Neetel Inside ニートノベル
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あなたは炎、切札は不燃
逆襲

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 雷鳴の瞬間は記念撮影に似ている。瞬間的なフラッシュが、すべての時間を切り取って、なにひとつ動かずに静止した世界を作る。
 リザイングルナは処刑具を闇のように白く濁った瞳で構え、ヴェムコットはどこか憂鬱そうな顔でそれを眺めている。奴隷人形エンプティはどれほど主の勝利を信じていても処刑の瞬間はわずかに目を見開き、まるで自分が撃たれたかのような心細げな目を宙空に投げ、そして真嶋慶は「まぶしいから」と自分で両目に巻いた包帯に顔も真意も隠して項垂れている。カメラなどないから記録には残らないが、すでに幾度か、そんな存在しない写真が蒸気船に吸われていった。その枚数は、七枚。
 最初の一撃を合わせて裏表、計4回戦が経過していた。
 真嶋慶は、目を覆っていた包帯を解いて、暑苦しそうに放り捨てた。エンプティが律儀にそれを拾う。拘束されていた枷を外しながら、首を鳴らして電気椅子から立ち上がる。

「だから言ったろ。おまえじゃ俺には勝てない」
「そう言う割には、あなたも私に当てられていないでしょう」

 リザナは処刑具を台座に収める。事実、この4回戦、どちらも相手のパーツに雷撃を命中させてはいない。
 ――ただし、リザナは四点賭けで電貨の残高がいくらだろうと広範囲を狙っているが、真嶋慶は三点賭けに切り替えている。どちらかといえば、最大広角で撃中させられていないリザナが劣勢と見えなくもない。
 これ以上、当てやすくはできないというのに。

「降参しろって」

 慶は馴染みのディーラーから差し出された熱いおしぼりで顔を拭きながら言う。

「それで、おまえは生き返れる。もう一度、人生をやり直せるんだ。……途中からだけど」
「生き返って、私にどうしろと言うんです?」

 リザナは絹の手袋を捨て、新品をヴェムコットから受け取り嵌め直しながら聞く。

「私は……ええと、あなたのなんでしたか?」
「……恋人、だ」

 臓腑を悪魔に掴まれたような顔で慶が実に嫌そうに言った。

「へえ、面白いことを言いますね」
「………………………。さっきも言ったろ」
「ああ、忘れてました」これほど自分の冗談をつまらなさそうに流す女もいない。
「とても信じられませんね。私とあなたが恋仲だった、なんて。……あなた、なにか勘違いしているのではありませんか? そう思い込んでいるだけとか」

 慶は手枷を外すと、それを部屋の隅に放り投げた。エンプティも受け取りようがない。金属の輪は食器が鳴るような音を立てて、鎖を引きずる。
 なんの色も浮かんでいない、感情すらもうかがえない、そんな顔を慶はしていた。

「嘘や冗談で、ここまで来ると思うか。俺がどれだけ滅ぼしてきたと思ってる」
「……死ぬ前の私が、あなたに生き返らせてくれと頼みましたか?」
「…………」
「もし、仮に」リザナは指を一本立てて、それを指揮棒のように振ってみせた。
「私がそうあなたに願ったとしたら、……その願いは取り消します。キャンセルです。穢れた手で集められた命の残骸など、私は望んでいない」
「望むとか、望まないとか、そういう問題か? 命って」
「じゃあ、なぜあなたは生き返らないんですか?」

 リザナは慶の前に立った。
 二人が向かい合い並び立つと、やはり男の慶の背が高いことがよくわかる。一緒にいれば、手でも繋げば、映える二人だったのかもしれない。

「生きていればいいことあるよ。死んじゃったらおしまいなんだから。……そう言って、これみよがしに命を差し出してみせるあなたが、生き返ろうとしない」リザナは微笑み、
「私は、ここにいる瞬間のことしか覚えていません。この蒸気船が、私のすべてです。バラストグールが命を望み、それを私が阻む。それからヴェムコットが淹れてくれるコーヒーと、教えてくれるゲームの規則。あなたにとってはどうでもいいことかもしれませんが、……どれだけ無価値であろうと、私にはそれがすべてなんです」
「……そんなもの、いくらだって上書きできる。陸に戻れば、また……」
「そんなもの、欲しくないんです。真嶋慶」

 それは、嘘と呼ぶには、あまりにも素直な笑顔だった。

「あなたの心は、本物の死者です。あなたは、生きるなんてくだらないことだと思ってる」
「そんなこと、あるわけないだろ」
「いいえ。だから、それを平気で他人に譲ろうとする」
「おまえは他人じゃない、おまえは……」
「私はあなたじゃない。どういう経緯があったのか知りませんが、あなたは私に命を与えようとしている。いいえ、なすりつけようとしている。自分が使い物にできなかった道具を、捨てる代わりに誰かにあげて悦に入る。知っていますか、そういうのを、……バカにしていると言うんです」
「……おまえ」
「もし、あなたが私に勝って、私を生き返らせたら」

 リザナは置いたばかりの処刑具を手に取り、
 それを自分のこめかみに当てた。
 厚く積もった雪が溶けていくのを、春が訪れるのを、それが死期だと悟りながら待ち望む病人のように笑いながら。

「あなたの目の前で、死んであげます。あなたのすべてを否定して。私のすべてを放棄して。……で、どうします、真嶋慶」

 リザナは問う。



「降参するのは、あなたの方ではないですか?」

       

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