Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

14 忘れもしないあの夏3




――撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。



コードギアスというアニメの主人公、
ルルーシュの口癖だ。
実に同意する。

ネットで他人を叩くなら自分が叩かれる事も考えるべきだし、
陰口を言うなら自分が言われても文句を言ってはいけない。
仇討ちをするなら自分も仇になることを覚悟すべきだし、
暴力を振るうなら返り討ちになることも考えておくべきだ。


なぁ、初代まだお。
お前は関係ない弟を、自分の欲望のために殺そうとしたんだよな?
だったら、その兄貴の怨みを買って、
自分がぶっ殺されたとしても、
それは仕方ないと割りきってくれるよな?




…………



初代まだおは逃亡していて、
私も狙ってくる可能性があるとのことだった。
家から一歩も出ないようにと警察からも言われた。

だがそれはむずかしい注文だ。
なぜなら今から初代まだおを殺しにいかなければならない。
人の弟を殺そうとした報いを受けてもらわねばならない。

幸か不幸か、今は夏休みだ。
学校は休み。欠席の理由で怪しまれることもない。
まず何をするかを考える。

目下、初代まだおをどうやって殺すかだろう。
弟がやられたように車をぶつけてやりたいが、
車は持っていないし免許が取れる年齢ではない。、
毒殺というのも現実的ではないな。

だとすれば刺殺、絞殺、撲殺。
いずれにしても直接手にかける必要がある。
私はニンジャでも暗殺者でもないので、
まったく気づかれずに暗殺、なんて土台無理な話だ。
なのでもみ合いになった時の事は考えておくべきだろう。

初代まだおの身長は180ぐらいか。
私より10センチほども大きいし、
体格も一回り大きかった。
となればリーチ差を考慮した方がいいのか。

包丁……どうだろうか。
単純な疑問なのだが、よくドラマでやるように
あんな簡単に女性の力で衣類を貫通するものなのだろうか?
そうはならない気がする。
研ぎ澄まされた日本刀ならいざ知らず、
その辺に売っているような安物の包丁では
服を貫けず包丁の方が曲がってしまうかもしれない。

リーチ差と殺傷力を考えるに、
武器は棒のようなものがいいだろう。
金属バットか、木刀。
あれは十分な殺傷力がある。


小学校低学年の頃、一時期剣道の道場に通っていたことがある。
その先生は教え子にはちまきを強要し、木刀で素振りをする
スパルタで、私は木刀で頭を何度か小突かれた事があった。

痛かった。
ちょっと触る程度でもあの痛さである。
ならば力をこめて振り下ろせば、怪我どころじゃすまないだろう。
包丁と違って、実際にどんなものか知っていたから、
相手へのダメージを明確に想像することができた。

私物の多くは、実家から持ってきていた。
漫画を描く時に剣を構えたポーズの参考になるかもしれないと
持ってきた木刀が、まさか殺人に役に立つとは思わなかった。
竹刀袋に入れれば持ち運びも用意だ。

次に、初代まだおが今現在どこにいるかを考えなくてはならない。
これがむずかしい。
当時は携帯電話の所有率は7割といったところだ。
料金も今よりずっと高い。
初代まだおは離婚した後会社を退職し、
現在はアルバイトで食いつないでいるらしく、
携帯を持っているかは微妙なところだ。

とりあえず、初代まだおの家に行ってみるか。
母のかつての仕事仲間であるあの男の家には、
母の車で何度か訪れた事がある。
逃亡中の男が家に戻っているとは思えないが、
行き先の手がかりぐらいはあるかもしれない。

だが万が一はありうる。
実際、初代まだおが家にいたらどうするか?
殺せるのか?


頭の中で、何度も何度もイメージしてみる。
ちょっと太ったあのだらしのない体型。
清潔感のないボサボサの頭。澱んだ瞳。

男は私の顔を知っている。
息子を殺すつもりだと言っていた。
私も殺されるかもしれない。
だが、自分が殺そうと思っていた相手がいきなり家を
訪ねてくるのは想像もしていないはずだ。

私と会った一瞬、ぽかんとなる初代まだお。
その頭に振りかぶった木刀を、全力で振り下ろす。

初代まだおは頭から血を流す。
弟と同じように。
視界が血でふさがるかもしれない。
痛みの発生した箇所を手で押さえるだろう。

状況が把握できていないところに、
もう1度木刀を振り下ろす。
頭を抑えていた手が砕ける。
手を離したところにもう1度。
激しい痛みで膝をつく。
もしかしたらようやく状況を呑み込んで
何か言うかもしれない。

だが許さない。
私は無言で木刀を振り下ろす。
「弟の仇だ」なんて事も言わない。
この歪んだ男は「お前のせいで兄貴に殺されかけた」と
弟に怨みを持つかも知れない。
そんな事はさせない。
この殺意は私のものだし、
お前を殺すのは私なのだ。
きっちり私を恨んで死んで欲しい。
そんなことを考えながら私は木刀を振り下ろす。

何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
何度も。何度も。何度も。何度も――

イメージトレーニングは完璧だ。
準備もできた。
祖母の目を盗んで、私は家を出る。
たぶんもう帰って来れないだろう。
孫が殺人犯だと知れば祖母は悲しむだろう。
だが、初代まだおを私は許す事ができないし、
生かしておけばまた弟が狙われるかも知れないのだ。
申し訳ないと思いつつも、声に出すことはできないので、
ただ頭を下げるだけに留めた。




そして、外に出た私を――





「おっ、なんだなんだ?
 縄跳び、ジョギングの次は素振りでもするのか?」



玄関を出てすぐのところで、にこやかな声で話しかけられた。
祖父であった。

夜勤から帰ってきたのだろう。
バイクにまたがり、ヘルメットをかぶった祖父が立っていた。

祖父の言葉を補足すると、
文学部に入った事による運動不足を解消するため、
私は縄跳びやジョギングを数日に1度しているのである。
私が剣道をやっていたことも知っていたから、
竹刀で素振りでもするのか? そういう意図での言葉だ。



……中身は木刀で今から人を殺してくる。
まさかそんな説明をするわけにもいかない。
どうやってごまかそうか。

「運動なら、今からじーちゃんと一緒に
バッティングセンターでも行くか?
バイクに乗せてってやるからな、ん?」

「いや、いいよ。
じいちゃん仕事で疲れてるんだろ?
ゆっくり休みなよ」

「まだヘルメット被ってるし、
すぐ近くまで乗せていくだけなら
そんなに大変でもないさ。
待ってろ。お前のヘルメットも今出してやるから」

「あ……ちょっと」

止める間もなく、じーちゃんは玄関の棚から
ヘルメットを1つ取ると、私に寄越した。

「じーちゃん、甲子園は毎年見てるんだ。
今日は孫のスイングを見てやるよ」



……祖父は、普段はこんな強引な人物ではない。
夜勤明けの祖父は、帰ってきたら風呂で汗を流しビールを飲み、
夕食の時間まで寝る。
野球が好きで、夕食を食べるときはいつもナイター中継を見ている。
仕事で疲れてる時は自分のバイクで出かけようとは、
あまり言わない。


普段と違う祖父に対し断る言葉が見つからず、
……何がどうなったのか。
人を殺しに行く予定が、
そのまま祖父とバッティングセンターに行くことになったのだ。

100キロどころか90キロの球にも
まったく当たらなかった。



結果的に、300球ほどやって、
まともに飛んだのは2割にも満たないだろう。
これより50キロも早いボールを3、4割で打つんだから、
プロはすごいなと思った。

そして、300回もスイングをさせられた私は
完全に息があがってしまっていた。
疲れたと言っても祖父がずっとお金を入れるので
結局プレイするはめになってしまったのだ。

膝に手をついてバットを手放した私を見て、
祖父は笑って言った。

「いい気分転換になっただろ?」


……思えばこの時、
祖父は私を見て何か察していたのかもしれない。
仕事から帰ってきたばかりで事情は知らないはずだったが、
私の様子を見て、何かイヤな予感でもしたのだろう。

祖父のおかげで私は、
疲労と、あれほどの殺意と怒りがなりを潜めてしまっていて、
とても今から人を殺しに行く気になんて
なれなくなっていた。



……ふと冷静になって考える。
こんな事をしてる場合じゃなかった。
私が今、やるべき事はバッティングセンターでバットを振ることでも
初代まだおの頭をかち割ることでもない。


「じーちゃん、ついでだし駅まで連れてってもらっていいかな」

「ん? いいけどどこ行くんだ?」

「……弟のお見舞い。なんか、怪我したらしいから」



私はまず、1番最初にやらなければいけないことに
ようやく思い至ったのである。

……もっとも、あの男が弟と私を狙ってくる可能性がある以上、
どこかで手を汚さなければならないだろう。

居場所を突き止めて必ず殺す。
私は、漫画のストーリーを熟考するよりもはるかに慎重に、
初代まだおを殺す方法を練る。

頭に包帯を巻いた痛々しい弟の姿を見たとき、
初代まだおに対して、そして母親に対して怒りがこみ上げてきたのを、
私は生涯忘れない。

必ず報復する。
そう決意したのもつかの間。
数日後にはその全てが無駄となってしまった。

初代まだおは死んだらしい。
自分の部屋で首を吊ったのだそうだ。
部屋には母に向けて書かれた遺書が残っていたのだという。

母に聞いたところ、男の遺書を読まなかったそうだ。
私もそれが正しかったと思う。
1度は愛した男とはいえ、命を賭した情熱を受け止められるほど
私の母は強い人間ではない。

弟の病室で母と会ったとき、
私は恨み言の1つでも言ってやろうと思ったのだが、
顔が青ざめ目を泣きはらし弟のすがりつく母親の姿を見ていたら、
とてもではないがそんな事はできなかった。

もちろん、私も母も弟も、あの男の葬儀にはいっていないし、
そもそも葬儀を行ったのかさえもわからない。

なにはともあれ、母を愛し、弟を殺そうしたあの男は
私が殺す前に人生に終止符を打ち、
2度と私の前に現れることはなくなったのだ。。

       

表紙
Tweet

Neetsha