった。ロセフはマギーの方を振り返り、彼女を説得しようとした。
「博士から珍しい魔獣や強い魔獣と会ったときの話を聞いて、心底あこがれた。ギルのダンジョンだっていつかは踏破しようと思っていた。俺が今から戦うのだって、ただの自己満足だ。気にせず先に行け。」
一方的にそう言い残してロセフはマギーから離れていった。

ロセフは壁の松明を取り外し、シュネンゲと相対した。シュネンゲも自然属性の魔獣だから、火には弱いはずだ。ロセフとシュネンゲはにらみ合いながらじりじりと距離を詰めていった。思えばこのダンジョンに入ってからガウ無しで戦闘するのは、これが初めてだ。ロセフは、松明を握る手が汗ばむのを感じながら、相手の動きを注視する。シュネンゲは、図体に見合わない軽快なステップで獲物を翻弄し、両手の鎌を振り下ろしてくる魔獣だ。10Fのボスだって図体が大きいだけで、シュネンゲであることに変わりはない。実際、動きを観察していると、通常の個体と似たような立ち回りしていることが分かった。普通サイズのシュネンゲは今回の探索でも何回か出くわしていて、ロセフはその独特な動きに多少は慣れてきていた。
 ロセフは、ある程度の距離までくると近づくのをやめて、一定の距離を保つようにした。シュネンゲは、鎌がギリギリ届きそうな範囲に獲物が来ると、大きく一歩踏み出して切り込んでくることが多い。鎌を振ったあと若干の隙ができるから、その瞬間を狙って火を付けるというのがロセフの作戦だった。

 しばらく両者にらみ合いが続いた。ロセフはシュネンゲの鎌を恐れ、シュネンゲは松明の炎を恐れた。先に動いたのはシュネンゲだった。その場から一歩も動かず、コンパクトに鎌を振って松明をぶった切った。松明の火は床に落ちて消えてしまった。10Fのシュネンゲは、今まで会ってきたどの個体より、手足も鎌も長い。ロセフはリーチの範囲を見誤ってしまったのだ。
「クソッ!」
ロセフは慌てて斧を構えたが、シュネンゲにとっての脅威は松明の火であって、それ以外は大した脅威にならない。今までの膠着が嘘のように一方的に攻撃され続けた。壁際に追い込まれ、これ以上後ろに下がれなくなる。シュネンゲは最後の一撃を振り下ろした。

「う…。」
ロセフは思わず目を瞑ってしまった。走馬灯のように今までの人生が思い出された。特に印象深かったのは、今回のダンジョン探索だった。いつもは自分よりずっと強い人たちと一緒だったが、ひょんなことから同い年の人間と探索することになった。危険な場面も多かったが、それゆえに魔獣を倒したり、上のフロアに到着できたときの達成感も大きかった。

 ロセフはゆっくり目を開けた。目の前には、さっきと同じようにシュネンゲがいた。あまりにも未練が強すぎて、地縛霊にでもなったのか。あるいは未だに戦い続けている夢を見ているんじゃないかと思った。だが、どちらも違うようだった。

「ボーと突っ立てないで!身をかがめて左に逃げて!」
ロセフは自分の意志と関係なく、指示通りの動きをしていた。シュネンゲの右斜め上からの袈裟切りを間一髪で回避した。振り返ると、マギーがさっきの場所から動かずに、指示を出していた。
「次は懐に入って、そのまま駆けぬけて!」
今度も言われた通りの動きを実行していた。シュネンゲは両方の鎌を同時に振り下ろしてきたが、脇を素通りして壁際から脱出した。
「後ろに下がって!」
また攻撃が飛んできたが、指示のおかげで、間一髪のところで避けることができた。

マギーが遠目から動作や位置関係を確認し、指示を出す。ロセフはその指示通りに体が勝手に動く。しばらく敵の動きを見ているうちに、ロセフにも相手のリーチが掴めてきていた。
ロセフは当初の予定通り、攻撃後の隙を狙って懐に入り込んだ。そして、持っていた斧をシュネンゲの右手に振り下ろした。切れ味の悪い斧では、腕を最後まで切断できなかったが、斧が刺さった腕は動かせなくなっているようだった。
シュネンゲは怒り狂い、もう片方の鎌をロセフに振り下ろしてきた。ロセフは鎌の根本部分を両手で掴み、振り下ろしを受け止めた。怒り狂ったシュネンゲは、それでも力ずくで鎌を振り下ろそうとしていた。ロセフは体格差に割には粘ったが、徐々に体勢を維持するのがつらくなってきていた。

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「今が最後のチャンスだ、早く逃げろ!」
ロセフは柱の裏にマギーの方を見て言った。マギーがその場にとどまり続けているのは、ロセフが一方的に押し込まれてしまったからだ。しかし今なら敵の動きが止まっている。逆にロセフが死ねば、マギーやロロ太郎が逃げるチャンスはなくなってしまう。
「早く逃げろ……。」
ロセフは最後の力を振り絞ったが、それも限界が近づいてきていた。

いよいよダメかとあきらめた時、急に敵がその場に倒れて込んだ。マギーが松明の火をシュネンゲに押し付けたのだった。火は体中に燃え広がり、シュネンゲはその場でのたうち回った。ロセフはシュネンゲから手を放し、その場から離れた。マギーはヨロヨロと歩きながら、ロセフの方に近づいてきていた。

「なんでこんな無茶なことしたんだ?」
ロセフはマギーに肩を貸しながら、心配するように聞いた。マギーが火を付ける前にロセフが潰れていたら、共倒れになっていた。マギーがあのまま屋上に逃げていたら、ロセフは助からなかったかもしれないが、ロロ太郎とマギーは確実に助かっていたのだ。
「それはこっちのセリフよ!博士も言っていたでしょ?身を挺してパートナーを守らなきゃいけない場面もあるって。」
マギーはロセフに反論した。博士はロセフにロロ太郎を渡すとき、確かにそのようなことを言っていた。しかし、それは魔獣士と魔獣の間の話だ。
「俺は魔獣じゃないぞ。」
「でも私はあんたのご主人様だから、あながち間違いじゃないね。ほら、敵も倒したことだし屋上に行こう。」
マギーが指示すると、首輪の力で嫌でも体が動いてしまう。二人は屋上に上っていった。

 二人は柵もない屋上の縁に腰掛け、足をブラブラしながら町の景色を見ていた。しばらくするとガウも屋上にやってきたが、ドクト団の二人は来なかった。彼らは下の方の階に逃げ込んだようだ。マギーとロセフは、9Fの火が自然に消えるまで、屋上でゆっくり待つことにした。ダンジョンという構造物は、内装がどんなに傷ついても、どういうわけか自己修復してしまう機能があった。あれだけ派手に火事が起きても、待っていれば消えて元通りになってしまうはずだ。

 流石のガウも、今回ばかりはだいぶ疲れたようだった。二人のすぐそばで横たわり、くつろいでいた。たまにあくびをしたり、尻尾を動かしたりはしたが、ほとんどぐったりしている。ロロ太郎もロセフの肩の上で丸くなり、目を瞑って大人しくしていた。

昼頃にダンジョンに入っていったのに、屋上に着いたころには夕方になっていた。夕日に染まったギルの町が一望できた。ロセフが生まれ育った町だが、上から俯瞰すると見慣れない場所のように見えるから不思議だった。ギルの町自体小さな町だが、上から見るとそのことが実感できた。しばらく二人は無言で景色を見ていたが、おもむろにロセフが話しかけた。

「今まで散々言ってきたが、お前がいなかったらここまで来れなかった。……さっきはありがとうな。」
ロセフは照れくささを我慢しながら、感謝の言葉を述べた。マギーは町の景色を見ながらこう言った。
「そんなのお互い様。それに、私やあんただけじゃなく、ガウやロロ太郎がいなくても、頂上まではたどり着けなかったわ。」
マギーは、いつもと違って落ち着いた口調で答えた。ロセフはそれを聞きながら、ガウの頭をわしわしと撫でていた。

マギーはおもむろにロセフの方を向いて、彼のほっぺたにキスをした。
「な、急にどうしたんだ!?」
ロセフは突然のことに驚いた。夕日のおかげで誤魔化されているが、彼の顔は真っ赤になってきていた。
「さっきのお礼。恋愛感情があるとかじゃないから調子に乗らないでね。」
そう言うとマギーはそっぽ向いてしまった。おかげでロセフには彼女の表情を見れなかった。
「よく分からんな。」
ロセフは仰向けに寝転がった。夕焼け空に流されていく雲を観察しながら、気まずさを紛らわした。

       

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