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第四話



 次の日も星野光は俺の部屋に居続けた。次の日も、また次の日も。
 ある日、小説を書けずに悩んでいる俺を見て、星野光がこう話しかけてきた。
「あれれー? 先生、スランプですかー?」
「う、うるさい」
「あははー。やっぱりスランプですねー。昨日までの『俺は大ヒット間違いなしの小説を書いている』っていう自信はどこいったんですかー?」
 うるさい、そう言って俺は星野光の手を払いのけた。
「いったーい。女の子に暴力を振るう男はモテないんですよー? 先生知ってましたかー?」
 明らかに俺をからかいにきている。
「うるさい。……それに俺がモテないなんて、元からだろ。暴力男でもモテる奴はモテる、俺みたいな元からモテない奴は何をしてもモテないんだよ」
「……もう! そんな目をするのはやめなさいってば。何も本気で言ったんじゃないんだし。先生って、冗談通じない人でしたっけ?」
 星野光が俺の座っている椅子の周りをぐるぐると歩き続けている。ドタドタという足音と星野光の視線が気になってなかなか集中できない。
「……なぁ星野さん、どうしたの」
「いえいえー、おかまいなく。何でもないですよー。先生は執筆活動頑張ってください」
「お、おう……」
 かまって欲しいのだろうか。
 壁掛けの時計に目を遣る。時刻は午後0時を指していた。朝起きてからずっとパソコンの前で唸っていたので、こんな時間になっていることに気付かなかった。
「もうお昼時か……。星野さん、何か食べたいものはあるか? 今からコンビニに行ってくるよ」
「ありがとう、先生! じゃあツナマヨのおにぎりをお願いね」


 コンビニから帰宅した。ドアを開けると星野光がいた。不思議な光景だった。親元を離れてから早数年、自分の帰りを待ってくれている人はいなかった。なので自分の帰りを待ってくれている人がいるという事実がちょっぴり嬉しかった。もちろん、それが俺自身の作り出した幻想であっても。
「先生、早くお昼ごはんにしましょうよ!」
 星野光はそう催促する。買ってきた物をポリ袋から取り出してテーブルの上に並べる。
「明太子おにぎりですか。いいですね。じゃあ私これ食べちゃいますね」
 ツナマヨのおにぎりが食べたかったんじゃないのか、というかその明太子のおにぎりは俺が食べる用に買ってきたんだぞとツッコみたくなったが、やめておくことにした。
 そこで、ふと星野光にまつわる設定の一つを思い出した。星野光は、決して食いしん坊ではないが人の食べている物を食べたくなる習性を持っているらしかったのだ。なので俺の明太子おにぎりを見て、つい食べたくなってしまったのだろうと思う。
「はぁ……そういえば星野さん、そういう設定もあったっけなぁ」
「先生? どうかしました?」
「いや、何でもない」
 星野光は明太子のおにぎりをおいしそうに頬張っていた。


 星野光とテーブルを囲む。不思議な感覚だった。
 買ってきたおにぎりを片手に、どうすればもっと面白くなるかを二人で語り合う。
 物語の展開は、星野光が主人公への好意に気付くシーンに差し掛かっていた。
 星野光は主人公のことが好き。これは既定路線なのであるが、星野光はどうにも納得がいかないらしい。
「もう! どうして私がこんな魅力のない男の子を好きにならなきゃいけないんですか!どうせならせめてイケメンにしてください!」
 どうやら星野光にとって主人公は魅力的に映らないらしい。
「そもそもですよ? 何で私が主人公くんのことを好きにならなきゃならないんですか!」
「それはその……。で、でもさ、星野さんって主人公くんのことが好きでしょ?」
「ま、まあ好きか嫌いかでいえば好きと言えるかもしれませんけど!」
 星野光はツインテ―ルを揺らしながらそう言った。
「先生の書いた物語を読んでいると、私がどうして主人公くんのことが好きになったのか、その理由がわからなくてすっごくモヤモヤするんです」
「ひ、人を好きになるのに理由なんて必要ないんじゃないかな。ひとめぼれっていうのもあるしさ。は、ははっ」
 話をはぐらかそうとしていたら、星野光から冷たい視線でこちらを見ているのがわかった。
「先生、ごまかそうとしたってダメですよ。人を好きになる理由ってすっごく大切だと思います。先生も自分の身に置き換えて考えてみてくださいよ。すっごくかわいくておっぱいの大きい黒髪のJKが目の前に居たとして、その娘と少し会話しただけで好きになります? ならないですよね?」
「普通に好きになっちゃうのだが……」
「えぇ……?」
「そんな魅力的な女の子に話しかけられたら、誰だってその娘のことを好きになってしまうよ。そういうもんじゃないのか?」
「ちょっと何言ってるかわかんないですね」
 星野光はそっぽを向いた。テーブルの周りを二、三周ほど歩き回ったあと、何かひらめいた素振りを見せた。
「先生、つかぬことをお伺いしますが、もしかして男子って、女の子を容姿で好きになる人が多いんですか? っていうか男子って女の子の体しか興味ないんですか?」
「そ、そうともいうね。は、ははっ……」
「はぁー……。そうですか、そうなんですね。はい、わかりました。やっぱり男子って女子と比べて恐ろしく単純なんですね……。先生、この際だから教えておいてあげます。女子は顔が良いだけの男に惹かれたりしないんですよ……。男子と違ってしっかり内面まで見てるんです。まあ、もちろん面食いみたいな女の子もいますけど、多数派じゃないですよ」
「なるほどね……」
 そういうことか。主人公をイケメン設定に変えれば、星野光も納得してくれると思ったが、そういうわけでもなさそうだ。
「話はよくわかった。じゃあ主人公くんのことを好きになるのにはちゃんとした理由が必要なんだね。例えばどういうものならいいんだい?」
「そーですね……。王道ですけど、ピンチの時に絶対助けに来てくれる男子だったらちょっと心惹かれちゃいますねー。あーでも主人公くん、結構ヘタれで困難な状況から逃げ出しちゃうことも多いし、正直あんまり頼りにならないですねー」
「そ、そうか。じゃあ他には何かあるかい」
「優しくて頼りがいのある人が良いですね。想像しただけで好きになっちゃいそうですねー」
「優しくて頼りがいのある人か。なるほど」
「うーん、そーですねー。それとは逆に、あまりに頼りない男の子だと、私が面倒見てあげなきゃいけないなーっていう気持ちにはなっちゃいますね。それが好きという感情なのかと言われると微妙な感じですけど。一緒にいてあげたいなっていう気持ちになりますね」
「なるほど……」
「まあ色々理由はあるにしても、一緒に居たいっていう気持ち……それが好きっていうことなのかもしれませんね」
 駄目な男の傍に居て支えてあげたいという気持ち、それを好意だと思ってしまうのは錯誤のような気もするのだが……。まあそれはさておいて。
「よしわかった、それらの点を修正しよう。色々教えてくれてありがとな、星野さん」
「いえいえ、どういたしまして!」


 昼食を済まし、執筆にとりかかる。星野光に指摘された点を中心にストーリー構成をもう一度見直してみることにした。
 事実、星野光の言っていたことは正しかった。
 星野光が主人公のことを好きになった理由を描くエピソードを挿入することにより、物語により深みが増した。
 修正した物語の一部を星野光に読ませてみる。すると、こんな感想が返ってきた。
「いいですねー、毎朝主人公くんの部屋にまで押しかけて起こしにくる私……。ただの幼馴染のはずなのに、どうして私はあいつを放っておけないんだろう……。普段は頼りないのに、どうしてあいつは私がピンチの時に限って絶対助けに来てくれるんだろう……。もしも世界中を敵に回したとしても、あいつだけは私だけの味方でいてくれる、そんな気がする、私にとって主人公くんとはそういう存在、ですかー……。いいですね。すごく良い。私もそんな素敵な人と巡り合いたいなーって思いましたよ」
「そうか、ならよかった。こんな素敵な主人公なら、星野さんも好きになれると思うかい?」
「もちろん!」
 無事納得してもらえてよかった。さらに言うならば、字数も稼げたのでなお良かった。このままのペースでいけば、もし新人賞に応募しても差し支えない分量の作品に仕上がるのは間違いないだろう。
 それにしても登場人物に意見されるというのは不思議な感覚である。登場人物にも各々人格があるのは当然なのだが、それらの人格はあくまで俺の内面のごく一部を切り取ったものに過ぎないと思っていた。
 だからどんなキャラが何を考えようと、それは俺の内面の一端に過ぎないだろうし、だからこそ各々の登場人物はあくまで俺の想定内の範囲でしか物事を考えず、自律的に思考するとは思っていなかった。キャラが立つ、キャラが動くとはこのことを指しているのだろうか。
「先生ー? どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
 気付かれないように、横目で星野光をちらりと見る。
 赤い髪、ツインテ―ル、幼馴染。ちょっぴりガサツでとっつきにくいところもあるが、心を許した相手には優しいを通り越して甘いところもある。エッチな話を見聞きすると鼻血を出して卒倒したり、お嬢様口調になってしまうところがあるのが玉に瑕。
 これが星野光なのだ。
 俺は思いを巡らせた。もしも高校生の時に星野光のような女子と出会っていたら、俺の人生はどうなっていたのだろう。星野光を好きになっていたのは間違いないだろう。
 もしかしたら、星野光のような女子と高校生活を送りたかったという願望が俺の潜在意識の中にはあったのかもしれない。その願望を満たすべく創造されたのが星野光というキャラクターなのかもしれない。
「先生、やっぱりどうかしたんですか? さっきから全然手が動いてませんけどー」
 ジロジロ見ていたことに気付かれると、またからかわれる。そう思った俺は咄嗟に星野光から目線を逸らした。
「私の体を舐めるような目つきで見て……。またエッチなことを考えていたんじゃないでしょうねー?」
「た、例えばどういうことだ」
「そんなこと……、お、女の子の私に言わせないで下さいよ! 先生、これはれっきとしたセクハラですよ?! 訴えますよ! って、なんか鼻血出てきた……。うう……」
 恐らくエッチなことを想像してしまったせいで、鼻血が出たのだろう。俺は星野光にティッシュ箱を差し出した。
「またエッチなことを想像してしまったから、鼻血が出たんだよ……。ほら、星野さん、ティッシュをあげるから早く拭いて」
「え、エッチなことなんて想像してませーん! あっ、ティッシュありがとうございます」
 そう言いながら星野光は鼻血を拭いていた。
 鼻血を拭いている星野光を見ていると、何だか自然と笑みがこぼれた。それと同時に、俺は星野光に対して特別な感情を抱いていることに気付いた。
 その感情に気付くと、もう俺は星野光のことをひとかけらも憎めないのだろう、そう悟っている自分がいて、それがなんだかとても可笑しかった。
「先生、笑わないでください! これも先生が私に変な設定を付け加えたせいなんですからねー? 先生、わかってますー?」
 ごめん、と言いながらティッシュ箱の方に目をやると、中身が空になっているのがわかった。
 買い置きのティッシュを探してみたが、一箱も残っていなかった。
「ティッシュ、なくちゃっちゃいましたねー。って、買い置きもないんですか。……どうしよう」
 窓の外から大粒の雨音が聞こえてくる。きっと外はどしゃぶりだ。
「今からちょっと買いに行ってくるよ」
「先生、別にいいですよー? どうせ鼻血なんかしばらくしたらすぐ止まるんですから。それにこんな大雨の中で出歩いたら、傘を差していてもずぶ濡れになっちゃいますよ」
「別にいいよ。気にしないでくれ」
 そう言って俺は外に出た。


 数メートル先さえも見通せないくらいの、激しい雨が降っていた。道路はやや冠水しており、水たまりになっている箇所に雨粒が降り注ぎ、いくつもの波紋を作り出していた。
 大きめの傘を持ってきたが、このままで歩けばきっとずぶ濡れになるだろう。
 しかしそれでも、それでも星野光のためにティッシュを買いに行きたい。そう思っている自分がいた。


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