Neetel Inside 文芸新都
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SMASHING RED FRUITS
第十話「ブリッツクリーグ・バップ」

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 駅から歩いて十分ほどのところにある公園で、一人の女性が浴びるように酒を飲んでいた。赤いメッシュを入れた、機嫌の悪そうな顔。グレッチ・テネシーローズを携えた彼女は白ワインをグイグイあおる。
 スマッシング・レッド・フルーツのギタリスト、グレッチだった。仲間たちがいるライブハウスまで行くのが面倒になり、こうして酒盛りを始めたのだった。
「ああチクショウ……腹減ったな。何でだ――何で腹は減るんだ。面倒くせえな」
 酔うたびに無差別に怒りの対象を探す彼女だが、今回はそれが自分の臓器ということで本気では怒ってない。まあ、煮え切らないのはいつものことなので気にはせず、ワインをさらに飲む。
 一本だけ買っていたつまみのちくわをかじっていると、騒がしい声が入り口のほうからした。
 四人組の少年少女が、なにやらはしゃぎながら入ってきた。グレッチが嫌いなタイプだ。年下らしき彼らが発する、充実しているそのムードがわけもなく嫌だった。
 どうやら彼らは花火をするつもりのようだった。
「よーし、花火大会始めっ!」
 公園の中央まで来るとろうそくに火を灯し、いきなりロケット花火をぶっ放した。
「うひゃあああ飛んだ飛んだ!」「すごいすごいすごい!」「アハハハハハハ」
グレッチは我慢できず「おい! クソやかましいぞてめえら!」と激昂して叫びながら走り寄った。四人組はぎょっとする。
「こんな街の真ん中で花火なんかやるな、近所迷惑だろうが! そんなことも分かんねえのかこの、ゆとり世代!」
「す、すいません、他にスペースがなかったので……。でもお姉さんもゆとり世代だよね」と、首に狐の面を下げた、眠そうな目の女の子がぼそぼそと言う。周りの三人も「そうだよな」「間違いなくゆとりに入ってるよね」「教育制度で人を批判するのはお門違いじゃないのかしら」などと言うのでグレッチはさらにヒートアップした。
「黙れガキども! やかましいのが悪いっつってるんだよ! おい、てめえらバンドやってるようだな」彼らが携えている楽器を見て言った。「このあたしと対決しろ」
「対決? なぜそうなるのよ?」ツインテールの眼帯少女が口をとがらせた。確かに急な流れである。
「いいからやれ! さっさとやれ! でないとてめらのケツ蹴り飛ばしてやる!」
「酒臭い! お姉さん、かなり酔ってるなあ。どうする?」ジャラジャラと大量のアクセサリをつけた少年が困った顔で他のメンバーに聞く。
「まあ相手してあげようじゃないか、お姉さん結構美人だしね」と、大き目の赤いシャツを着た長髪の少年が笑いながら言った。
「てめえのようなガキに褒められたくねえよ、とっとと演れ」
「よーし、じゃあやろう。お姉さん、名前は? オレは魂狐のベース・テラだ」
「スマッシング・レッド・フルーツのグレッチ! さあ、出してみろてめえのベース」
 にやりと笑いながらテラがケースから出したのは、モズライトの赤いベースだった。
「ほぉー、良いの使ってるじゃねえか」
「まあね、赤対決ってわけだな」
 グレッチもテネシーローズを下げ、準備は完了だ。
「じゃあお姉さん、曲はオレが決めさせてもらうよ。こいつだ!」
 テラがイントロに入る。古いパンクバンドの曲だ。「よし、いいだろ!」グレッチも続いて弾き始めた。
 二人ともつっかえまくっている。特にグレッチは酔いが回っているため足がふらつき、リズムもめちゃくちゃである。しかしそんなのは両者とも気にしていない。
 Aメロが始まる。二人ともがなり声で、
「ガァアセエエブザクイイイイン、ファアセエスレィズィィイン、イィメェジュャァアアモロォォォン、ポタアシャハァァボオオ」と歌い始めた。歌に意識が行ってしまい演奏はさらにひどいものになった。
「うわあ、どうなるんだこれ」キツネが言うとドラマーの銀が、
「拮抗しているなあ。僕が見たところテクは五分五分……この勝負、どちらがパンクな生き様を送っているかで決着するだろうね。テラは胎内にいたころからお袋さんの趣味でパンクづけだったらしいから、ホント、ナチュラル・ボーン・パンクロッカー。――と言いたいとこだけど、あいつは煙草も酒もやらないしなによりパンクに必要な『社会への怒り・反体制』そいつが薄い。プログレを聞きすぎたせいか短い曲にエネルギーを集中することもあまり得意ではないようだし……なにより育ちがいいのが逆に不利になってしまっている。 それに比べてお姉さんは、見ての通り出来上がっている。しかもヤニ臭いし何より態度がパンク。この勝負――テラが負けるね」
「なるほどね。ま、別に負けてもいいんじゃないかしら、それよりこのお姉さんがちゃんと家まで帰れるのか、そっちのほうが不安だわ」
 確かにグレッチの酔いはひどい。流石の彼女とはいえ、昼間からずっと飲み続けていたのだ。常人ならば急性アルコール中毒になってもおかしくないペースである。
 二回目のサビで、やはり無理がたたったかグレッチはよろめき、膝をついてしまった。
「もらった! オレの勝ちだねッ」
「ふっ……ざけんな――まだだ……」と、気合で立ち上がったはいいが、「ううっ、おぶえぇぁっ」
 奇怪な声とともにグレッチが吐いた。テラの顔に。
「うわあああっ」
「こ……この勝負、お姉さんの勝ち! 嘔吐はロックだ」と銀がわけのわからない決着を言い渡す。
 眼帯少女・ギプスは呆れて言う。「飲みすぎよ……。大丈夫、お姉さん?」
「あー。吐いたらスッキリしたぜ。テラっつったな、てめえはまだまだだな、だがいい声してんぜ。お前に免じて今日のところは勘弁してやろう……じゃあなガキども、あたしは静かなとこで飲みなおす。花火でもなんでも好きなだけやれ」
 言いながらグレッチはふらふらと公園を後にした。
「まだ飲むのか。それにしてもスマッシング・レッド・フルーツか、あのお姉さんのような面白い人ばっかのバンドなんだろうな」銀が彼女の背中を見ながら言った。
「テラ、早く洗ってきなさいよ、すごく酒臭いわ」ギプスが後退しながらテラに言う。グレッチの胃の中身はほとんどアルコールだったようだ。
「そうするよ……もらいゲロはしたくないからな」
 テラがすぐ近くの水飲み場まで移動すると、先客がいた。
 ガボガボと水を浴びるように飲んでいる。実際、髪も上半身もずぶ濡れだ。白い髪と、青いコンタクトを入れた目が電灯に照らされている。暗めの優男だ。
 随分飲むんだな、とテラはいぶかった。すでに腹が一杯になり、普通ならそれこそ戻してしまいそうな量を入れているが、それでもまだ飲み続ける男。相当喉が渇いていたのだろうか。
「よし……補給完了、って感じだな」男はようやく顔を上げてテラのほうを見た。「さっきの対決、見させてもらったよシド・ヴィシャス君。さあ顔を洗いなよ」
「ああ、見てたんだ、どうだったよ」
 テラが顔を、勢いよく出る水ですすぐ。男は、
「生音なのにかなり爆発的な演奏って感じだったよ。君も、相手のあの女性もね。俺が求めているものに近いサウンドだったな……うん。それからあのモズライト、実にいかしてた。ほおずりしたいって感じのいい色だ。ちょっと見せてもらっていいかな?」
「ああ、良いよ、ご自由に」髪を流しながらテラが言う。
 それを聞くと男は不敵に笑って、テラのモズライトを手に取った。
「お兄さんもバンドマン?」キツネが聞くと男は頷き、
「ああ、ギタリストさ。しかしこれはマジにいいベースだ、うちのベーシストのとは大違いって感じだ」
「それ、テラのオヤジさんが使ってたやつだって。本当にいい色だよね」
 銀の言葉に頷いて男は、
「そうだな。これならいい仕事をしてくれるだろう……」
 とつぶやき、いきなりモズライトを持ったまま走り出した。
「あっー! ど、泥棒だ! ベース泥棒!」
「なにぃ! オレのモズライトが!」
「フハハハハさらば! これは天使召喚の儀式に使用させてもらう!」
 慌てて男を追いかける魂狐のメンバーたち。
 だが、駅前を過ぎて裏路地に入ったところでメンバー全員が疲弊し、男を見失ってしまった。体力のなさがここで痛手となった。
「クソッ! あの野郎はええ、どこに行った!? オレのベースをどうする気だ……」テラは心底悔しそうにうなだれる。
「アイツたぶんハイオクが言ってた、やばいバンドのファンだな。きっと、いい楽器使えば天使が降りてくると思ってるんだろう。さてどうする? あいつからなんとかしてモズライトを取り返さないと」
「あんな格好してたら目立つはず。知り合いのバンドに知らせて、あいつを探すわよ。このわたしたちから盗むなんて許さないんだから」
「そうだね。あいつをとっつかまえてやろう! そしてあいつにもゲロ吐きかけてやろうじゃないか!」

 四人が決意を固めているころ、逃げ切った男は、駅裏の道を歩きながら電話で話していた。
「ああ……すっとろいガキどもからいいベースを盗んだ。モズライトさ……いい赤だ。それで、そっちは……え? 失敗した?」顔をしかめる男。「何やっているアタゴ……。まあ、いいだろう。頭蓋の音はもういいから、オレのほうを手伝え。『サイン』を発する計画をな。そう――」
 テラのベースを手で撫でながら男は、端正な顔を笑いでゆがめて言う。
「オレのサインは雲をつき抜け、天国にまで届くって感じさ」

       

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