Neetel Inside 文芸新都
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 ピアザをスカウトする?馬鹿も休み休みに言え。ただでさえトラブルメイカーのコイツ
がこれだけマジになってるから付き合っているというのに。

「それで健さん、なんでキャッチャーをスカウトするのにわざわざ電車乗っているんですかね」

 コイツの球を受けられるキャッチャーが、ウチみたいな運動部の大人しい学校にいるは
ずがない。
 他の高校から引き抜き?殺されるぜ。今乗っている中央線下り沿線で強豪校というと……

「国分寺、早稲田実業……」

 多分この地域の強豪校の中では偏差値的には唯一俺達に勝っていると言える。確かに頭
脳的リードが取れるというなら適任だが。

「ん、早実……?行かねぇよ」

 柱に腰掛けて眠る国分寺駅構内の名物ホームレス、彼の半径五メートル以内は密かに治
安の悪いこの街での唯一の絶対聖域か。
 ゴチャゴチャとした、風俗店街を通り抜けたそこにあったのは

「バッティングセンターか……」

 つまりここに、俺みたいに野球経験はあるけど今はやっていない奴が暇潰しでバッティ
ングでもしているという事か。
 俺の顔を覗き込んだ健太郎が

「察しが良いな。多分キャッチャーに必要な何らかをお前は感じ取るよ」

 そう言って駐車場入り口の車止めのバーを飛び越えていった。


 国分寺ペニーレーンというボーリング場に併設されたこのバッティングセンター、早稲
田実業高校から程近い場所にあったというのもあり、あの伝説の甲子園優勝で地元凱旋し
た際には野球部から感謝の寄せ書きが送られ、一番目立つところにそれが飾られている。

「そーら、それだ!ナイバッチ!!」

 入り口に脚を踏み入れるなり聞こえてくる元気な声。

「アイツだよ……」

 FMラジオが流れる中、健太郎が俺の肩を叩きながらそっと耳打ちしてきた。

「………」
 百キロのゲージの後ろで、お揃いの帽子を被った小学生(あのチームは小平の有名な古
豪チームだ、確か)に囲まれた一人の男が、顔から蒸気を吹きそうな程に興奮しながら大
声でゲージの中のバッターに声をかけていた。

「踏み込みが大きすぎるよ!ドンッじゃなくてスッだよ!目線が上下しちゃってる!」

 やら

「あまり意識しすぎない!もっと軽く構えて!」

 などなど。これはなるほど、と感心してしまうくらい適切なアドバイスを子供達は熱心
に聞いている。さすがは小学生、的確な指導の下余計なクセがついていないのもあって綺
麗なフォームだ。

(彼は誰?)

 指先で名コーチを示して、健太郎に聞いた。

「四組の桜井……ヒトシ、だっけかな確か。小平のポニーリーグでキャッチャーやってた」

 そう答えると、健太郎は俺に千円札を差し出してきた。両替してこいって事なんだろう。
 ポニーリーグと言えば、アメリカではA・ロッドやデレク・ジーター、グリフィーJr.に
バリー・ボンズ、日本でも数多くの有名プロ野球選手を育成してきた硬式中学野球リーグ
だ。そこで捕手を務めるのなら確かに……なんで野球辞めたんだ?

「了解。で、学校で声をかければ良いモノをなぜにわざわざ電車乗って……」

 野口英世の顔をチョキで摘んで、訊ねた。健太郎はニヤリと顔を綻ばせ

「分っかんねぇかな、なぁ?お前なら……さ」

 肩を小刻みに揺らし出した。俺なら……?

「……分かった、大輔か」

 手で顔を覆って、天を仰いだ。
 コイツは昨日の試合の後で俺が爆睡する事も読んでいたのだろう。電話で大輔にああで
も言えば……

「言っておくけど、狙ったのは『そこまで』だからな」

 健太郎の珍しい弁解だった。

「分かってるさ、悪い気はしなかったよ」

 ああも理解の良い弟が喜んだんだ。

「また格好良い兄貴、やってやれよ。きっと喜ぶぜ」

「どっかの野球マンガみたいだよな、へっ。バッテリーにタッチ……」
「俺はおおきく振りかぶっても好きだぜ、チームって感じが」

 少年のフルスイングは、縫い目の磨り減った軟式球をジャストミートで捉えて、バッティ
ングセンターに快音を響かせた。

「俺は……また野球がやれるんだな」

 弟が望まなければ自分の好きな事に気付けないなんて、我ながら女々しい。だけど、我
が身の為に刀を抜く事はどうやら苦手なようだ。

「健太郎……ありがとな」

 少年がミートするタイミングに被せて、素直な謝辞を述べた。

       

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