みかん

みかん

 梅雨真っ只中の今日。雨は休んでいた。日が強くてクラクラした僕は、週末の仕事終わりにまっすぐ帰る気にもなれず、冷たいカクテルでも飲もうとバーに寄った。
「果物って何がある?」
着くなり、マスターにそう聞いた。
「キウイ、グレープフルーツ、ライム、すももがあります」
そう言うと「お疲れ様です」とおしぼりを渡してくれる。
「あと、みかんもありますね」
「じゃあそれロングで」
選ぶ体力も残っていなかった僕は最後に言われたみかんを注文した。みかんって冬の果物じゃないっけ。頭の隅を過った疑問は、まあ最近は何でもあるし、という無敵文句で打ち消された。出てきたカクテルは僕の疲れを吹っ飛ばすとともに、理性も一緒に吹っ飛ばした。
 気が付くとベッドの上にいた。頭が痛い。時計を見ると昼過ぎ。財布を見ると空っぽ。何軒寄ったのかは覚えてないけど、よくもまあ見事に札を使いきれたものだと、昨日の自分に感心した。テーブルに目を移すとビニール袋。ふにゃふにゃになった冷凍みかんが三個入っていた。もちろん買った記憶はないが、水分と糖分を欲した僕はそれを食べる。冷凍みかんってことはみかんは夏の果物なのかな。考える力はひどく衰えていた。みかんを三つ一気に食べた後、トイレに行って、またすぐ布団に潜った。
 夢を見た。子どもの頃の夢。みかんの皮がうまく剥けない僕は泣いていた。そんな僕を見て母が言った。
「ここに北海道がある」
まだ僕は泣いている。
「これが本州かな」
そうやって母はちぎれちぎれ剥かれたみかんの皮から日本地図を作っていった。
「次は世界地図を作ろう」
僕はもう泣き止んでいた。
 目が覚めて、テーブルに目をやる。二日酔いで剥いたとはいえ、さすがに大人だ。みかんの皮は綺麗に剥かれていた。もう泣かなくていいな。大人になったから、一人で何でもできる。一人で生活できてしまう。無性に寂しくなった僕は、布団に潜って泣いた。あやしてくれる人がいなくて、いつまで泣いたらいいか分からなかった。