あなたは炎、切札は不燃
Raise dead ③
ロックの外れた枷を次々と自分で外していきながら、慶は拘束されていた部分をしきりに擦っていた。
立ち上がり、鎖を石畳に投げ捨てていく。
「絶縁されてるってのはホントかよ? こう、胸に『ドンッ!』て来たぞ、エンプ」
「防弾チョッキだって撃たれると痛いでしょ。きっとそんなもんなんですよ」
さも当然のように答える奴隷人形と、平然としているその所有者を見比べて、リザイングルナは息を忘れたように立ち尽くしていた。実際、そうだったのかもしれない。
「……なぜ」
「あの二枚」
慶は手首を擦りながら言った。まだ自分のものかどうか確かめるように。
「当ててやろうか?」
「……え?」
「二戦目の。おまえが見て、残した二枚。ただのペアってのは、違うだろ」
「……なんだというんです? もう終わったことです」
「終わってない。あの二戦目で、おまえの最終手は胸部二枚、右腕三枚。そのうち、二枚は最初から持ってたカードだ。俺はこう思ってる。……あれは、胸部と右腕が一枚ずつあったんだって。なぜか?」
慶は発電機の隣にある、同等サイズの機械に赤い硬貨を放り込んだ。
待ち時間もなく、機械の口からハンバーガーが一つホカホカで転がり出てきた。
その包み紙を広げて、バンズに噛みつきながら、世間話でもするように続ける。
「一回戦で、おまえの手札は胸部三枚、右腕二枚だった」
もぐもぐ。
「三戦目で追加ドローした以上、切札はそのどちらかだ。だから、二戦目でおまえが見た札のどちらかは、切札だった。そしてもう片方も、切札候補にできるカウント数だった」
ごくん。
「なぜなら、その二枚を残して三枚破棄して、その回をドロップしなければ、どちらもドローカウントが6に届くからだ。だからおまえは三戦目で、切札を一点に絞り込まれず二点に留めておいたまま、追加ドローできた」
『リザイングルナの公開手札』
1R……<胸部×3枚 右腕2枚>
切札が胸部の場合→ドローカウント3
切札が右腕の場合→ドローカウント2
2R……<胸部×2枚 右腕3枚>
切札が胸部の場合→ドローカウント5 +破棄札×3枚
切札が右腕の場合→ドローカウント5 +破棄札×3枚
追加ドロー必要カウント:6
「……もし仮にそれが真実だったとして、繰り返しますが、だからなんだというんです? 私はすでにレイズデッドを決断した時、あなたから総取りすると決めていました。もし、追加ドローすることで切札が暴露される状況であったとしても、引いていました」
「かもな。だが、俺が言ってるのは、だからどうって話じゃない。言っただろ? このポーカーは情報戦だ。何があろうと切札だけは読まれちゃいけない。一度読まれたら、どこまで崩れるかわからない――」
「……総取りされたくせに、偉そうですね」
「外してもらうつもりだったからな。俺は最初から総取りを狙ってた。俺か、おまえの」
リザナを見、
「だから、次は俺が総取りで終わらせる。おまえの切札を読み切って」
慶は包み紙を捨てた。
「当ててやる。おまえの切札は、……『胸部』だ」
「…………何を根拠に? ドローカウントも、オープンした局面も同じ。それでどうして、私の切札が胸部になるのです?」
「二戦目に、三枚破棄しただろ。残しの札を見てから、その判断が速かった。つまり、見た二枚がどうであれ、おまえは三枚破棄したかったんだ。なぜなら、初戦で増えたドローカウントが3だったから。残りのカウントをオープンで稼ぐとどうしても時間もかかれば目立ちもする。どこかで破棄で誤魔化したかった。実際に、カードが流れておまえは右腕をダミーにできた。いい策だったよ、お手本みたいにな」
慶は笑った。
「それでも俺には通じない」
「…………」
「俺はギャンブラー、おまえに俺は倒せない。どれほどあがこうと、埋めようがない河がある。それを忘れてやるほどヒロイックじゃない」
慶は一瞬、何かを思い出すような顔をしてから、言った。
「降参しろ」
リザナが、俯けていた顔を上げる。
「……今、なんて?」
「もう勝負はついた。俺の勝ちだ。おまえじゃ俺には当てられない。こんな簡単に誘導されてるようじゃな」
「何を勝手な……そんなこと……」
抵抗しようと何か言葉を紡ごうとするリザナに、慶は言った。
「もうやめろ、深癒」
ヴェムコットが目を見開き、エンプティが耐えきれないように顔を背けた。
聞き覚えのない名で呼ばれたリザナは、瞬き一つせずに慶を見返している。
「……ミユ?」
「いいか、よく思い出せ。俺は……」
慶は言った。
この船に乗った理由を。
何が望んできたのかを。
「俺は、おまえを生き返らせにきた」