三月三日、千寿は強い雷雨に襲われた。



 早朝から降り始め、昼過ぎには風がふき、深夜には雷が鳴った。ふき荒れる風雨の為か、闇の者たちの多くは姿を潜め、嵐が通り過ぎるのを待った。



 そうした中で、一羽のワタリガラスは闇を駆けていた。



 手傷を負い、その傷を癒す間もなく、ビルの間を翔び、駆けに駆けた。まるで翼を失い、地べたで藻掻いている蝶のようだった。



 その手負いのワタリガラスを仕留める為、一匹の隻腕の獣もまた闇を駆け抜けていた。その左手には、全長九尺、二尺一寸の槍身の両側に、三日月状の刃が付いた大方天戟を携えている。



 そして遂に、痛みを堪えつつ一刻以上駆け続けたワタリガラスの体力は限界に達しようとしていた。



 脚が絡まり、その場で突っ伏すように倒れた。よろよろと立ち上がるも、その背を刃が襲う。



 本能的に身を翻して躱そうとするも、背を抉るように切られ、血が飛び散った。



 肩で息をし、血と雨に濡れながら、ワタリガラスは短い槍を取ると、獣に向かって駆け出した。



 動かない腕を動かし、声にならない声をあげ、死中に活を求めるものであった。



 獣は左手の大方天戟を横一線に振った。片腕の力で振ったとは思えない速さだった。三日月状の刃はワタリガラスの横腹にめり込み、その勢いのまま右方向に吹き飛ばした。



 ワタリガラスは血しぶきを上げながらビルの間、深く広がる闇の底へと落ちていった。 



 獣は大方天戟を肩にかけると、ワタリガラスの落ちた闇を見下ろした。

「無様よ、シグレ。」



 獣は去った。空には、黒雲の間から月の明かりがぼんやりと映し出されていた。