Neetel Inside ニートノベル
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 薄暗い部屋の中、男達の話し声だけが延々と響いていた。
 仕事は朝から始まっていたが、日が沈んだ今も終わる気配は無い。
 端末に語りかける男は、そこから漏れる明かりが部屋の中で唯一の光源となったことに気付くと、伸びをするついでに隣の男の肩を叩いた。
 「灯かりくらい自分で付けろよ……」
 「そっちの方が近いだろ。自分は動かずに照明が付くって、なんかハイテクな感じするな。さしずめスマートヒューマンだ」
 「人力の時点で何一つスマートじゃないだろ……」
 有史以来人類に受け継がれてきたローテクによって明かりを取り戻した部屋の中で、二人の男は再び端末に話を続けた。
 「いいか、そっちの世界は、あんたが思ってるほどファンタジーなもんじゃない。むしろ血も涙も無いくらいにリアルなんだ……」
 「……軍事知識に明るいって? そっちの世界には、お前なんかに頼らなくてもその道のプロである職業軍人が山ほど居るんだぞ。まともな戦争も経験して無い平和な国から来た一般人が、半チクな知識でどうしようって……」
 「……騙されるな、それは今そっちで横行してる闇ビジネスだ。何も知らない異世界人をそうやって勧誘するんだよ。選ばれし者だとか勘違いしてついて行ったら、タコ部屋か農園で一生奴隷生活だぞ……」
 「……お前は要するに道具として利用されていて……違う、別に生物兵器みたいに強いわけじゃない。逆に非力すぎて保護にかかる負担が莫大なんだ……」
 数時間後、作業が一段落したところで、二人は部屋を移って、グラスに注いだビールで乾杯をした。
 「ふぅ……今日は何人だ?」
 「戻ってくるって確約してくれたのは三人くらいだな。まったく、聞き分けの無い連中で……」
 「お前に言われてると思うと、連中も少し気の毒だけどな……」
 口元の泡をぬぐいながら、男が友人に冷ややかな視線を送る。
 「俺は結局あの後すぐ帰っただろ。まさかマジで悪事に利用されてたとは思わなかったんだよ……」
 異世界側の治安維持機関の調査によって、一連の失踪事件の真相は過激な反体制組織による無差別テロである事が判明した。
 利用価値の低い移民を大量に流入させることで、治安の低下や行政コストの増大を誘発し、一方で移民の居た世界には復元力を利用して魔獣を送り込む事で、一気に二つの世界を弱体化させる目論見であったらしい。
 「互いに弱ったところを狙って一気に両方の世界を制圧、行く行くは文字通り新世界秩序の創造……か。どこの世界のテロリストも、無茶なこと考えるよな」
 結果的には、テログループの計画は一部を除きほぼ失敗に終わっていた。
 当局による捜査の手が、グループが想像していたよりも遥かに早くその喉元に延びたことも大きかったが、当てにしていた転移魔法の副作用についても、大きな誤算があった。
 世界の復元力によって引き起こされる現象は、結局のところ自然災害に近い無軌道な反発であり、とても一魔道士が意図的に制御できるような代物では無かったのである。
 転移した若者の変わりに送り込まれたのは、大気や石ころのように無害な無機物が殆どで、生物についてはその一部が外来種として害をなす事が予想されうる、という程度で、凶悪な魔物が送られてくる事などはついぞなかった。
 「まぁ、テロリストってのは、そういう不確定な部分は、全部自分に都合よく考えるもんなんだろ」
 つい最近まで利用されていた立場とは思えないような態度で、男の友人がグラスを空ける。
 「何でそこまで他人事のように喋れるんだ……」
 友人が男の世界に帰還したのは、事件の全貌が見えてから数日後の事である。
 異世界側の消極的な損害については半ば無頓着だった彼も、古巣に実害があると聞かされては流石に意気を挫かれた。
 加えて自らの穴埋めが石ころや微生物で済ませられている事実も、彼の挫折に拍車をかけたのだった。
 「テロリストと一緒にするなよ。さっきも言ったけど、俺は結局事実に気付いて引き返してきただろうが。世界の歪みを少しでも直したんだから、むしろ世界を救った側だ」
 「お前が消えて出来た歪みだろ。とんだマッチポンプだ」
 「だからこうやって働いてるだろうが。撒いた水の方が多いなら、多少キナ臭くても問題じゃない」
 「問題かどうか決めるのはお前じゃないだろ……」
 その後男は今回の強制送還に寄与した腕を変われて、友人の方は諸々の償いのための社会奉仕として、事件の事後処理を手伝う臨時職員として雇われる事になった。
 できるだけ迅速かつ内密に事態を収束させたいという異世界側の思惑による超法規的措置でもある。
 「実際健気に頑張ってるだろ。時給に直せばこっちの最賃割るんだからな、この仕事」
 「刑務作業の代わりだと思えばそんなもんだろ。前科付かないだけありがたく思えよ」
 主な業務は、通信端末を利用したカウンセリングや説得であり、報酬は帰還に応じた転移者の人数に応じて支払われる完全歩合制である。
 そしてもう一つの業務は……
 「すみません、お二人共、今すぐ出られますか?」
 「また出たのか!?」
 端末から響くオリンの声に反応して、二人が防護服を羽織る。
 「大丈夫です! 二人とも、多少酒が入ってますが問題ありません」
 マスクで篭る友人の声色には、アルコールのせいだけではない高揚感が乗っている。
 彼らのもう一つの業務は、外来種として彼らの世界に紛れ込んだ異世界の小動物の駆除と送還である。
 「この仕事の一番のやりがいだよな。異世界の魔物と戦うなんて、まさに俺の憧れだ!」
 「お前がそれで良いなら、俺から言う事は何も無いけど、やってることは害虫駆除業者みたいなもんだぞ」
 「良いんだよ。世界を救うのは、こういう誰でもない奴らの、なんでもない仕事の積み重ねなんだからな」
 「ちょっと良いこと言ってる風なのが余計腹立つな……」
 「準備できましたか? それでは行きましょう!」
 端末からの声と同時に、短く鳴ったクラクションの音が窓ガラスを震わせる。
 彼らが外を覗くと、オリンが軽トラの窓から半身を乗り出して手を振っていた。
 「よし、行くか!」
 「まぁ、そうやってまともに働く気になっただけでも、今回の件は無駄じゃなかったのかもな」
 「あぁ良い社会経験だった。いや、良い世界経験か。異世界だけにな」
 「オリンさん、やっぱ今からでもこいつ、そっちの牢屋にぶちこめませんかね!?」
 防護服の男が二人、世界を救うため、夜の闇へとその身を溶かしていった。

       

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