Neetel Inside 文芸新都
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SMASHING RED FRUITS
第九話「マイ・ジェネレーション」

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「なんかえらいことになってきたな。いきなりベースを持った悪漢が闖入するとは、なかなかない体験だ」
「確かに……それにしてもこの輸入品のチョコレート、アメリカの味がする。すごく甘ったるいよ」
「あ! クロノ! 五目おにぎりはオレに譲ってくれよ」
「……やだ。私も好きだから」
 マチとなぞの少年が対峙しているというのに目の前の食料を食べ続けるスマッシング・レッド・フルーツのメンバー。
 マチは余裕の表情である。少年のジャズ・ベースに比べ彼女が手にしているバイオリン・ベースはスケールが短いため、リーチの面ではいささか不利だ。しかし、バイオリン・ベースはホロー(空洞)なため、重量が軽い。武器として一撃の威力では少年のベースが上だが、俊敏な動作が可能なのはマチのほうだろう。得物は互角と言っていい。
 二人はなおもにらみ合う。一触即発、どちらが先に動くか。おそらく一瞬で勝負は決するだろう。
 先に動いたのは少年の方だった。「うぉぉぉぉぉッ」一歩踏み出すと同時にベースを真上から振り下ろした。
「マチッ……」よけろ、とハイオクが叫ぶ前にそれは命中した。鈍い音とともに赤い液が飛び散る。マチの敗北か? と思われたが――
「フロム・ミ――」マチが笑い混じりの声で言った。
「……ッ!? なんだと!?」
 マチは無傷だ。砕けたのはいつの間にか彼女が掲げ上げたスイカだった――そのままそれを少年の頭に打ちつける。「――トゥー・ユーッ!」
「ぐがっ!!」まともにくらい、がくりと倒れ伏す少年。
「お見事、マチさん。一発だ」一同、拍手。
 手についたスイカの汁を舐めながらマチは、「ハイオク、この少年どうするよ? 拷問する?」そう聞いた。ハイオクは少年を見下ろし、
「そうだな……とりあえず、暴れないように拘束するか」
 と、洗濯機にダクトテープで彼をグルグル巻きにした。
「さっき言っていたが、こいつの目的は天使を呼ぶことみたいだな。話す側からさっそく登場とは。こんな危険なことはやめさせないとな。起きろ」
 ハイオクが揺さぶるが少年は起きない。そこでマチがコーラを頭からかける。するとようやく目を開けた。
「ううっ……ずいぶんひどいもんですね、顔がべとべとだ」
「ひどいのはおたくの方だろ、人の家を破壊しておいて。さあ、この凶行に及んだ理由を聞かせてもらおうか」
「むしゃくしゃしてやったんですよ」などと少年は真顔で言う。
「ふざけんな、さあ、ホントのことを吐け、誰の差し金だ? お前は天使を呼ぶとかいうバンドのフォロワーだな?」
 すると少年はにやりと笑い、
「いかにもボクはあの天使召喚楽団『ANGEL'S EGG』の一ファン――アタゴと申します。いやはや、逆にやられちまうとはね。予定ではハイオクさんの頭を殴打するサウンドをサンプラー使ってSEに使うはずだったのに、参ったね」
「参ったねじゃねーよ。何なんだよ、そのエンジェルス・エッグってのは?」スイカをかじりながらマチが聞いた。
「救世主ですよ。音楽の次元をひとつ引き上げるための使者。マチさん……現在の音楽シーンは疲弊しきってるんですよ。盗作。商業主義。大量生産大量消費。本当に感動する音楽はもう生まれないのですよ――人知を超えた存在に頼るしかないんだ。エンジェルス・エッグはそのために活動しているのです。あなたがたのような社会的なクズを犠牲にしてね」
「クズだって? ふーん……」マチはアタゴに顔を近づけて言う。「確かにね、アタシはクズかもしれない。選挙も行かなきゃ年金も納めてねえからな。仕事もしてねえし。でもアタゴ、そんなクズどもにしか歌えない歌があるんだぜ? 充実してる勝ち組が歌っても意味のない歌ってやつがね……それを歌うため、あえてアタシは家事手伝いをしているんだぁ! 分かったか!?」
「いや、お前はただ働きたくないからだろ」ハイオクがぽつりと言うと、
「違う! 音楽のために身を粉にしてるんだよ。本当は朝起きて電車に乗って出勤したりとか、コンビニでレジ打ちしたりとか、やりたいんだぜアタシだって、でもああ、ファンたちがそれを許してくれねえのよ。
 んで――アタゴ! あんた、感動する音楽は生まれないっつったな! てめえの耳はッ、節穴だ!」
「耳が節穴って何ですかマチさん」とガクショク。
「細かいことはいいだろ地味少年! アタゴ、てめえ紅恋のライブを見に来やがれ! そしたらいろいろ見せてやるよ! 脳髄がぶっ飛んで焼け付くパフォーマンスをさあ!」
 マチがそう言うが、アタゴは力なく笑うだけだ。疲弊しているのは彼自身のようだった。
「では今度見に行かせてもらいますよ。まあどうせたいしたことないんでしょうがね。……ハイオクさん、もう暴れたりしないからボクを解放してくれませんかね? もうあなたたちを襲撃などしませんから」
「本当か? まあ、このままお前を宿泊させる気もないし、今日のところは解放してやろう」
 ハイオクがテープを乱暴に引き剥がす。
 自由になるとアタゴは、床に転がっていた自分のベースを拾い、
「クズにしかできない音楽か。そんなものがあるのならマチさん……」
 とマチに向かって、
「ぴぽーとらーぷたすだぁぁぁんんッツ!!」などと歌いながらいきなりベースを振り下ろした。
「うおおっ! 何すんだ!」さすがにマチも慌てて飛びのく。「てめえ、反省してないのかよ!」
「とーきんばうまぃじぇねれーしゅおおおん!!!」と絶叫しながらアタゴはガレージから走り去っていった。
「何なんだよあいつは、何か吸引してんの?」
「危ないヤツだったな。しかし『エンジェルス・エッグ』か……。そいつらが騒動の中心のようだな」
 神妙な顔のハイオクをよそにスマッシング・レッド・フルーツのメンバーは、
「ピザはもうねえの?」
「悪い、オレが最後のをさっき食ってしまった。変わりにカロリーメイト食ったらどうだ赤髪」
「フルーツ味だろそれ、オレ苦手なんだ」
「そうなのか。俺は好きなんだけどな」
「私も。じゃ、赤髪の好きな味って何?」
「ポテト味だ。あれ以外ねえな」
「ポテト……そんなのあったの?」
「あるんだよクロノ、常識だろ。あれこそ至高の味」
 などといった会話を繰り広げていた。


 そのころ、ライブを終えた紅恋の三人がハイオクの家を目指して歩いていた。ガラナがぽつりと、
「今夜あたし二曲目から曲全部トンじゃったよー」
 すると革ジャンのギタリスト・エルが、「俺なんか最初から全部トンじまったぜー。まーいいよな。次がんばれば」とまったく悪びれない口調で言う。
 ボーカルのレスカは、
「僕は手痛い失敗をしてしまった。ケーキの食い方にワイルドさが足りなかった。あれでは期待していた客にもうしわけない。しかも三曲目、コーラにメントス入れるときちゃんと客のほうに飛ばなかった。あれもでかいミステイクさ。いやあ、次はもっと精進しなくてはね」と自己反省している。
 そんなふうに三人がそれぞれ今回のライブを振り返っていると、前方から、スイカの汁とコーラで汚れた少年が走ってきて「いぃぃぃぃっつまいじぇねれーしょおおおおおん」などと絶叫しながらベースをぶんぶん振り回すではないか。
 走り去る彼の背中を見ながら三人は決めた。
「次のライブで、ああいうのやろう!」

       

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