Neetel Inside 文芸新都
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 こんな話を聞いた事がある。
 スポーツ選手などが極度に神経を使い過ぎて、それが身体に影響して集中すべき場面で
考えられないミスを起こす事をイップスと呼ぶと。

「うぉー!シンジラレナーイ!」

 神経の使い過ぎが体にとって不必要なまでのプレッシャーを呼び込んでしまう事が失敗
に繋がるというのなら分かるが

「セカンド蹴って大丈夫!ダイレクト送球はないよ!」

 健太郎はこれを呼んでいたのか?
 六回の表、九番からの打順。つまりは二イニング三者凡退しているワケだが、うちの九
番、ミッキーこと幹雄も、俺達は当然凡退して健太郎に打席を譲るだろうと思っていた。
 それが……

「おー!!スリーベース!ホームランより格好良いぜ!」

 この回より俺達は、ビヨンドマックス(硬式野球部しかないうちの野球部に置いてある
ハズはない。事前に健太郎が用意していたという事はこの企画も相当健太郎が練りまくっ
たに違いない)を持って打席に向かうよう命ぜられた。
 そして、ついに健太郎の第三打席。

「も……もしかしたら俺達ウンコするのに血が混ざるような思いしなくて済むかもしれないぜ!」

 このビヨンドマックスというバットの特徴は、ミート部分が従来のような金属ではなく、
高反発のポリウレタン素材で出来ている部分なのだが、これが実にえげつない。軟式の野
球ボールはバットとのインパクトの瞬間に潰れて変形しやすいが、その変形でエネルギー
のロスが生じてしまい、その分飛距離が落ちる。だがビヨンドマックスに付けられたポリ
ウレタン素材はボールよりもはるかに柔らかく、インパクトの瞬間にはボールではなくバ
ットのスイートスポット部分がより大きく潰れる。

ボゴッ

 というワケで、エネルギーのロスが少なくなり通常では考えられない程に打球が飛ぶ、

「Damn it!!」

 それが健太郎のスイングと結婚すると、二打席連続ホーマーなんて事も起こる。
 そんなビヨンドマックスの凄いトコロはというと、もうひとつある。バットの方が変形
するお陰で、たとえ球威に圧されボールの下を叩いてもミート部分が“面”に変形するの
で、バッティングフォームがスムーズならば打球がライナー性の当たりになるのだ。たま
たま当たった素人のミッキーの打撃フォームが、たまたまスムーズで理想的なスイングだ
った……というラッキーも重なったようだ。

 思いっきりすくい上げた健太郎の打球はグラウンドどころか、センター方向の校舎すら
も超えて行ってしまい、見えなくなってしまった。

 これは憶測だが、健太郎以外のメンバーが素人同然なのを理解した相手投手は、そいつ
等からはしっかりとアウトが取れるだろうと思って無意識に手を抜いてしまい、ミッキー
に打ちごろの棒球を放ってしまったのではないだろうか。舐めきっていたといえばそうだ
が、これは一種のイップスなのか?ミッキーを始め俺達なんてアナルに迫りつつある危機
で普段じゃ考えられないハイテンションになっている。実際ミッキーは火事場の馬鹿力で
時速百三十キロを超える球を打ち返してスタンディングトリプルを決めた。

「な!覚悟があると違うだろ?」

 ハイタッチで迎えられた健太郎がそう言う。まぁ正論なのだが

「じゃあ勝利した際の副賞の話は……」
「そこは本当」

 俺達が表の攻撃で助かった。ゲームセットの瞬間九人中一人は逃げられないが、それが
俺ではない事を祈ろう。


       

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