「神話」作:新野辺のべる(6/2 21:40)

 口の中からしゃりしゃり音がする。砂ぼこりが口に入っているようだ。私はいらだっていた。
 自然現象にあたりちらしてもしょうがない。それが本当に自然現象ってやつならば。
 砂塵が晴れて、敵の歩兵部隊が顔を出す。それも千や二千ではない。乾いた地を軍靴が踏み鳴らすことで砂嵐が起こるほどの規模だ。
 豪雨が降っているわけでもない。雷が轟いてるわけでもない。この地鳴りは足音だ。一万、二万の数が大地を踏み鳴らす音だ。
 歩兵の戦列は途切れることなく地の果てまでも続いて全容はうかがい知れない。
 その陣頭に、兵よりも二回りは大柄な男がいる。傭兵にしては立派な髭をたくわえていた。しかし、王というには猛々しすぎる目をしていた。
 あの男こそ伝説の傭兵王ゲオルク・フォン・フルンツベルグに違いない。兵というのは強い者が好きだ。それが敵だったとしてもだ。ああ、私は歴史的瞬間に立ち会っているのだ。この砦は遠からず抜かれ、私は死ぬのだろう。
 せめて目に焼き付けねば。
 ゲオルクの脇を固める対照的な小男はおそらく副官のゴンザであろう。身の丈の倍はあるパイクを握り露払いをしている。すでに戦端は開かれていた。
 抜け駆けして大将首を上げようと、この砦の門の前に力自慢のもののふ達が通せんぼしている。それをいともたやすくいなし、ゲオルクは聖剣で切り伏せてしまった。
 パイクを振り回しゴンザは暴れまわり、人間ではなく小鬼を思わせる。そんな鬼でもひるみそうな巨大なハルバードを振り回す大女は、戦場に花を添える女戦士シャーロットだ。いや、花というよりも食虫植物かローパーだろう。ハルバードは刃引きしてあるが、殴られれば一撃で昏倒するので関係ない。鈍器となったハルバードをブン回すので、刃がなくても十分に死体の山を作り出していた。
 我が皇軍の兵は逃げ散り、敵兵は城壁まで迫った。
 SHWの旗が砦を取り巻き、人の波が押し寄せる。チカチカと刃がきらめき、金属がぶつかり合う甲高い音が響いている。城壁の上から我が方の弓兵が狙いも定めず矢の雨を降らせたが、傭兵どもはひるまず突撃してくる。
 もう数えるのも馬鹿らしい数だった。それでも見張りの義務を果たさなければならない。私は城壁から階段を駆け下りた。おそらく急いでも意味はない。かと言って足を止めるわけにはいかなかった。
 私は下で指揮を執る直属の上官の前まで出向き、息せき切らしながら現状報告した。
「砦は四方をアルフヘイム義勇軍、SHWのハイランド傭兵に包囲され孤立しています。敵兵力はこちらの二十倍、およそ十万。最前線で率いる傭兵王ゲオルクの姿を目視しました」
「なんだと! 馬鹿な! たかだか傭兵ぶぜいが十万も動員できるはずが……」
 上官が私の話を信じないのももっともなことだ。ハイランドは小国である。国をあげて傭兵しなければならないほど貧しい国である。いかに一国の王といえどもハイランドの台所事情を鑑みればせいぜい五千人の動員が限度であろう。
 もはや常識の範疇で現在の状況を説明づけることはできなかった。私は兵たちの間に広まっている噂話を参考情報として持ち出した。神話のように雲をつかむような話だ。
「甲皇国にもアルフヘイムにもこのような話が兵の間に伝わっています。ゲオルクという男、傭兵でありながら金だけでなく義によって戦場を選ぶと。西に困っている人あらば助太刀し、東に見捨てられた国で助ける者なければ「ここに居るぞ」と名乗りを上げる。ゲオルクとは傭兵の王であり、一介の武人であり、気のいい好漢である。脱走兵たちは合言葉のようにこう言います。ハイランドへ行け、傭兵王ならなんとかしてくれる!」
「脱走兵がいくら寄せ集まってもあんなに膨れ上がるはずがない。これは何かの間違いだ」
 上官は信じられないようで、現実から目をそらした。兵卒を経験したことのない上官殿ではいたしかたない。
 兵は正直だ。強い者につく。私だってアルフヘイムかSHWに生まれていたら、勇んでゲオルクのもとへはせ参じていただろう。さすがにそこまでは語らず私は短く答えた。
「見えませんか。あの十万の兵が」
「ばかな! 魔法だ。魔法に決まっている」
「聞こえませんか。あの十万の喊声が」
「幻聴を聞かせる魔法だ。惑わされるな」
 砦の門が破られて、傭兵たちの勝どきにかき消される。もはや何も聞こえない。
 上官は死ぬまで私の言葉を信じないだろうか。それももうどうでも良いことだ。砦は破壊され砂嵐の中に消えてしまうのだから。