Neetel Inside ニートノベル
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 復讐は何も生まない、ただ崩していくだけ。怒りは何も作らない、ただ無くしていくだけ。だが、今のチヅルの心は青い炎の様に静かに燃えていた。



 十年前、双子の妹のシズカと共に先代会長の警護に付いていた。両親を早くに亡くし、母の従兄であったサブロウに拾われ、会長には孫のように可愛がられた。報恩の為に腕を磨き、二十歳手前のとき満を持して警護の任務を与えられた。



 だが、任務には失敗し、目の前で会長は命を落とした。敵の囮に気を取られた隙を狙われ、短刀を持った刺客が会長を刺した。気付いたときには既に遅く、刺客は逃げ去り、仰向けに倒れてゆく会長の姿があった。



 衰退した六文組を再建すべく、チヅルはシズカと共にサブロウの目となり、足となり、刃となった。そして十年経った今、遂に反撃の狼煙を上げる時がきた。



 標的は龍門会。千寿で最も大きな裏の勢力に重い一撃を与える。



 今夜、龍門会は大きな会合を開く。会を牛耳るキム・ジュオンを始め、その配下の者達も大勢出席する。間違いなく、ゴンゾウへの対応を決める会合だった。



 チヅルは闇に紛れて走った。出席者および護衛の人数や場所を、インカムを通してサブロウに伝えていく。



 正面の門には四人の守衛。玄関に入ろうとするまでには五十人近くの警護が控えている。旅館の裏門や塀の側には赤外線カメラが備えられ、絶えず巡回している者達もいる。



 旅館の中にはそれ以上の人数がいるかもしれないが、それらを全て把握することは不可能だった。



「ご苦労だった、チヅル。持ち場に着き次第、合図を待て。」



 インカムを通して聞こえてくるサブロウの声は、思いのほか落ち着いていた。ゴンゾウを見届け人として六文組の新組長となってから、その熱く激しやすかった気性を抑え込んでいるようにチヅルには思えた。



「承知しました。」



 チヅルはサブロウから指示を受けていた通り、裏門近くの茂みの中に身を潜めた。



 決行は二十二時時四十六分。あと数分でその刻となる。



 今回の襲撃に際して、サブロウはチヅルに合図と共に火蓋を切る役目を任せていた。



 自責の念にかられた十年だった。それはこれからも、決して消えることはない。



 たとえ今回の襲撃で散ろうとも構わない。だが、六文組の一人として雄々しく戦いたい。

チヅルは武者震いに似た震えを感じた。鼓動が高まり、握りしめた手に汗が滲んでくる。



 そのとき、サブロウよりチヅルのインカムに通信があった。

「決行の時間だ。チヅル。いいか、決して死に急ぐな。」



 サブロウもまた、気が昂っているに違いない。そして自分もまた滾っている。



「はい。チヅル、参ります。」



 チヅルは鎖鎌を握ると、茂みから勢いよく飛び出した。



 裏門に起立していた二人の守衛が気づく前に、まるで獲物を狙う獅子の様に大きく跳ね、左手から一直線に伸ばした分銅で一人の頭部を打ち砕いた。



 チヅルはその勢いのまま鎖を返すと、茫然とした表情を浮かべている、もう一人の蟀谷へ分銅を叩きつけた。



 ぐしゃっと潰れる音と共に男の眼球や脳が弾け飛び、血と共に地面に散乱した。



 幼いころよりサブロウより教えられた技だった。

 陰影流鎖鎌術。影に身を馴染ませ、手足の如く分銅を振るう。



 チヅルは裏門より入ると、ウエストバッグから取り出した発煙筒と爆竹を着火させた。



「六文組の怨と怒を知れ!」



 裏庭を風の如く駆けた。



 発火した発煙筒や爆竹を放ると辺りが轟音と深い煙に撒かれ、近くを巡回していた者達が騒ぎを聞きつけて続々と寄ってくる。チヅルが煙の中で耳を澄ますと、遠くから多くの足音が聞こえてくる。



 恐らく建物の中で控えていた者達で、三十人は下らない。



 そのとき、インカムを通してサブロウの声が聞こえた。



「良くやったチヅル。だが、裏門に人数が殺到して来ている。多勢に無勢だ、脱出しろ。」



 本来であれば煙幕の中、裏庭で暴れまわって敵を引き付ける役割であったが、思いのほか建物内の人数が多かった。



 煙の向こうから銃声がし、一発が左肩を掠めた。



「承知しました。」

 チヅルは煙幕の中から塀の上に跳躍すると、表門の方向に向かって駆けだした。



「サブロウ様。表門の方は如何致しますか。」



「呂角とソウジが突入した。問題はない。今は脱出を考えろ。」



「はい。チヅル、これより帰還します。」



 塀の外に飛び降りようとしたとき、表門の方角から銃声や悲鳴にも似た叫び声が轟いた。



 チヅルが遠目で見たとき、表門から玄関の間の道には想像を絶する光景があった。



 片手で大方天戟を振るう呂角の姿は遠くから見ても容易に分かった。



 いとも簡単に銃弾を躱し、大方天戟の一閃で幾人もの首が宙に飛ぶ。呂角を遠巻きに包囲している護衛達は迂闊に手が出せず、呂角との距離が徐々に遠くなっていく。



 獲物を品定めする猛獣の様に、呂角は周辺を見渡した。その眼に見定められた者の命はない。そして、呂角は包囲の一点に向けて走り出した。



 慌てて引き金を引こうとする護衛達の首は瞬時に刎ねられ、鞠の様に落ちていく。



 まるで、血の暴風雨だった。



 チヅルは阿鼻叫喚の地獄絵図に背を向けると、塀の外に飛び降り、闇に紛れて駆けた。



 奴が敵でなくて良かった、そう思うしかなかった。

       

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