全てがそこにあったはずだ。
気づいていないのか?あなたはその双眸で確かに、この世の全ての真実を目にしたはずだ。もしかして、何も見ていないのか……いやそんな、あの場所にある情報の価値を知らないなんてことが、それがどれほどの意味を持つのか、わからないなんてことは考えられないが、あなたの反応を見るに、現状そうであるとしか思いあたらない。
あなたは全てを手に入れたはずだ。
夢や希望、愛や成功など、その他あらゆる人の欲を満たすものを。……まさか、何も持ち帰ってこなかったのか?そこにある物とは、我々が生きている理由の、最も重大で優先的な目標のはずだ。その幸福を手にするために、人々は今も戦争や競争、その他不明確な諍いにより毎分、毎秒死んだり苦しんだりを数世紀もの間、繰り返しているというのに。あなたは本当に何も手にしなかったというのか?一体どうしてなんだ……理由を、聞かせてくれ。
あなたは、選ばれたはずだ。
そうだろう?それなのになぜ……。
……そうか。だからこそ、あなたは選ばれたというのか?神はなぜ、数多いる人類の中からあなたを天界へと招待したのか。そう、あなたは……何も知らない。知ろうとしなかった。何も持ち帰らない。得ようとしなかった。あなたは何も求めず、何も願わず、何も拘らず、何も揺らがず、何も、何にも逆らおうとしなかった。だからなのか?それはいうなら無欲の化身。だからあなたは神に選ばれ……いや、違う。もしかして、あなたこそが神なのか?天界に行き、選ばれ、神となった……そうなのか?神はあなたを……いや、そうではないな。きっと最初からそうだったのだろう。あなたは元々神で、天界へはただ帰還しただけ、それだけのことなのでは?もしそうなら……なぁ、そうなんだろう?なんとか言ってくれ、あなたは、我々は……我々を導いてくれ!頼む、あなたの力が必要なのだ!何故だか、あなたが天に帰ってから、これまで我々を導いてくださった神の声が聞こえてこない。神職者達も連日の儀式に疲弊し、皆が動揺している。声を失った宗教間では意見が分裂し、諍いが起き、武器を取った人々はもう止まらぬ。このままではこの争いは世界中を巻き込み、人々はみな斃れてしまう。神よ!応えてくれ!あなたは……これまで支えてくれていた声と同じように、我々を救う神なのか、それとも……何でもいい!何か言ってくれ……頼む、我々を救い給え!新たなる神よ!
「あうあうあー」
『彼』の、そのだらしなく開いた口の端から、かつて神であった残骸がはみ出していた。
そして次の日、人類は滅んだ。