Neetel Inside 文芸新都
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SMASHING RED FRUITS
最終話「ロック・ディス・タウン」

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 永遠に続くかと思われた狂乱の雨中ライブも、徐々に音量が小さくなっていった。スタミナ切れにより脱落していく者が出始めたからだ。スマッシング・レッド・フルーツのメンバーたちは、いの一番にそうなった。
「やりましたねゼル」ビルの上でナギが言った。「みんなあなたの暴言に幻滅したみたいでしたよ」
「そりゃそうよ。まさか天使みたいな顔のあんたが、あんなグチャグチャなこと言うとは思わなかっただろうから」「グッジョブだよ……ゼル」レイとシンもそう賛美した。
「ゼル……! わたし、変な気分なんだよ! 今までこんな気分になったことがない。何も欲しくないんだ……これでいいって気持ちになってるよ。チョコも食べなくて大丈夫!」
 ランが雨に濡れた前髪を払いながら嬉しそうに笑った。
「それは良かった。キミたちとこれまで一緒にやってこれて……ボクは心底幸せだったよ。ありがとう」
 ゼルの凶悪な顔が一瞬だけ、以前のような美しい笑顔に戻った。
「これで一つ役目を終えた……。そういう感じさ。キミたちはこれからも、このゴミでいっぱいの町でがんばって生きるんだ。キミたちならできるよ。今までやって来たんだからね」
 言いながらゼルは、メンバーの間を通り抜け、給水タンクにかかっている梯子を上り始めた。
「ゼル……? どうする気?」
 にやりと笑うとゼルは、タンクの上に立って周りを眺めた。
 ビルが立ち並ぶこの町の中では、高い方ではないこの場所からでも、周囲の景色がよく見えた。
 雨を全開のシャワーのように降らせている黒い雲は、奇妙なことに駅前とその周辺にだけ広がっているようだ。少し離れた町並みの上には薔薇色の、朝の空があった。
「聞くんだゴミカスの皆! サマー・フューネラルはこれでもって終了する!」ゼルがかすれかけた声で叫んだ。「そして! ボクはエンジェルス・エッグから脱退する」
「え!? 何だって! 何でだよゼル……!」シンが叫んだ。他のメンバーも、驚愕した顔でゼルを見上げている。
「どうしていきなり!? これからもいっしょにやっていこうよ!」
「そうですよ! あなたが、我々に音楽をやることを教えてくれたからこうしてここまで、生きてこれたんだ」
「あんたの魅力はまだ変わらないよゼル! だから……」
 そう呼びかけるメンバーを見ながらゼルは変わることのない笑顔で言う。「ありがとう。だけどボクは行かなくちゃならない。遠くにさ。まあ自分探しの旅ってやつだよ……。いつか戻ってくるさ……!」
 不敵に笑うとゼルは、若者たちに向かって搾り出すように話し始めた。
「最後に言っておくことがある。音楽はキミたちのものだ。どんなことでもいいから自分の気持ちを歌に乗せて爆発させるんだ……。音なんかどうでもいい。思うがままに、だよ。ドレミもリズムも気にしなくていい。誰かがキミらを笑ったり怒ったりしても、だ。ボクはそういうのを聞きたいんだ。やりたいようにやればいい。売れなくてもヘタでもいい。ただしボリュームは高めにして欲しい……遠く離れたボクにも聞こえるようにね……そして真っ赤に燃え上がるんだ……キミたちはまだ熟しきってない果実だから」
 黒い空に雷鳴と、閃光が走った。
 ゼルはマイクスタンドを高く掲げ、そして叫んだ。
「卵は砕ける。古い自分はくたばった! またいつか会おう、イカした赤い果実達!」
 その瞬間、青い光が辺りを包んだ。
 全員が眼をつぶった。
 ガクショクとクロノはその閃光の中で、音を聞いた気がした。

 何かが羽ばたいて行く音を。






 夏はもう少しだけ、続いていた。

 記録的な残暑を告げるテレビのニュースを見ながら、スマッシング・レッド・フルーツのメンバーはいつものようにダラダラと過ごしていた。
「ライブって今日だっけ?」思い出したように、赤髪が言った。
「たぶん」「きっと」「恐らく」
 他のメンバーがそう言う。本当のところ、いつから始まるか誰も覚えていない。
「ま、大丈夫だろう。aoかキツネが連絡くれるだろうから」SGがいつものようにクールに言った。
 あの日ゼルが締めの台詞にこのバンド名を使用したおかげで、知名度は一挙に上がった。aoは、「あいつは売れなくてもいいって言ってたがオレはやっぱ売れたいぜ。商業主義に対抗しつつ、売れるバンド目指したい」などと複雑なことを言い、ライブのときは便乗して商売をやりに来るのだった。
 キツネは結局SGと付き合うことになった。ああ見えて意外としっかりしている性格なので、ライブに遅れそうになったら教えてくれるだろう。
 今日の対バンには紅恋とマドンナ・ブリギッテがいる。みんな相変わらずだった。ハイオクはまたライブハウスに手料理を持ち込んで食べるし、ネコゼとドリーは多少ましになったもののやる気がない。紅恋のエルは適当で毎回遅刻するし、レスカは妙なライブパフォーマンスのアイデアをいくつも出す。マチは食い意地が張ってるしガラナは幼い外見のままだ(それに惹かれるファンが多いのも事実だ)。
 魂狐の銀とギプスは進学がなかなかやばい。テラはプロとして食っていく、などと言い始めたらしい。YODAKAのhiroは「みんな動きすぎる! けしからん!」とライブのたびに漏らしている。jouはバナナの皮とかその辺の庭に生えてそうなサボテンとか、いかがわしいものでトリップしようと頑張っているが、全敗中で吐しゃしてばかり。そしてminamiは、やはり寡黙なままだが、ヴィジュアル系と言われると激昂し暴れだすのだった。



 あの朝、交差点に町中の若者が集まったということは、ほんの少しの間騒がれた。
 若者の妙な行動が槍玉に挙げられるのは珍しいことではないので、やがて他のニュースに埋もれていった。

 雷が落ちた後、皆が目を開けると、ゼルは消えていた。何の痕跡も残さずに。
 結局、彼あるいは彼女は、何者だったのか? 真相はエンジェルス・エッグのメンバーも知らない。いろいろ推測はされたが、結局ただの、やんちゃな一人の若者だったという形で落ち着いた。

  あの日から、何も変わっていない――ように見えたが、若者達の間で一つのムーブメントが起こり始めていた。



「やっぱ今日だったね、ライブ。……クロノ、大丈夫?」
 ガクショクが不安そうに聞いた。それもそのはずだ。今日のライブハウスは、駅前からやや離れた、アーケードの中にある。そのわずかとも言える追加の距離がクロノには深刻なダメージになっていた。
「休んでろ、あたしたちの出番は最後のほうだから」グレッチが酒をあおりながら言う。
「じゃあ寝てても大丈夫だな……」ヒッピーはライブハウスの真ん前で寝ようとしている。
「あ! おい、見ろ、あいつらだ」
 見覚えのある顔がやって来た。
 メロゥスとエンジェルス・エッグ――現在は、ランがボーカルを務めている――だった。
「やあ元気……じゃ、ないみたいだね」ランが疲弊しているクロノを見て言った。「楽しみにしててよ。今回のライブでは一発やらかすから……。 ゼルに――ううん、みんなに聞かせるためにね! ……うっ」興奮したのかランはいきなり鼻血を出し始めた。
「大丈夫ですか、ラン」「首の後ろ叩け……」「それって間違いらしいわよ」「出血大サービスって感じだな」「何くだらないこと言ってるんですか」「ま、今日はよろしく頼みますわ」
 と言いながら彼らは地下のライブハウスへ降りていった。
「なかなかおもしれーライブになりそうだな」
「ああ。ところでみんな」SGが一同に言う。「……一つ提案があるんだが――」




 天使がいると噂されていた、ある町のムーブメント。思うがままに大きな音を出し、感情のままに絶叫するといった、自分自身を歌う若者たちの活躍だった。
 これは、その中をさっそうと駆け抜ける、あるバンドの物語。




「――ここまで来るだけで疲れたから帰らないか」
「そうしようか」
「そうするか」
「うん」
「帰るか」
「そうだな」







SMASHING RED FRUITS――END


       

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