Neetel Inside ニートノベル
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「胡散臭い物乞い宗教家が。目障りだ。くたばれ。」



「私の名はイザヤと申します。此処で、貴方をお待ちしていました。」



「何の用だ。俺は、お前の様な者なぞ知らん。」



 路地裏で出会ったイザヤは、ボロ衣を纏った浮浪者の様な格好だった。



 顔は衣と闇に隠れて見えず、背丈は小さい。



「ワタリ・ゴンゾウ。貴方はちょうど一カ月前、十六歳の誕生日を迎えました。ですが本来、貴方はその年齢で、世界を統べる千年王国の王となる運命を持っていたのです。」



 イザヤの言っていることは全く理解出来ないものだった。



 ただの狂人なのかもしれない。気前の良い文句を付けて、金をせびろうとしているのかもしれない。



 だが、その声はゴンゾウを惹きつけ、その心を強烈に誘惑するものだった。



「イザヤと言ったな。俺はただの貧しいチンピラだ。物乞いなら他を当たれ。」



「いえ、貴方は今、ご自分の運命を自覚なされている頃です。その為に、私は参りました。貴方の従者となる為に。」



「俺の従者か。悪くないな。それで、お前は俺に何をしてくれるんだ?」



「私は貴方の道を指し示す杖となりましょう。私は貴方が千寿の王となる姿が見えます。御父上の志を継ぎ、貧しき者には富を与え、悪しき者には死を与える。泥の装束を脱ぎ捨て、新たな衣を着て、千寿の闇を照らす巨星となるでしょう。」



 案外、悪い気分ではなかった。イザヤの言葉を聞く度に、まるで本当に自分が千寿の王となったような気分になる。ゴンゾウは自分の服から金色のボタンを外すと、目の前の従者に放った。



「俺は曲がった物事を逆さまに考える癖がある。故にお前の言うことはまだ信用していない。だが、主人は従者に物を与えねばならん。」



 イザヤは少し微笑んだようだった。そして、再び謡いだした。


「海沿いの国々よ、わたしに聞け。



 遠いところの諸々の民よ、耳を傾けよ。



 主は我を生れ出た時から召し、母の胎より出た時から、我が名を語り告げられた。



 主は我が口を鋭利な剣と成し、わたしを御手の陰に隠し、研ぎ澄ました矢と成した。



 また、我に言われた。





 貴公は我が僕、我が栄光を現すべきイスラエルである、と。





 しかし、我は言った。



 我は闇雲に働き、益は無く、虚しく力を費した。しかも尚、我が正しきは主と共にあり、我が報いは我が神と共にある、と。



 ヤコブを己に帰らせ、イスラエルを己のもとに集めるために、我を腹の中から作って、その僕とされた主は言われる。



 我は主の前に尊ばれ、我が神は我が力となられた。



 主は言われた。





 貴方が我が僕となって、ヤコブの諸々の部族をおこし、イスラエルの残った者を帰らせることは、いとも軽い事である。我は貴方を、諸々の国人の光と為して、我が救いを地の果てにまで至らせよう、と。





 イスラエルの贖い主、イスラエルの聖者なる主は、人に侮られる者、民に忌み嫌われる者、に向かってこう言われる。





 諸々の王は見て、立ちあがり、諸々の君は立って、拝礼する。





 これは真実なる主、イスラエルの聖者が、あなたを選ばれたゆえである。



 主はこう言われる。





 我は恵みの時に、貴方に答え、救いの日に貴方を助けた。我は貴方を守り、国を興し、荒れ廃れた地を嗣業として継がせる。



 我は捕えられた人に、出よ、と言い、暗きにおる者に、現れよ、と。





 彼らは道すがら食べることができ、すべての裸の山にも牧草を得る。



 彼らは飢えることがなく、乾くこともない。



 また熱い風も、太陽も彼らを撃つことはない。



 彼らをあわれむ者が彼らを導き、泉のほとりに彼らを導かれるからだ。



 我は、我が諸々の山を道とし、我が大路を高くする。



 見よ。人々は遠くから来る。



 見よ。人々は北から西から、またスエネの地から来る。



 天よ、歌え。



 地よ、喜べ。



 諸々の山よ、声を放って歌え。



 主はその民を慰め、その苦しむ者をあわれまれるからだ。



 しかしシオンは言った。



 主は私を捨て、主は私を忘れられた、と。



 女がその乳のみ子を忘れて、その腹の子を、憐れみないようなことがあろうか。



 たとい彼らが忘れるようなことがあっても、我は、貴公を忘れることはない。



 見よ。我は、掌にあなたを彫り刻んだ。



 貴方の石垣は常に我が前にある。



 貴公を建てる者は、貴公を壊す者を追い越し、貴公を荒した者は、貴公から出て行く。



 貴公の目をあげて見回せ。



 彼らは皆集まって、貴公のもとに来る。



 主は言われる。





 私は生きている。貴方は彼らを皆、飾りとして身につけ、花嫁の帯のようにこれを結ぶ。

貴方の荒れ、壊された地は、住む人の多いために狭くなり、貴方を、飲みつくした者は、遥かにに離れ去る、と。





 貴公が子を失った後に生れた子らは、尚、貴公の耳に言う。



 この所は私には狭すぎる。私の為に住むべき所を得させよ、と。



 その時、貴公は心のうちに言う。



 誰かが私の為にこれらの者を産んだのか。私は子を失って、子をもたない。私は捕われ、かつ追いやられた。誰がこれらの者を育てたのか。見よ。私は一人残された。これらの者はどこから来たのか、と。



 主なる神はこう言われる。





 見よ、私は手を諸々の国に向かって上げ、旗を諸々の民にむかって立てる。



 彼らはそのふところにあなたの子らを携え、その肩に貴方の娘たちを載せて来る。



 諸々の王は、貴方の養父となり、その王妃たちは、貴方の乳母となり、彼らはその顔を地につけて、貴方にひれ伏し、貴方の足の塵をなめる。こうして、貴方は私が主であることを知る。私を待ち望む者は、恥をこうむることがない、と。





 勇士が奪った獲物を、どうして取り返すことができようか。



 暴君がかすめた捕虜を、どうして救い出すことができようか。



しかし主はこう言われる。





勇士がかすめた捕虜も取り返され、暴君が奪った獲物も救い出される。



 私は貴方と争う者と争い、貴方の子らを救うからである。



 私は貴方を虐げる者にその肉を食わせ、その血を新しい酒のように飲ませて酔わせる。

 こうして、全ての人は私が主であって、貴方の救い主、また貴方の主、ヤコブの全能者であることを知るようになる。」







 ゴンゾウは腕を組み、足を崩しながらイザヤの詩を聞いた。



「それは喜びの詩か? だが悪くない。俺の門出に相応しい詩想だ。」



「貴方の門出であり、この千寿の門出となりましょう。千寿の王は、正に日の如く。」



 千寿の王。遥か昔から感じていたのかもしれない。



 そして、自分はその魂に導かれるように天より降りてきた新たな衣を身に纏った。



 その日、ワタリ・ゴンゾウの運命の賽は投げられた。





                                                   【堕葉の章  完】

       

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