Neetel Inside 文芸新都
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「あれで持ち直せるかー……既に一流だな」

 健太郎が興奮気味にピッチャーを評価した。二死一塁、タイムリーヒットで二点を取ら
れた状況、並の少年野球のピッチャーならばここで制球を乱して四球でピンチを招いて、
ほぼ自動的に走者二、三塁になってしまうのだが

「あと一点あったら良かったな……」

 アスレチックス打線の後続をぴしゃりと断ち切った。

「ナイスライト!!」
「ピッチ良いよ!」
「逆転すっぞ!」

 ベンチへと帰るナインの顔は意気揚々としていた。アスレチックスへと傾いていた流れ
が変わりつつあった。

「健太郎……俺思い出した。あれ……鷲の台ワロース」
「落ち着いたプレーの一つ一つも納得だね」

 俺達が中二の時だ。ポニーリーグの関東大会準優勝チームに輝いたのは桜井のいたチー
ムだった。その時話題になったのは

「あの時メディアでも話題になったよな、流石に俺もびびった」
 キャッチャーを務めていた桜井以外のスタメン全員が、軟式少年野球では小平アスレチ
ックスともう一チームで西多摩地域の三本柱とも言われていた、鷲の台ワロース出身だっ
たという事実だった。

「あの世代、シニアにいた俺の耳にもその話は届いたし……事実、俺の支部が戦ったチー
ムにワロース出身の選手がいた時もあって」過去経験した試合、俺自身あまり信用してい
ない記憶力でその場面を思い浮かべる。「噂通りだったのを覚えているよ」
「はてさて……そんな名門チーム相手に、桜井君はどう采配しますか」

 二回の裏、小平アスレチックスナインがグラウンドへと散っていった。

「うへぇ……みんなちっせぇなぁ。お、ピッチャー左じゃん」

 体格の良いキャッチャーを含め、ワロースのナインは皆小学生としては高身長の選手を
揃えているのに対し、桜井率いるアスレチックスはというと

「まぁ小学生なんてこんなモンだろ、それに」健太郎がおもむろに羽織っていたイングラ
ンド代表のジャージを脱ぎながら言った。「体格が点数になるスポーツってワケでもねーよ」

 身長は平均的な小学生。手足も細く、ユニフォームもぶかぶかな選手もいる。背中に縫
いつけられた背番号もやたらと大きく見える。

「……懐かしいな」

 初めてアンダーシャツに袖を通した日の事はとっくに忘れたが、妙にワクワクしていた
気がする。
 キャッチャーのボールバックのコールで、グラウンドからベンチへと投球練習中に野手
が回し合っていたボールが投げ込まれる。ベンチ前に並んだ選手達のヘルメットがボール
に当たって弾け跳んだ。

「おークイック速ぇー……キャッチも牽制上手いね。小さいのに肩も良いな」

 セットポジションからの投球フォームは目を見張るモノがある。俺の本職はファースト
で、数々のピッチャーのクイックモーションを間近で見てきた。今マウンドを任されてい
る少年のモーションのそれは、小学生とは思えない程に洗練されていた。キャッチャーも
捕球から牽制を投じるまでの動きがスムーズで、二盗の成功なんてほぼ当たり前の少年野
球の定説も危ういかもしれない。

「さすが超高校級ピッチャーの元女房役……だ。そのノウハウを受け継いでいるんだな」

 そういう健太郎の顔には、“なんとしてでも桜井が欲しい!”と書いてある。勿論性的な
意味ではないはずだ。いや、まぁ件の例もあるんだが。
 どうしてだろう、人の野球見ていてこんなドキドキしてきたのは初めてだ。可能性を秘
めた原石達を見ているからだろうか?だとすれば、わざわざ選手生活を投げ出してまで桜
井がコーチをやっている理由も分かる気がする。







       

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