Neetel Inside 文芸新都
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SMASHING RED FRUITS
第四話「プリティ・ベイカント」

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 赤髪は痛む頭を抱えながら、SGに昨晩の出来事を話した。なぞのちっちゃいドラマーと遭遇し、対バンに誘われたこと。そして本日そいつらのライブがあるということ。グレッチとともに大酒をあおり悪酔いしてしまったこと。
 SGはゴミの中にうもれていたシーチキンの缶詰を食べながらそれを聞いていた。
「なるほど。ガラナというそのドラマー、どれだけの実力か気になるところだな。その『紅恋』のライブ、始まるまでまだ時間があるから、クロノと顔合わせをしておこう。今日もいるはずだ」
「ん? クロノってのがキーボードのやつか?」コンビニから帰って来たグレッチがゴミを蹴飛ばしながら言った。「ゲームの主人公みたいな名前だな」
「グレッチ、二日酔いに効くものを買ってくるっつってたな、早くくれ。頭割れそうだ。吐き気もするしよ……」
「吐くときはトイレか外で頼むぞ」散らかり放題の部屋に住むSGとはいえ、食事中に吐かれるのはさすがに困る。
「ほら、こいつを一発やれば治る」とグレッチが袋から取り出したのは、なんとウイスキーのビンだった。
「おい、迎え酒しろってか……」
「そう。アルコールで痛みをやわらげろ」グレッチはさっそく飲み始めた。
「やっぱオレ我慢するわ……。そんじゃ、そのクロノの所へ行くか。ガクショクは?」
「学校で食事してから川原に行くって」

 ガクショクはまた例のカレーを食べていた。具は少ないし煮詰まっていてドロドロ。しかしその食感がなぜか好きだった。たまに輪ゴムが入っているというサプライズも用意されている。
 食べ終わって一息ついていると、大勢の学生が洪水のように入ってきた。昼休みだ。
 早々に退却することにした。人ごみは好きじゃない。学校は人が多すぎる。

 学校を出て川原へ向かうと、クロノがいつものようにキーボードを弾いている。
「やあ、天使は来た?」彼女の背中に向かってガクショクが聞くと、
「来ない」
「そう簡単には来ないかな」
「うん。でもいつか来ると信じてる。ところでガクショクって」
「何?」
 クロノは振り返って、
「友達いないの? いっつも一人で歩いていたけど」
「……痛いところを突くね。いかにも俺は孤独だよ。だけど別に、気にしちゃあいない。食堂のカレーが食えるならそれでいいんだよ。……うん」
 半ば自分に言い聞かせるようなガクショクを見てクロノは、「ホント? ……だけど一人なのも悪くはないよ。孤独は力だから」
「え?」
「……最強は孤独だ……と思うよ。失うものが何もないから」
「そうかな?」
「そうだよ」キーボードを鳴らしクロノは言う。「きっとそうだと信じてるよ」
「だけどさびしくないの?」
「……さびしいよ。死にたいくらいさびしくなる」
「……」
 暗いムードになってしまった。

 そこへ、タイミングを見計らったようにSGたちがやって来た。
 グレッチは初めてガクショクと会ったときのように、ふらついている。
 彼女は上を向いて叫んだ。「おい空! 何で青いんだよ! 青いと偉いのか!」
「あ、あれうちのギタリスト。酔うと変な怒り方するみたいなんだ」ガクショクが紹介する。
「うん。さびしさは吹き飛びそう」
 グレッチの他にもう一人、ふらふらしている者がいた。ヒッピーだ。夜行性の彼にとって昼間出歩くのはかなりの無茶だった。
「やあクロノ。こいつがヴォーカルの赤髪。こっちがギターのグレッチ。そいつがヒッピーだ」SGはそう紹介する。「あと今夜ライブ見に行くことになったが、時間がまだあるからそれまで何かするか?」が聞いた。
「じゃあここでしりとりしない?」クロノが提案した。
「するか」全員、何もすることがなかったので、乗る。
 川原の草の上に腰掛けて、最初はクロノから、
「しりとりの『り』から、じゃあ『リストカット』」
 次にガクショクが「投身自殺」
 赤髪。「墜落」
 SG。「首吊り……って随分ネガティヴなのばっかりだな。また『リ』だし」
「臨終」グレッチが言った。
「じゃあヒッピー、『う』から始まるネガティヴな言葉を」
 寝起きを連れて来られたヒッピーはすでに草の上で寝ていた。「……まあ無理もないな。じゃあまたクロノ」
「ごめん、飽きた」クロノはなんともマイペースだ。
「そうか」
「……ネガティヴな気分になったところで聞きたいんだけど、みんなの不満って何? それをぶちまけたいわけでしょ」
 すると真っ先に赤髪が、
「オレはプロレタリアートとしての不満を持っている。ブルジョワジーへの怒りだ。労働者は虐げられている」
「何お前、初めてパンクロック聞いた中学生みたいなこと言ってんだよ。だいたい働いてないくせに労働者の立場になってどうするんだ」とグレッチが指摘すると、
「あ、そうか。とにかく、オレは金が欲しいんだ。国がオレに援助をするべきなんだ。国民一人が千円オレによこせば大金持ちだぜ」
「なんでお前に金をくれてやらなきゃならないんだよ」
「だから、あくまで願望だよ。でもそうだったらいいって思わないか、グレッチ」
「思わねーよ。リアルじゃない願望はただの妄想だ。あたしが不満を持っているのはもっと明確な対象だ。それはファーストフード店」
「意外だな」SGは言った。「かなりうまそうにバーガー食ってたじゃないか」
「それはいいんだ。納得いかないのはシェークに関してだ。たいていドリンクのセットって、シェークは選べない。それが嫌なんだ。シェークはドリンクじゃねえのかよ!」
「落ち着けってグレッチ。確かにオレもいささか疑問は感じるが、あれはデザートの一種だと解釈されているんじゃねーか」と赤髪がなだめるが、酒でヒートアップした彼女は聞き入れない。
「ストローがささったコップに入ってるのにドリンクじゃないのか?」
「気持ちは分かるけど、ここでそれを議論してても仕方ねーだろ」
「そうだな。よし、ちょっと行って、店の前で抗議の歌を歌ってくる」
「おいおいマジか」
 グレッチは一人、ギターを背負って歩いていった。
「……面倒くせーやつだな。酒が入ってるとはいえずいぶん短気じゃねえか。店の前で歌うなんて迷惑な客だよ。怖いから注意はしねえけど」その背中を見送って赤髪は言った。
「やることもなくなったし、ちょっと早いけど、先にライブハウスへ行ってるか」ヒッピーが寝たままだったが、「気持ち良さそうだからほっとこう」とSGが言ったので彼を川原に放置したまま、ライブハウス「シロウマ」へ向かうことになった。
 川原からちょっと歩いただけで、クロノはもう疲弊した。ライブハウスまで歩いたら死ぬかもしれない。しかたないのでバスで行くことになった。
 乗ってから、「あのさ、SG」赤髪が聞いた。
「何だ」
 整理券を見せて、「この、乗ったときに取った紙ってどういう意味があるんだ? この印刷してある『4』って数字は? オレたちの人数か?」
「お前……バスの乗り方も知らないのか?」呆然としてSGが言った。
「いや、この紙の意味がなんなのかちょっと気になっただけだから」
「……それはな赤髪、今月の運勢だ。数字が10に近いほど幸運だ。4ならまあ、やや凶といったところだな」
「占いか。そんな機能がついてんのか、知らなかったよ」
「ああ、不幸に合わないよう用心しろ」
 赤髪はSGが言ったことを鵜呑みにしてしまったようだ。ガクショクもクロノも面倒だったので特に訂正はしなかった。

 そのころ、途中で酔いのさめたグレッチは、「まあシェークとかそんなに好きじゃなかったしいいか」と思い直し、引き返した。
 ヒッピーはまだ川原で寝ていた。


       

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