Neetel Inside 文芸新都
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 審判の右手が高々と挙がった。初球低め一杯。

「ナイピー!!しっかり腕振ってこうぜ!」

 バックもバッテリーを盛り立てる。
 豪快なフォームだった。軽い投球練習とクイックモーションしか見ていなかったから気
付かなかったが、ワインドアップから足を高く上げた、グローブを抱え込むようなテイク
バックは往年のカート・シリングを彷彿とさせた。踏み込んでからの下半身の使い方やリ
リースまでの動作も実にスムーズ、コーチの賜物か。
 右打席に入ったのは先程ライトからの好送球でランナーを刺した少年だった。

「タッパのない選手と比べると一目瞭然だな」

 ライト側の校舎の影から覗き込んでいる俺達ではあったが、打席に立った時にキャッチャー
が傍らに立つとその身長差がよく分かった。まるで中学生と試合をしているようだ。

「なんかナイスバッティングの予感……」

 健太郎が静かに予言した。序盤の流れを持っていかれそうだったトコロを阻止したビッ
グプレーの直後の打席。本人も集中出来ているはずだ。

キンッ

 2ー2からの六球目、打球は左中間を抜けると校庭隅の繁みに突っ込み、エンタイトル
でスリーベースヒットが宣告された。グラウンドルールがなければダイヤモンド一周で
ノーアウトのランナー無し、バッテリーとしてはこっちの方が都合が悪いかもしれない。

「打球のスピードが違う……あれなら確かにポニー行っても通用するね」

 理屈抜きの率直な健太郎の感想が全てだった。

「オーケオーケ!出会い頭!まだリードしてる!」キャッチャーがホーム手前まで出てき
て声を張り上げた。「内野、まだ二回だからね!ひとつずつ取ろう!外野、次の打者を断つ
ぞ!痛くねーから体で打球止めろよ!タッチアップも落ち着いて!」

 指示ひとつひとつは実に落ち着いたものだ。日頃の練習からしっかり教え込まれている
のがよく分かる。

「良いコーチなんだな」
「……あぁ」

 内野のシフトは中間守備。あわよくばホームを、といったところか。

「よーっしゃ!!バッグ信頼して思いっきり投げてこいやモッさん!」

 キャッチャーの掛け声、ピッチャーの名前はモッさんか。

「そーだぞモッさん!」
「後ろは任せろモッさん!」
「眉毛が細いぞモッさん!」
「エロ本早く返せモッさん!」
「おい、試合終わったらブン殴るからなテメェ!!」

 緊張感ねぇなあ……、と苦笑混じりに健太郎が言った。

「ノーダンでスコアリングポジションだけど」

 異様な雰囲気だ、ある意味。
 次の打者が右打席に入った。アスレチックスナインの即興コントにウンザリしているよ
うな溜息をした、かのように思える肩の上下を見せ、ゆったりとバットのトップを高めに
構えた。再び空気が張り詰める。
 初球、キャッチャーの要求に応えられないインハイ

「あっー!!」

 思わず声を上げてしまった。見逃せばボールだが、逆球で気合の入っていない棒球、そ
れをバッターが強引に当てにいった。
 詰まり気味に右方向へと流れ、ファールゾーンを転々と転がった打球は……健太郎の胸
の前へと行き着き、掌へと納まった。
 打球を追っていたライトが脱帽して会釈をした。ピッチャーは主審から新球を貰おうと
脱帽していた。それを制止するように健太郎が声を張り上げた。

「お~いモッさん!!」

 驚いた様子でモッさんが振り返り、同じく俺も驚いて健太郎を見た時には、健太郎は左
手にボールを握り振りかぶっていた。

「……っ!!おいっ、やめるです!!」

 うわっ、咄嗟の事でキャラ的な謎の口調が飛び出した。
 健太郎の様子を見たモッさんが、慌ててグラブを胸の前に身構えた。

「おいっ!」

 この声は……桜井だ。驚いたのは俺達の存在に、普通はボール回収に赴く選手に任せる
べきファールボールをグラウンドに投げ入れようとする健太郎の非常識さにか、その両方
だろう。
 耳鳴りに似た風切り音を立てて、投げられたトップボールC球は、モッさんへと一直線
に、緩やかに極々標高の低い山のような放物線を描いてモッさんの右手のグラブに納まっ
た。モッさんのグラブは目に見えるような位置修正をせず、忙しく巣に戻って行くツバメ
の親鳥のように、まるでボールがそこを帰るべき場所とでも思っているんじゃないかと錯
覚してしまうくらいの自然さだった。

「………!!」

 健太郎の強肩とか、人間離れした制球とか、そういった色々な要素がグラウンド全体の
空気を凍りつかせた。ビックリするぐらいに視線が俺達に集まった。

「ちょー……こっち見んな」

 俺は視線を逸らす。健太郎は目を輝かしてピッチャーを見る。チラリとそちらを窺えば、
桜井が呆然と立ち尽くしているのが見えた。





       

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Neetsha